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夫が私の葬儀をあげたので、参列してきました。

作者: ゆいレギナ
掲載日:2026/07/16


 この目で自分の遺影と対面するとは思わなかった。

 きちんと画家に描かせたようだが、私はこの彼らの前で、こんな幸せそうに笑ったことなんて……それこそ、嫁いで三回もなかったのではないかしら。


 そもそも、私は死んだわけではない。

 手足もちゃんとついているし、先ほどお花を摘みにいったときにも、喪服を着た自分が鏡にちゃんと映っていた。


 慰問客が騒然とする中、私は遺影よりも優雅に微笑んでみせる。

 顔を青白くした、喪主である夫に向かって。


「ごきげんよう、シュナイゼル様」


 今日は十八歳の私、セレーナ・アシュフォードの葬儀の日だ。


 ◇


 私がシュナイゼル様に嫁いだのは、四年前のことだった。


 当時、私はまだ十四歳。これから社交界に出るという準備の真っ最中だったのに、両親を馬車の事故で同時に亡くしてしまった。父は私が生まれた直後に子爵を授かった立派な騎士だったが、母とは駆け落ちで結婚していた。ゆえにそれぞれ実家とも縁が遠く、未成年の私に手を差し伸べてくれる親族などいなかったのである。


 なんとか使用人らの手を借りて、近くの教会で小さな葬儀をあげたとき……私に、八つ年上のシュナイゼル様は求婚してくださったのだ。


『僕に君のことを守らせてほしい』


 彼は父の部下だったという。

 シュナイゼル様は見目もよく、伯爵家の家督も継ぎながら、騎士としても活躍していると有名な御方だった。たまにお茶会に参加したときも、他のご令嬢から彼の名前を聞いて、私も憧れを募らせていたのだ。


 父に直接シュナイゼル様のことを聞いたとき、父は苦笑するだけで彼のことを教えてくれなかったけれど……そのときは『私の恋に嫉妬しているのね』なんて流してしまった。だから、憧れのひとからの求婚に、私は迷うことなく頷いてしまったのだ。


 だけど、そこが地獄のはじまりだった。


 シュナイゼル様のご実家は王都に遠いからと、彼は母親を連れて、私の屋敷で暮らすことになった。両親が屋敷を残してくれたから、人が住んでいた方が管理がしやすいという意向には、私も同意していた。ここなら両親の墓のある教会も近いし、私も思い出の屋敷で暮らしていけるのが嬉しかったからだ。


 だけど、引っ越してきた翌朝、シュナイゼル様の母、ライゼお義母様は言った。


『使用人は全員解雇していいわよね。あなたが家事をすればいいんだもの』

『えっ……?』


 両親とともに、私を支えてくれていた使用人らは、お義母様の意向で全員解雇されてしまった。私がどんなに意見しようとも『まだ子どもだから』と、聞き入れてもらえなかったのだ。


 そこから、私は令嬢ではなく、ただのメイドになった。

 父と母と使用人らと幸せに暮らしていた思い出の屋敷を、手づから掃除するのはそこまで苦ではなかった。一代かぎりの子爵だからと、小さい屋敷だったおかげもある。いわゆる『貴族』のイメージのような贅沢な暮らしはしていなかったものの、みんなで協力しあって生活していたのだ。


 だけど、思い出の品々を奪われるのはつらかった。


『あら、いい宝石があるじゃない』


 母の形見は、すべてお義母様に奪われた。


『こんなドレス、私には似合わないわ』


 母と一緒に用意していた社交界用のドレスは、売りに出されてしまったのだ。

 

 家具やカーテンも取り替えられ、家族の思い出がひとつ、ひとつ消えていく……それをシュナイゼル様に訴えると、彼は私の頬を強く叩いたのだ。騎士である大人の男が、私が床に倒れこむほどの強さで。


『家のことは、女同士で好きにやってくれ』

『そんな……』


 だんだんと、シュナイゼル様も屋敷に帰ってこなくなった。

 たまに帰ってきたかと思えば、酒と香水の匂いを纏わせてばかり。


 彼の噂を聞きたくても、家事で忙しい私はお茶会に参加することも、社交界にデビューすることもままならない。いつも小汚い服を着て、お義母様の御用聞きをする毎日を繰り返すだけだった。


 当然、あの子どもあれば、親もあり。少しでも気に食わないことがあれば、お義母様もすぐに私に手をあげた。熱い湯の入ったポットをひっくり返されたことだって数えきれない。


