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破滅のノイズ

作者: 零恋
掲載日:2026/10/27

ESN大賞11

俺は生まれつき、ノイズが聞こえる。


人には聞こえない、奇妙な音。


そして、そのノイズが聞こえるとき、必ず誰かが死んでいる。


最初は偶然だと思っていた。


けれど、何度も同じことが起きた。ノイズを聞いた日には、必ず誰かの訃報を耳にした。


いつしか俺は、その音を恐れるようになっていた。


「最近、物騒な事件が多いから、気をつけて帰るように」


帰りのホームルーム。担任の先生が、いつもより真剣な顔でそう告げた。


「はーい」


教室のあちこちから、気の抜けた返事が返ってくる。


やがて、キーンコーンカーンコーン、と放課後を告げるチャイムが鳴り響いた。


「てかさ、物騒な事件って何だろうな? そんなことより、純希、今日カラオケ行かね?」


朔弥が、いつもと変わらない明るい声で話しかけてきた。


「ごめん、サッくん。今日、かあちゃん夜勤だから、妹の面倒を見ないと」


「そっか。じゃあ、また今度な! バイバイ!」


朔弥は少し残念そうにしながらも、すぐに笑顔に戻った。


「うん、バイバイ」


俺が手を振ると、朔弥は教室を出ていった。


友達と別れ、俺も帰り支度を済ませる。


いつもと変わらない放課後。


いつもと変わらない帰り道。


このときの俺は、まだ何も知らなかった。


今日という日が、俺の人生を根底から変えてしまうことを。


学校を出て、しばらく歩いたときだった。


「ギギャッ、ギャギャギャギャア!」


耳の奥を直接かき回されるような、不快な音が響いた。


「……っ!」


思わず顔をしかめる。


「はぁ……またノイズかよ」


俺はため息をつき、慣れた手つきで高性能なヘッドホンを装着した。


外の音を遮断する。


これで、いつもなら少しずつノイズが遠ざかっていくはずだった。


なのに。


「……あれ?」


ノイズは消えなかった。


むしろ、家に近づけば近づくほど、その音は大きくなっていく。


まるで、俺を追い立てるように。


「なんでだよ……。いつもなら、すぐに消えるのに」


胸の奥がざわついた。


嫌な予感がする。


考えすぎだ。きっと気のせいだ。


そう自分に言い聞かせようとした、そのとき。


ふと、ある考えが頭をよぎった。


――ノイズが聞こえたとき、必ず誰かが死んでいる。


「……まさか」


足が止まった。


脳裏に浮かんだのは、母ちゃんと妹の美琴の顔だった。


「……頼むから」


俺は走り出した。


「かあちゃん……美琴……!」


息が切れる。足が痛い。


それでも、走るのをやめられなかった。


ただ、二人が無事でいてくれることだけを願いながら。


家にたどり着いた。


玄関の前で、俺は一瞬だけ立ち止まった。


ノイズが、これまでにないほど大きくなっていたからだ。


「……かあ、さん……?」


震える手でドアを開ける。


「にいちゃん、お帰り!」


そこには、いつもと変わらない笑顔の美琴がいた。


「……美琴!」


思わず駆け寄り、肩をつかむ。


無事だった。


よかった。本当によかった。


「どうしたの? そんなに慌てて」


美琴が不思議そうに首をかしげる。


「いや……何でもない。それより、かあちゃんは?」


「ママなら洗面所だよ」


その言葉を聞いた瞬間、俺は安堵の息を吐いた。


よかった。


母ちゃんも無事なんだ。


そう思った次の瞬間だった。


俺の耳に、何かを引きずるような音が届いた。


ズ……ズズ……。


洗面所の方から聞こえてくる。


「……何の音だ?」


美琴をその場に残し、俺はゆっくりと洗面所へ向かった。


一歩。


また一歩。


ノイズが、頭の中を埋め尽くしていく。


そして、扉の向こうをのぞいた瞬間。


「――え?」


時間が止まった。


そこにいたのは、母ちゃんだった。


胸を何度も刺されたのだろう。衣服は血に染まり、床にも赤黒い血だまりが広がっている。


母ちゃんは、壁にもたれかかるように倒れていた。


「かあ……ちゃん……?」


声が出なかった。


足が動かなかった。


目の前の光景を、頭が理解することを拒んでいた。


「に……げ……て……」


かすれた声が聞こえた。


母ちゃんが、まだ生きていた。


「かあちゃん!」


俺は駆け寄ろうとした。


その瞬間。


母ちゃんの背後から、黒い化け物が姿を現した。


「え……?」


人間ではない。


