(百合×バレンタイン)溶けないLoveの欠片
教室の窓から差し込んでくる午後の光は、2月14日だけに許されるみたいな、淡くて優しいピンク色を帯びていた。
まるで空がそっと頬を染めているみたいに。
私は机に頬杖をついたまま、その光をぼんやりと追いかけていた。
銀色の長い髪がさらりと肩から滑り落ちて、陽に透けてきらめく。
赤い瞳は、どこか遠くの景色を映しているように見えるかもしれないけど……本当は、何も見ていない。
ただ、心の奥で渦巻いているものを、じっと見つめているだけ。
今日という日は、毎年同じように、私の胸の奥をざわつかせてくる。
教室中に甘ったるいチョコレートの香りが漂っているのに、私の鼻をくすぐるのは、それよりもずっと苦くて、熱くて、喉の奥まで焼けつくような何かだった。
「綾ちゃん、今日も義理チョコもらいまくりだね~」
隣の席の陽菜が、からかうような明るい声で笑いかけてきた。
羨ましげな、でも楽しそうな笑顔を浮かべて。
机の上には、小さな包みがぽつぽつと並んでいる。
ピンクや赤のリボンで可愛く結ばれた市販のチョコレート。
クッキーが詰まった透明の袋。
少し不器用な手作り感のするラッピングの包み紙。
どれも丁寧に、でもどこか距離を置いた「義理」の印がついているみたいだった。
私は小さく息を吐いて、視線を落とした。
「……うん、そうだね」
声は静かで、ほとんど感情が乗っていない。
陽菜の笑顔に合わせるように、唇の端をほんの少しだけ上げてみたけど……その笑みはすぐに消えてしまった。
机の上の包みたちを眺めながら、私は思う。
これらは全部、誰かの「優しさ」なんだろう。
でも、どれ一つとして、私の心に触れる熱さを持ってはいない。
銀髪がさらりと揺れて、頬に落ちた一筋の光を遮った。
今日もまた、この胸のざわめきだけが、誰よりも鮮やかに私の傍に残っている。
「……別に、嬉しくないよ」
小さな声で呟いたら、陽菜がぱちっと目を丸くした。
「えー、もったいない! こんなに貰える子、他にいないよ? しかも綾ちゃん、めっちゃ可愛いのにさ」
可愛い、って言葉が耳に刺さるたび、心のどこかがちくりと痛む。
だって、本当に欲しい言葉は、そんな簡単で軽いものじゃないから。
陽菜の笑顔に、曖昧に微笑み返して、私は視線を机の端に落とした。
銀髪が頬にかかって、午後のピンクの光を少しだけ遮る。
胸の奥の熱いざわめきは、まだ静まらない。
放課後。
いつものように、誰もいない音楽室に向かった。
ここは昔から、私だけの秘密の場所。
埃っぽい空気が鼻をくすぐり、木の床がきしむ音が小さく響く。
ピアノの蓋をそっと開けて、鍵盤に指を置く。
でも今日は、音を出す気になれなかった。
代わりに、カバンからそっと取り出したのは——
小さなハート型のチョコレート。
金箔が優しく散りばめられて、まるで宝石みたいに綺麗すぎるチョコ。
でも、その表面に刻まれた文字は、たった一言。
『Love』
誰にも渡せなかった、私だけの本命チョコ。
「……ばかみたい」
自分を嘲るように、唇の端で小さく笑った。
だって、これを渡したい相手は、もうここにはいないはずだったから。
去年のバレンタイン。
同じこの音楽室で、私は初めて「好き」を口にした。
「美咲先輩」
卒業されてもやはりあきらめられない。
指先が鍵盤に触れたまま、凍りついたように動かない。
ハート型のチョコを掌で包み込んで、そっと胸に押し当てる。
冷たいはずのチョコが、なぜか熱く感じるのは、きっと私のせいだ。
胸の奥で、去年の記憶がまた、静かに疼き始める。
黒髪で、いつも少し眠そうな目をした、物静かな先輩。
私にとっては、世界で一番優しくて、一番遠い存在だった。
「ごめんね、綾ちゃん。私、女の子が好きになれないんだ」
その言葉は、優しかった。
傷つけないように、丁寧に、丁寧に……でも、確かに突き刺さった。
胸の奥に、ぽっかりと穴が開いたみたいに。