 そんなある日、私が十七歳になったころ。

 夜の隙間風があまりに寒くて、寝室代わりの倉庫部屋から毛布の代わりのものはないかと探そうとしたとき……暖炉のついたあたたかい部屋で、シュナイゼル様とお義母様の楽しげな会話が聞こえてきたのだ。


『あと一年で、あの娘も成人ね……』

『あぁ、小娘の相手もラクじゃなかったよ』


 ふたりはワインを飲んでいるらしい。

 あのワインはたしか、父が『セレーナが大人になったら一緒に飲むんだ』と言ってくれていた、私の生誕年のワインだったと思う。


 それを乱暴にグラスに注ぎながら、お義母様は嬉しそうに笑っていた。


『だけど、あいつが十八歳になれば、ようやく遺産が手に入る! 借金を返してもあまるほどの財宝が私たちのものに!』

『まさか、ただの駆け落ち子爵が、親から膨大な援助を受けていたとはなぁ!』


 ふたりの目的が、私の遺産目当て……。


 保護者が死亡した場合、一部の土地や住居を除き、特定の手続きがされた遺産は一時国が預かることになっている。そして子どもが成人したとき、正式な相続人として、遺産の運用ができるようになるのだ。


 そういう制度があることは両親が生きていた時に『万が一』として聞かされていた。だけど、そんな大層な金額じゃないと思っていたのに……。


 この国の法律では、夫婦であろうと、親から引き継いだ資産は『個人資産』。死なないかぎり、それが夫に引き継がれることはない。


 だけど、シュナイゼル様の笑い声が、私に現実を突き付けてくる。


『あいつが無事に相続したあとは、適当なやつを雇って殺してしまえばいい。そうすれば、遺産は全部俺たち家族のものだ!』


 ――このままじゃ、殺されてしまう……!


 私はふたりが寝静まったのを確認してから、こっそりと屋敷を飛び出した。

 両親との思い出の屋敷をあいつらに明け渡してしまうのが癪だけど、命には代えられない。本当は離縁できたらいいのだけど……そんな書類を書いてくれるとは思えない。それこそ十八になるまで監禁されたらたまったものじゃないわ。


 だけど、私に行く場所なんかない……。

 自然と、私が足を向けていたのは両親の墓がある教会だった。


『おとうさま……おかあさま……』


 私は陽が昇るまで、両親の墓の前で泣き続けることしかできなかった。

 丘に差し込む朝日が目に沁みる。これから、どうしよう。いっそのこと、私も両親のいる場所へ……。


 ぼんやりとそんなことを考えていたときだった。


『あなたは……もしかしてセレーナではありませんか?』

『司祭様……?』


 声をかけてきたのは、見覚えのある青年だった。

 年齢は今も二十代前半だろう。新人が担当するからと、寄付金を少なく図らってくれたのだ。それで新人司祭だった彼は両親の葬儀を滞りなく進行してくれた。そのときに、彼も当時の私と同い年ぐらいのときに親元を離れて、教会で世話になるようになったと励ましてくれたっけ……。


 司祭服だからわかりづらいが、意外と目鼻立ちがはっきりとした、女性が好みそうな顔の彼が、青い瞳を丸くしていた。


『驚きました……葬儀のあと、一度も花を手向けにこないものですから……結婚したという話は聞いていたので、遠くに嫁いでいったのかと……』


 言われてみれば、私シュナイゼル様と結婚してから、一度も墓参りに来れてなかった。最初は命日くらいは頼んでいたものの、今年なんて日々の疲労から口に出すことも諦めてしまっていたのだ。


 あぁ、私はなんて親不孝者なのだろう……。

 そう思うと、ますます涙が溢れてきてしまう。


 そんな私に、司祭様が手を差し出していた。


『行くところがないなら、いくらでもうちにいたらいい』

『えっ?』


 戸惑う私に、司祭様は『俺、こう見えて働くのは好きじゃなくてさ』とポケットから出してくるのは葉巻だ。まさか、聖職者から朝からこんな嗜好品を……と驚いていると、『酒は夜だけにしている!』となぜか得意げに鼻を鳴らしている。


 そして彼、とても聖職者らしくないいじわるな笑みでこう告げた。


『そんな俺をサポートしてくれる修道女は年中募集してますが、どう?』




 そして、私はこっそりと修道女として暮らすことになった。


 朝から洗濯、掃除、併設している孤児院の子どもたちの世話……やることはたくさんあったが、別にひとりでこなすわけではない。司教様はもちろん、教会の管理者である大司教様も何も聞かず、私によく図らってくれた。両親の墓参りだっていつでもできるし、わがままな姑の世話をするより、素直でかわいい子どもたちの世話のほうが何倍もやりがいがあるくらいだ。