そう理解するのに、時間はかからなかった。


化け物は、ゆっくりとこちらを向いた。


「――っ!」


声にならない悲鳴が喉につかえた。


俺は美琴の手をつかみ、逃げ出した。


何も考えられなかった。


母ちゃんを助けなければ。


美琴を守らなければ。


それなのに、俺の足は恐怖に支配され、ただ逃げることしかできなかった。


どれくらい走っただろう。


気がつくと、隣にいたはずの美琴がいなかった。


「……あれ?」


足を止め、振り返る。


誰もいない。


「美琴……?」


心臓が嫌な音を立てた。


「美琴! どこだよ!」


返事はない。


さっきまで、確かに手をつないでいたはずなのに。


「嘘だろ……」


頭の中が真っ白になった。


母ちゃんを失った。


そして今度は、美琴まで。


「……美琴!」


来た道を引き返す。


もう、化け物への恐怖なんて頭になかった。


美琴があの化け物に襲われているかもしれない。


そう考えるだけで、気が狂いそうだった。


そのとき。


「お兄ちゃん、助けて!」


かすかに、美琴の声が聞こえた。


声のした方を見る。


そこには、あの黒い化け物がいた。


「……終わった」


全身から力が抜けた。


母ちゃんを助けられなかった。


美琴も助けられない。


俺には、何もできない。


「俺……死ぬのか……?」


化け物が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


逃げなければ。


そう思っているのに、足が動かなかった。


死を覚悟した、その瞬間。


ギュザッ!


何かを断ち切る音が響いた。


黒い化け物の動きが止まる。


そして、その巨体が崩れ落ちた。


「……え?」


恐る恐る顔を上げる。


そこに立っていたのは、一人の戦士だった。


鷹のように鋭い眼差し。


無駄のない身のこなし。


その手には、鋭利な剣が握られていた。


戦士は俺を見下ろし、静かに告げた。


「ここまでよく頑張った少年よ我らビーストバスターが来たからにはもう安心だ」


その声を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。


俺は意識を失った。


目を覚ますと、そこは病院だった。


白い天井。


消毒液の匂い。


そして、隣には見知らぬ看護師が立っていた。


「……ここは?」


「病院よ。気がついたのね」


「……あの後、どうなったんですか?」


俺は上半身を起こした。


「母ちゃんは? 美琴は? あの化け物は……!」


矢継ぎ早に質問する俺を、看護師は静かに制した。


「落ち着いて。あなたは、お母さんがためていた邪念が具現化した邪念体に襲われていたの。そして、鷹野真守という人に助けてもらったのよ」


「邪念体……?」


聞き慣れない言葉に、俺は眉をひそめた。


「ここは邪念体の被害に遭った人たちのための病院だから、今は安心していいわ」


「……そんなことより!」


俺は布団を握りしめた。


「妹は……美琴は無事なんですか?」


看護師は、一瞬だけ視線を落とした。


そのわずかな沈黙が、何よりも恐ろしかった。


「……妹さんは、まだ見つかっていないの」


「…………」


何も言えなかった。


助けられなかった。


母ちゃんも。


美琴も。


俺は、ただ泣くことしかできなかった。


どれだけ泣いても、二人は戻ってこない。


「……俺が、もっと強ければ」


唇をかみしめた。


あのとき、俺に力があれば。


母ちゃんを助けられたかもしれない。


美琴を連れて逃げられたかもしれない。


「……ビーストバスターって、何なんですか?」


震える声で尋ねた。


看護師は答えた。

「獣の力を借り、邪念体を倒す組織のことよ」


獣の力。


邪念体を倒す組織。


俺は、ゆっくりと顔を上げた。


「……俺も、なれますか?」


「もちろん。ただし、危険な仕事よ」


危険?


そんなことは、どうでもよかった。


俺には、やるべきことがある。


美琴を見つける。


そして、母ちゃんを殺した邪念体の正体を突き止める。

二度と、こんな思いをしないために。


俺は、拳を強く握りしめた。


「……俺、ビーストバスターになります」


その日、俺は決めた。


妹を見つけるまで、絶対に諦めない。


そして、母ちゃんを奪ったものの正体を、必ず突き止める。


たとえ、その先に何が待っていようと。

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