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第1話 お暇ですか、ショーネン?

「惚れた」という言葉は、恋だけじゃないと思っています。

ちょっと変で、少し騒がしい出会いの始まりです。

 

人混みに押され、少年は思わず立ち止まった。


「うわ……なんだここ……すごい人だ……」


 石畳の上を、靴音が忙しなく行き交う。

 屋台の呼び込みの声が四方八方から飛び、鉄の匂い、革の匂い、香辛料の刺激的な香りが入り混じる。

 遠くでは馬車の車輪が軋み、頭上では色とりどりの旗が風に煽られてはためいていた。


 空は高く、どこまでも青く澄んでいるのに――

 少年の胸の奥は、落ち着きなくざわざわしている。


「……どこ見ても、人、人、人……」


 思わず呟きながら、肩にかけた荷物をぎゅっと握りしめる。


 ここは王都、カステル=リオン。

 村で聞いていた話の何倍も、何十倍も、賑やかで、騒がしくて、刺激的な場所だった。


「……やっぱり、すごいな……王都……」


 人々の話し声、笑い声、子どもの叫び声、屋台の呼び込み。

 すべてが一度に耳に飛び込んできて、頭が追いつかないのに、なぜか嫌ではなかった。


 少年の目は、忙しなく左右に動く。


 屋台の並び方。

 店先の装飾。

 人々の服装の色合い。

 歩き方、話し方、表情。


「……あ、あの布の染め方、村で見たことない……あっ、あの紋章、確か王家直属の――」


 気づけば、口の中でぶつぶつと感想が溢れていた。


 村の広場の、のんびりとした空気。

 木造の家々の匂い。

 木漏れ日の柔らかさ。


 それらとはまるで別世界だ。


 小さな胸の奥で、高鳴りが芽生える。


 石畳に反射する日差し、遠くで揺れる旗、色とりどりの屋台。

 すべてが、少年の好奇心をこれでもかと刺激していた。


 思わず足を止め、口元がほころんだ、その瞬間――


「お暇ですか、そこのショーネン?」


 軽く、どこかふざけた声音が、耳元で弾んだ。


「え、あ……はい……」


 思わず返事が途切れる。

 声をかけられたこと自体もそうだが、相手の距離が妙に近い。


「ショーネンのことさ、さっきから見てたんだけどさ。」

 声の主は、にやにやとした笑みを浮かべながら覗き込んでくる。


「もう顔に“楽しい!”って書いてあるよね」


 振り向くと、そこには――

 自分より年上だろうか。

 中性的で、どこか少年めいた雰囲気の人物が立っていた。


 右手には黒い手袋。

 右肩に寄せた髪は、紐でゆるく括られている。

 口元には、軽く含み笑い。


 視線だけが、やけに鋭く、こちらを見据えていた。


「そ、そんなに分かります!?」

 思わず両手で頬を押さえる。

「た、たしかに楽しいですけど……えっと……自分に何か用ですか?」


「用?」

 相手は首を傾げ、少し考える素振りを見せたあと、


「うーん……特にないかな」


「えっ」


「まあ強いて言うなら――」


 一拍置いて、指を立てる。


「俗に言う、あれだよあれ。“ナンパ”」


「………はい?」


 思わず一歩下がる。


(……変な人だ。間違いない)


「照れんなって」

 楽しそうに笑われる。

「王都では珍しくもないよ?」


「そ、そうなんですか……?」


(いや、絶対おかしい)


「な、ナンパって……そんな堂々と言うものなんですか!?」


「言わないと伝わらないでしょ?」

 相手は当然のように言う。


「てかさショーネン、完全に初王都だよね。

 きょろきょろしすぎて、“観光客です!”って旗振って歩いてたよ」


「ふ、振ってません!!」


「ははっ」


 相手は楽しそうに笑った。


「で、どこから来たの?」


「え、えっと……ヴァレリオ村からです」


「へぇ、聞いたことないな」


 眉をひそめ、少しだけ不思議そうに首を傾げる。


「それで?何しに王都へ?」


「き、興味があって……!」

 気づけば言葉が止まらなくなっていた。

「あのっ!王都の人ですよね!!魔法って本当にあるんですか!?