 そうして、一年が過ぎたころ。

 私が子どもたちに文字の読み書きを教えていると、司祭さまが青白い顔で飛び込んできたのだ。


『あいつらが、セレーナの葬儀の相談にやってきました……』

『……あいつら、とは?』


 私が呆然と聞き返すと、司祭さまは固唾を呑み込んでから告げる。


『あなたが結婚したという男と、その母親です』


 この一年、司祭様と生活してわかったことは、彼は本当に聖職者らしくないということだ。多額の寄付金のためなら、金持ち相手に全力で媚びを売る。特に貴婦人相手には自らの美貌も武器にしているらしい。まあ、一線を越えたりしないようだし、上乗せされた分は子どもたちへのお菓子やおもちゃとして還元されている。ついでに彼の葉巻コレクションが増えていたところで、私も見て見ぬふりをしていた。

 

 そして、彼の喜怒哀楽が激しいこと。

 子どもが悪いことをしたら本気で叱り、トランプで勝ったら全力で喜び、負けたら本気で悔しがり、吸いかけの葉巻を水たまりに落としたら大声で泣く。そんな彼は子どもたちからも大人気で……そんな彼と共にいると、私の心もどんどんと軽くなった。


 そんな司教様が、今は本気で憤っている。


『当然、大司教も遺体がないことを指摘したのですが、どうやらあなたが両親を恋しがるあまり海に飛び込んだという筋書きのようでして……手を尽くしても遺体は見つからなかったが、せめて供養だけでもしてやりたいと……』


 子どもたちの前だというのに、私の代わりに、私以上に怒っている。


 おそらく、シュナイゼルたちは私を正式に『亡くなった』ことにして、遺族として遺産を受け取るつもりなのね。行方不明のままでは、いかに『夫婦』であろうと、遺産は私個人のものだもの。


『死者……いえ、あなたへの冒涜がすぎます! 民の見本となるべき貴族として恥たる行動だ! このことは聖教会として正式に国に抗議を――』

『このまま葬儀を行うことはできませんか?』


 そのおかげか、私の声は思ったよりも落ち着いていた。

 むしろ、目を丸くする子どもたちを『大丈夫よ』と頭を撫でる余裕もある。


 だって、私も、もう十八歳。

 あの頃の夢見がちだった子どもとはちがう、れっきとした淑女ですもの。


 葬儀をあげるということは、彼らはこの教会にお金を落とすということ。

 わざわざ教会の貴重な収入を減らす必要はないでしょう?


 ただ、司祭様に向けた笑みは、少し意地悪だったかもしれない。

 

『あいつらを少し驚かせてやりましょう』


 ◇


 そして、今に至る。

 葬儀が始まろうとした直後、私がベールを脱ぐと、総勢三十人くらいはいるであろう慰問客はみな驚いていた。


 当然よね。遺影と瓜二つの人物が、生きてこの場に現れたのだから。


「ごきげんよう、シュナイゼル様」


 私がかつて母に教わったお辞儀(カーテシー)を披露すれば、青白く固まっていたシュナイゼル様がわれに返る。


「そんな……生きていたんだね、ぼくのセレーナ! さぁ、いますぐうちに帰ろう! 話したいことがやまほどあるんだ!」


 そして、そんな仰々しい演技をして、私の腕を掴んだ。

 途端、私は「きゃあっ」と悲鳴をあげる。


「痛い、放して! あなたにつけられたあざが痛むの!」

「え?」


 嘘ではないわ。まだ、あなたの母親につけられた痣や火傷の痕は消えていないもの。

 医師の診察の結果、このまま生涯、残るものもあるそうよ。

 当然、私の心の傷も、一生癒えることはないでしょう。


 そのとき、一歩前に出てくる御方に私は見覚えがあった。

 

「どういうことだね、アシュフォード伯爵?」

「ミレドン将軍閣下……?」


 恰幅がよく、威厳のある紳士は王城騎士団の将軍である。シュナイゼル様の上司でもある方だ。


 将軍の地位を賜っている偉人は、威圧をまっすぐとシュナイゼル様にぶつけていた。


「民の見本となるべき貴族が、自分の妻を勝手に亡き者にして葬儀をあげるとは……しかも、彼女はあいつの忘れ形見なのに……」


 俯いたミレドン閣下が固く握ったこぶしを震わせていた。そう、この方は父の上司であったのと同時に、友人でもあったという。そのため両親の葬儀のときも、丁寧なお悔やみの言葉をくれていたのだ。


 そんな閣下があげた顔には、明らかに軽蔑の色がにじんでいた。


「このことは陛下にも報告する。二度と貴族として振舞えるとは思うなよ」

「そ、そんな……」


 シュナイゼル様が震えた様子で膝をつき、その母親であるライゼが慌てて寄り添っている。


 そんな彼らを無視して、ミレドン閣下が私に頭を下げた。


「セレーナ嬢……部下の教育が行き届かず、辛い思いをさせて申し訳なかった。それと……うちの息子がこんなバカな催しを進めてきたのだろう?」


 息子……?