そしてそのまま彼女は、卒業まで学校に来ずに卒業を迎えてしまった。
私自身も気まずさもあって一度も話ができなかった。
私は先輩と連絡先も交換していなかったからそのままお別れになったことをいまだに後悔している。
卒業の時会話ができればとか連絡先交換していれば何かが変わっていたのかもと思ってしまう時もある。
私の心の中に、溶けないチョコレートのように、甘くて苦い記憶だけが残ってしまった。
ガチャリ、と音楽室のドアが開く音がした。
「……いた」
聞き慣れた、でももう聞けないはずの声。
私の指が、震えた。
ハート型のチョコを握りしめた手が、冷たくて熱くて、感覚が麻痺しそうになる。
ゆっくり振り返ると、そこに立っていたのは——
長い黒髪を少し伸ばした、美咲先輩だった。
「美咲……先輩?」
声が、かすれた。
「うん。帰省のついでに、ちょっと学校に寄ってみたの」
彼女は少し照れたように笑った。
制服ではなく、当たり前だけど私服だった。
柔らかいニットのセーターに、シンプルなスカート。
でも、その笑顔は去年と何も変わっていなかった。
眠たげな瞳が、優しく私を捕らえる。
午後の淡い光が、彼女の黒髪を優しく縁取って、まるで時間が止まったみたいに。
私は、息を詰めて立ち尽くした。
手のひらの中のチョコが、溶け出しそうなほど熱い。
胸のざわめきが、今、爆発しそうなほどに大きくなっていく。
ここにいる。
本当に、ここにいる。
「チョコ、もらいに来たわけじゃないよ。ただ……綾ちゃんに、会いたかった」
その言葉が、胸の奥にずしんと響いた瞬間、私の視界が滲んだ。
ぽろり、と涙が鍵盤に落ちて、小さな水音を立てる。
指先が震えて、ハート型のチョコを握りしめた手が、力なく開きそうになる。
「嘘……でしょ?先輩……」
「うん。去年は、本当にごめんね。あの時は、自分の気持ちがよくわからなくて。怖くて、逃げちゃった」
美咲先輩の声は、静かで、でも今までで一番近くて。一歩、また一歩と近づいてくる足音が、音楽室の木の床に優しく響く。
「この一年、ずっと考えてた。綾ちゃんの赤い目を見た瞬間、心臓が跳ねたこと。音楽室で一緒にピアノ弾いてるとき、隣にいるだけで幸せだったこと。全部、好きだったんだって、遅れて気づいたんだ」
先輩の手が、そっと私の頬に触れてくれた。
冷たい指先が、涙を優しく拭ってくれる。
その感触が、温かくて、痛くて、嬉しくて……胸が張り裂けそうになる。
「だから……もう一度、ちゃんと聞かせてほしい。去年、綾ちゃんが言ってくれた言葉を」
震える手で、私はハート型のチョコを取り出した。
金箔が夕陽に反射して、まるで本物の宝石みたいにきらめく。
手のひらの中で、ほんのり温かくなっていた。
「……好きです。美咲先輩のことが、ずっと、ずっと好きでした」
声が掠れる。
でも、もう隠せなかった。
全部、吐き出してしまった。
美咲先輩は、優しく微笑んで、チョコを受け取った。
そして、そのハート型のチョコを自分の唇にそっと当てて、まるで大切に味わうように……。
そのまま、私の唇に優しく重ねてきた。
甘い。
チョコレートの甘さと、涙のしょっぱさと、初めてのキスの熱さ。
全部が混ざって、胸の奥を満たしていく。
唇の間でチョコが少しずつ溶け始めて、心まで溶かされていくみたいだった。
「……私も、好きだよ。綾ちゃんのこと、大好き」
先輩の声が、耳元で囁くように響く。
チョコは溶けなかった。
二人の唇の間で、ゆっくりと溶けていくだけだった。
音楽室の窓から差し込む夕陽が、
私の銀髪と彼女の黒髪を優しく染めていた。
淡いピンクの光が、二人を包み込んで、
まるで世界がこの瞬間だけのために色を変えたみたいに。
今年のバレンタインは、
やっと、本当の「Love」が始まった日になった。
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