 あそこにある塔は!?あの紋章は!?この通りの配置は……魔法と関係してるんですか!?」


「……わぁーお」


 明らかに一歩引いた顔をされる。


「そんなに魔法に興味あるんだ。じゃあ、ちょっとだけ教えてあげようか?」


「いいんですか!?ぜひ!!」


「わーお、食いつきすご......」

そう言いながらも、飄々と隣を歩き始めた。


「知ってるかもだけど、ここは王都、カステル=リオン。国の政治、経済、魔術や魔法の中心だ」

 少年は目を大きく開く。


「魔法……!」


「あ、あの……自分も魔法とか使えたりするんですか?」


 少し緊張しながら尋ねると、相手はくすりと笑い、肩をすくめた。


そして、相手は少年をじっと見つめる。

視線は優しいのに、同時に何かを確かめるようで、少年は思わず視線をそらす。


「え?うーん……残念だけど、見たところ君には魔力がない。だから魔法は使えないね」


「そ、そんなっ……!」

 思わず力が抜けた。

「でも、頑張れば使えるようになるとか……?」


「言っただろう?君には魔力がないんだ」


「魔力?」


「そう。魔法を使うには魔力が不可欠なんだ」


 相手は少し身を乗り出し、少年に説明を続ける。


「魔力っていうのは、体の中で生まれるエネルギーのこと。魔法はそのエネルギーを使って発現するんだ」

「体の中に魔力が少ないと魔法は使えない。逆に、魔力が豊富なら強い魔法も使える」

「ほとんどの人は生まれつき魔力を持っているけど、人口の半分にも満たないんだ」

「稀に、後天的に魔力を得る人もいるけど、それは本当に巡り合わせ次第さ」


「なるほど……」

 少し考え込みつつも、胸の奥がわくわくしているのを感じた。


「ちなみに、魔法を使う人のことは“魔術師”って呼ぶんだ」


「なんかすごいかっこいいです!」


相手は軽く笑みを浮かべながら説明する。


「そして、その魔力を特に強く、巧みに使える特別な人たちがいる。それが“七座ヘプタシア”だ」

 相手は声を少し低めにし、軽く笑みを浮かべる。


「七座は、この国の魔術研究、魔法道具の開発、国の防衛……全部に関わってる。

 年に一度、七座全員が王都に降りてくる日があって、その日はもう祭り騒ぎさ。新聞も特集だらけだよ」


「七座……!聞いたことはあるけど、本当にいるんですね!」


「もちろん、七座みたいな存在になるのはごく一部だけ。でも、魔力を持つ人は学園で魔術を学ぶことができる」

 相手は手を軽く振った。

「学園には、魔力を持つ子どもたちが集まり、魔法の基礎や応用、道具の扱い方や戦術まで学ぶ。王都や国のために魔術を活かすための教育機関だね」

「そういえば最近、君ぐらいの年の子が魔力に目覚めたって聞いたよ」


「じゃ、もしかしたら僕にも魔力が生まれる可能性があるってことですよね?」

 体の奥がざわつくのを感じた。


「どうかな?縁がない時はほんとにないからねぇ」

 期待が少ししぼむように、少年は肩を落とした。


「ハハッ、そんな顔すんなって。

 でもまぁ、ショーネン見てて面白いし…ねぇー」


 そう言って、軽く頭を撫でられた。


「僕はもう...君には縁が巡ってると思うよ」

相手は静かにそう呟く。


「...それってどういうーー」


「リシェ!どこいった!!」

 言いかけたところで、遠くで声が聞こえた。


「あ、バレちゃったか」


 名を呼ばれたその人は、くるりと振り返る。


「そーだショーネン。名前は?」


「…ノエル・サン=クレールです」


「ノエル・サン=クレール……いい名前だね」


「じゃ、またね。ノエル」


 そう言って手を振ると、気づいた時にはもう人混みに紛れて消えていた。



「…名前、リシェさんなのかな?しっかり聞けなかったや……」


 胸の奥に、小さな高鳴りが残る。


 ⸻


 その夜、村へ戻ったノエルは、幼なじみのリュカに叱られた。


「ノエル...!って、何ニヤニヤしてんの?

なんかあったわけ?」


「……王都…行って、ナンパされた...」


「は?よく分かんないけど、ノエル...お前、それでニヤけてるのはきもい」


 ⸻


 一方、王都のどこか。


「リシェなんだか楽しそうだね」


「今日は面白い子に会えたんだ〜」


 窓の外を眺め、含み笑いを浮かべた。


「あの子……ちょっと調べてみようかな」


 夜空には星が瞬き、物語は静かに動き始めていた

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