ワンモアチャンスー序章ー
「起きろ相沢っ!!」私は後ろから担任に頭を叩かれた。もう今週に入ってからはまともに授業を聞いてない。私の名前は相沢優美、卒業を二週間後に控える高校三年生だ。既に地元の大学には推薦で受かっている。何も今更授業なんて・・・そんな思いから最近は勉強には熱が入らない。いや熱が入らないのは勉強だけではないかもしれないが・・・
「優美~、最近寝過ぎじゃ~ん!?」クラスメートが休み時間に近寄ってきた。
彼女は川上美穂、私とは高校の三年間ずっと同じクラスだった。特に仲が良い訳ではないが、彼女は誰にでも気さくに話しかけてくる。
「まぁ大学受かってるし、テンション上がらないんだよね~」私は軽く答える。美穂は「凄いよね優美、青谷学園なんてさぁ!なかなか入れないよ。」とにこやかに褒めてきた。
大体同級生や先生、親戚の人達もそういう。しかし私にとってはそれは褒め言葉にはならない、むしろ何故かイライラする。
放課後私と友達の須永綾は一緒に下校している。もうこんな風に歩くのもあと数日かぁ。そんな事を想いながら私は歩を進める。隣で綾がしゃべり続けている。 「ねぇ優美はさー大学入ったら何のバイトする~?私は教習所に行くお金ためたいから・・・って聞いてよ!!」その時私は反対から自転車で通り過ぎた女の子に目がいっていた。その女の子は私が落ちた地元の進学校の制服を着ている。「ねぇ、まだ未練あるの?」
綾が問い掛ける。
「まさかぁ~、あれから三年経つんだもんいまさら・・・」私は苦笑いしながらそう答えた。ただ視線はやはりその制服に向いていた。自分でも理解できない、私自信確かに高校受験には失敗したしその時のショックは今も忘れない。ただ私の通った私立神田南学園で過ごした三年間は楽しかった。友達もいたし成績は学年でもかなり上位だったし学校行事も盛り上がった。何もこれ以上望む事なんてない。それでもここ最近ずっと心が曇っていた、なんだか余りにもあっけないのだ。特に部活に熱中した訳ではないし(とゆうか入ってなかった)映画や本のように激しい恋をしてもいない、大きな事件や冒険なんて起きなかった。子供の頃私はよく漫画本を読んだ、その主人公は大抵高校生くらいの子でとてつもない体験をしたり世界を動かすような事をしたからか、いつか高校生になると自分にも凄いストーリーが起きる事を期待していた。それも昔の話。私は来月には大学生だしその先は就職、いずれは結婚し出産、そんな人生が送れれば十分幸せ。私は家に帰りベッドに寝そべった。コンコンとドアを叩く音がする。
「おねーちゃん、入っていい?」声の主は私の妹の相沢優香、小学六年生だ。4月には中学に上がるというのに童顔で小柄、はたから見たら三、四年生にしか見えないだろう。「なーに!?なんか用?」せっかくウトウトしていた私は不機嫌に返事をした。優香
は小さな包みを私にくれた。それをビリビリと破くとそこには羊のストラップが入っていた。
「おねーちゃん今日誕生日でしょ?ヒツジ好きだし気に入ると思って・・・」
そう、今日は2月11日私の18歳の誕生日だった。決して忘れていた訳ではないのだが、子供の頃のように手放しでは喜べないとゆうのが正直な気持ちだった。なんだか自分がもう若くないような気になってきたからだ。とは言ってもプレゼントを貰えば当然悪い気はしない。
「ありがとう、これ可愛いよ。」私は少し照れながら妹にいった。さっきはせっかく誕生日プレゼントを持ってきてくれたのに態度が悪かった事を申し訳なく思った。
「うん気に入ってくれてよかった!それとさ~ちょっと頼みがあるんだけど・・・いい?」優香が尋ねる。まぁ大した事じゃないだろう、いつも通り宿題を手伝えとか言うのだろう。この子ときたら大の勉強嫌いだし、提出物の半分も持っていきやしない。
「なに?また算数のドリルでしょ?」もはや聞くまでもないと思った。
「えっ!?今回は違うよ!明後日の授業参観にきてほしくて・・・」「え・・・?もう卒業だってゆうのに授業参観とかあるの!?」本気で驚いたが、どうやら小学校生活の終わりに親に手紙を書き渡すらしい。私の時もそんなような事があった、ただし家に持って帰って渡したと思う。それに母はいけないらしい。私達には父がいない、もう物心ついた頃からだ。母は
夜までパートで働いている。いつも学校から帰ってくると私と妹はふたりっきりだ。
「お母さんに仕事休むように言いなよ!優香だって周りがみんなお母さんなのに私がいったら変でしょ?」
娘より店で他人に花を売ってる方が大事な訳はない、お母さんに頼めばきっと来てくれる。そう思った。だが優香はどうしても私に来て欲しいようだ。私達はいつも一緒だったから妹が母より私に懐くのは無理もない。
「わかったわかった。でもみんなの前で私の事ペラペラしゃべんないでよね!」