 私が小首を傾げていると、ミレドン閣下が「逃がさんぞ」と襟首を掴んだのは、こっそりとこの場から去ろうとしていた司祭様だった。


「こやつはわしの息子のローランだ。わしの跡取りにすべく騎士団に入れたが、規律が面倒だといってすぐに逃げてな……長年行方をくらませていたが、まさかこんな教会にいるとは……」


 項垂れる閣下をよそに、司祭様……もといローラン様は逃げようと暴れている。

 その姿は本当に親に連れ戻される少年そのものだった。


「俺はセレーナみたいに事情があったわけじゃないからね。ただ騎士団暮らしが窮屈だっただけ。見習い騎士は規律で酒や葉巻が禁止されてるんだよ~」


 そんな最中、あたらめてミレドン閣下が私に向かって「すまなかった」と謝罪してくる。私は即座に両手を振った。

 

「頭をお上げください。閣下も御子息も、何も悪くありません。その代わり……」


 そして、ちらりと見たのは、夫と姑なる存在だ。

 今や床に打ちひしがれて、かつて私を殺そうと酒盛りしていた様子など見る影もない。


 私はかつての愚かだった自分にさよならを告げて、ミレドン閣下ににこりと告げた。


「離縁の手続きを手伝っていただいてもよろしいですか?」


 私からの申し出に、閣下は「勿論だ」と力強く頷いてくれたのだった。




 そして、私は正式にシュナイゼル様との離縁が決定した。今までの暴力や不倫も発覚し、奪われた形見の賠償分もあわせて、私は遺産を正式に継承したのみにならず、シュナイゼル様方から想像以上の慰謝料まで頂戴することになった。


 アシュフォード家という家名も貴族名簿から削除されたらしい。

 もとの借金とともに、多額の慰謝料を抱えたふたりが、町の工房で朝から晩まで働き詰めであるという話を教えてくれたのは、葉巻を買いに街まででかけた司祭様である。


「どうする? あざ笑いに行くなら付き合うけど?」

「ふふっ、司祭様もおかしなことを言いますね?」


 私は両親のお墓の前に座りながら、空を見上げる。

 とても美しい青い空は、どんなに手を伸ばしても届きそうにない。


 この距離感が、今はとても心地よかった。


「あの葬儀の日……私の中で、あのひとたちは死んだのです。私、まだ空の上の両親に会いにいくつもりはありません」


 さて、両親からの遺産は本当に多額だった。一部はこの一年世話になった礼として教会に寄付したけれど……それでも、まだまだたくさん余っている。


 お金の余裕は心の余裕といったのは、誰だったかしら?

 そんなことを考えていると、私の隣に座った司祭様が苦笑する。


「きみのほうがよっぽど聖職者らしいね」

「そうかしら? 人の悪しき心を理解してこそ、神からの教えを説けるのではなくて?」

「だといいけど。でも、いよいよ俺も父上に家に戻ってこいと言われちゃって……騎士が合わないなら、最近爵位が剥奪されたアシュフォード……だっけ? 馬鹿貴族の領地経営を代わりにやれとか言われてさ~」


 そう帽子を脱いだ司祭様……もとい、ローラン様が手を重ねてくる。

 唇が触れ合うほどに近づいたその顔は、とても聖職者らしくない挑発的な笑みだった。


「今、俺の新しい仕事を手伝ってくれる伴侶を募集中なんだけど……どう?」


 あのときに似たお誘いに、私は自然を口角をあげていた。


「私のお金であなたの葉巻は買いませんけど……それでもよければ?」

「ははっ、ちゃんとその分は自分で稼いでみせるよ!」


 なので、私はたんまりいただいた慰謝料で、かつてアシュフォード家だった屋敷を建て直すことにした。かつて屋敷を乗っ取られた私が、その慰謝料で屋敷を乗っ取り返す……なんて皮肉なのかしら?


 教会の子どもたちに祝福されながら、元司祭様と愛の誓いを交わすのは――もうしばらく、先のおはなし。



《夫が私の葬儀をあげたので、参列してきました。  完》


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