優香はしつこかったので私は渋々返事をした。明後日は土曜日なのに朝から学校なんて正直面倒だが・・・ 。
ようやく妹は部屋をでていった。私はベッドでゴロゴロしようとしたが調度母が帰ってきたのだ。いつもより帰りが早い、手には私の誕生日ケーキを持っていた。もう祝う歳でもない、だが来年の私は大学で一人暮らし、こんか風に家族で過ごすのは今回が最後かも知れない・・・。私は今夜は心に募る不安や憤りを隠し明るくしようと決めた。
「お帰り母さん!お疲れ様!」ニコッと母に微笑んだ。
次の日、私は学校にいつもより早くついてしまった。他にする事もないので普段はあまり使わない携帯をいじっていた。すると後ろから肩を軽く叩かれた。
「おはよう優美ちゃん!珍しくはやいじゃん!」確かに私はいつも出来るだけ寝ていたいタイプだからそういわれるのも仕方ない。
「おはようなっつん。早く来すぎちゃってヒマだったんだ~よかったよ。」
私はさっきまで持っていた携帯をバックにしまった。
彼女は私の隣に座り話し掛けてくる。
「ねぇ優美ちゃん、明日あたし達カラオケ行くんだけど一緒にこない?高校最後に歌いまくろっ!ねっ!」カラオケは嫌いじゃない、だが明日と聞いてまず無理だと思った。妹の優香と約束しているのだから。
「ゴメン行きたいけど予定入ってるから・・・」私は妹の小学校に行かなければいけない事を説明した。
「え~っ優美ちゃんいないと盛り上がらないよ!明日香や雪ちゃんも来るし、それにみんな卒業したらバラバラになっちゃうんだよ。こんな風にみんなで遊ぶ事なんて滅多になくなっちゃうよ!!」
それは確かにと思った。彼女たちはそれぞれ専門学校や短大、就職とそれぞれの道を行く。きっとそれぞれの新しい場所でそれぞれの仲間ができるにちがいない。私の心は傾いてきた。
「だいたいさぁ優美ちゃんはお母さんじゃないんだよ!なんでいつも妹に合わせてるの?」
その言葉を聞いて今まで妹の優香に振り回されてきた事が頭の中を巡った。家にはいつも幼い妹、私は姉として、一人で働き頑張る母になるべく苦労をさせたくないと常に自分を抑えてきた事を思い出した。クラスメートが持っている可愛いらしい筆箱でさえ遠慮して欲しいと言えなかったこともあった。もう少し自分の気持ちを優先させても罰は当たらないに決まってる。
「そうだね・・・私も明日一緒にいく。優香には今日話すね」
罪悪感はもちろんあったがそれ以上に母、そして妹に対しての反発があったのだろう。
「なんでっ!!お姉ちゃん約束したじゃん!!」
帰宅後、予想通り優香はものすごい勢いで噛み付いてきた。
「悪かったよ、でも私だって残り少ない友達と過ごす時間を大切にしたいの・・・」なんとか理解して貰いたかった。だが優香は続けた。
「そんな勝手だよっ!それにお姉ちゃんとその人達、そんな大切な親友と呼べるほどでもないじゃん!!」
ピキ・・・私の心にひびがはいった。図星だった。この三年間で私には本当の親友なんていない、ただ授業の移動をしたり一緒にお昼を食べたり放課後一緒に下校したりする友達はいたが、本当に心が繋がっている友達なんていただろうか・・・?いや私自身、それ程強い絆で結ばれていないから、こそ卒業後はバラバラになりもう会うこともなくなるような気がしたのだ。妹には痛い所をつかれた。
「私が勝手?そんな事あんたに言われたくない!すぐ人を頼って自分じゃなんにもしないくせに!意見だけは通るとでも思ってるの!?」
感情が爆発した。妹も戸惑いを見せている。だが一度溢れだした言葉は止まらない私の口から次々と溢れ出てくる
「私はいつもいつも損な役ばかりっ!それもあんたが何の取り柄もない甘えて楽をすることしか考えてないようなダメな妹だから!!」優香の目に涙が写る。普段私はダメな取り柄のない妹など思ってもいない。この子は人から好かれ、素直で何より優しい心を持っている。私が怒りとゆう感情に支配されている。
「もうウンザリ!!妹なんて要らなかった!!あんたさえいなければ高校受験だって上手くいってた!!!」
私は吐き捨てるように言った。妹にとってはとばっちり以外の何物でもないだろう。
「・・・ううっ、うぇ~んお姉ちゃんのばか~!!!」
彼女は顔を赤くして泣きながら部屋を飛び出していった・・・。
こんな事を言ってしまうなんて私は本当にバカだ・・・ときっとあと数時間経てば思うのだろう。しかし今は感情が高ぶりコントロールできない。私は携帯を片手に自分の部屋に戻りベッドに潜りこんだ。今度こそ誰にも邪魔されず寝る!!次の日の朝、私は早く起きて出掛けた。優香と顔を合わせるのは気まずいからだ。
みんなが来るまで一時間もあったので私は近くのデパートで一人でフラフラしていた。ふと電気屋さんの近くを通ると、大きな液晶テレビでサッカー中継が流されていた。画面の中ではプレーをする選手にそれを応援する多くの人達。こんな大勢の人から注目されるのってどんな気分なのだろう・・・
私には想像もつかない、だって周りから飛び抜けるような特技や才能なんて持ち合わせていないし、特に美人でもなくスタイルが良いわけでもないから。とゆうか持っている人が一握りで私はその他大勢の内の一人ってだけだろう。
ただ私には眩しかった。こんなに真剣に打ち込める何かがあって。さてと、そろそろ待ち合わせの時間になるかな・・・
デパートを後にして駅へと向かった。
「こっちこっち~!優美ーっ!」
改札の近くで美穂や綾が私を呼ぶ、フラフラする時間が少し長すぎてしまったようだ。
「ごっめーん!家を出るのは早かったんだけど寄り道しちゃった。」
みんなに謝った。
「大丈夫だよ。うちらだってさっき来たばっかだし、電車の時間までまだ結構あるから~!」
確かに遅れたといっても数分だった。
「あれ?優美、可愛いネックレスしてるじゃん。」
綾が私の首もとを指差してゆう。この前妹から貰った誕生日プレゼントだ。今日さっそく付けてきたのだ。
「これ優香からの誕プレなんだ!」
と私が答ると姉妹の仲が良いねと美穂達にもゆわれた。今喧嘩中だけどねと、返事をしそうになって辞めた。喧嘩の元が今日みんなと遊び行くからだと説明したら盛り下がるに決まってる。KYになってしまう。
私達は電車に乗り込んだ。
四人でプリクラを取り、雑貨屋さんを見て回ってから私達はイタリアン料理店に入った。
「遠藤君って愛美に告ったんだよ~」
「マジで!?きっもー!自分の顔みろし~!」
盛り上がってるようだが私は話に入れない、とゆうより私にとっては誰が誰に告るとか、振られるとかあまり興味がわかない。
「ねっ優美、遠藤のやつ高望みしすぎだよね?あんな顔でさ。」
急に話を振られた・・・
「そうだよ!愛美が相手にするわけないのにね!」
と私は話を合わせた。そしてその瞬間自分に嫌気がさした。何故私はすぐに人に合わせてしまうのだろう?もっと自分の意思がはっきり言える人間に成りたいと何度思ったか・・・「あんた達だって人の事言えた顔?」な~んて言ったらすっきりするだろうなぁ!だけど無理、クラスで嫌がらせをされている子がいると私はいつも止めよう、助けようと幾度と思った。だがその度胸がない・・・
結局いつも傍観者になってしまうのだ。
ふっ・・・と視線をずらすと店内の時計に目がいった、今12時30分だった。優香 達の授業は5時間目だから今いけば間に合うかも・・・
私はつぶやいた
「優香、どうしてるかな・・・?」
「まーた心配しなくて大丈夫だって!むしろみんなの前で発表するのが避けられて喜んでるって!!ははは」
軽い調子で綾が言う。私にはみんなが遠く感じられた。同じクラスで一緒に過ごし、こうして遊ぶ事もあるとゆうのに私に対して親身になってくれるような子は一人もいないからだ。昨日優香が言ったように表面上の付き合い、ただ一人が嫌で付き合っているようなクラスメート達。なのに何故たった一人の妹の約束を破ってまで私はここにいるんだろう・・・!やはり来るべきじゃなかった!私は決めた。
「ごめん!私やっぱり帰る!!」
みんな急にどうした、とゆうような目で私を見たが自分の分のお金を置いて私は店を出た。きっと今頃私の悪口を言ってるだろう。いつもそうだ、いない子の悪口を言い始めるのだ。私も例外じゃないだろう。でもそんな事どうでもいい、言いたいならゆわせとけっ!頭の中で流れる心の声は珍しく強気だった。
私は駅に向かい走った。こんなに真剣に走るなんて小学校の徒競走以来かもしれない。
信号が点滅している、もう赤に変わるのだ。大丈夫っ、まだ間に合う!
私は急いで横断歩道を渡った・・・いや正確に言うと渡れなかった。
「「ブッブブー!!!」」
大きなクラクションが耳元でなった。
私の目に白いワゴンの車が写る。
はっ・・・・!
もはや避ける時間などなかった。次の瞬間には私は道路に横たわっていた。
「おいっ!大丈夫かっ!?」
「大変だー!!女の子がひかれたぞぉっ!!!」
周囲の人々が私の周りに集まってきたようだ。
視界がぼやける・・・これはただ事ではない・・・・・
痛い・・・怖い・・・嫌だ・・・いやだ・・・!!死にたくない・・・。
生まれて初めて本当の死の恐怖が私を襲う。人間いつかは死ぬとゆうが、そんなの気休めにもならない・・・とてつもなく怖い・・・
どんなに味気ない人生でも生きていたい。「神様っ・・・!もう私、贅沢ゆわないからっ・・・高望みなんてしないよ・・・・・」
心から祈った・・・だが、視界はだんだん薄れていく、私を暗闇の世界へと誘うのだ・・・・・
そんな・・・母さん・・・優香・・・・・・