表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第5部:影再び

 第1章:謎の男葛城の正体


本郷管理官の指示のもと、捜査本部はバー「TILT」へのガサ入れを断行した。しかし、結果は空振り。店からは何1つ、違法なものは出てこなかった。

「情報が漏れている…」

捜査員たちの間に、不穏な空気が流れる。警察内部に裏切り者がいる。誰もがそう感じていたが、それが誰なのかは分からない。疑心暗鬼が、組織を内側から蝕み始めていた。


 いつもの席で諒平が驚くべき情報を掴んでいた。

「出ましたよ、葛城優。この男、戸籍も経歴も真っ白。でも、警察の非公式なデータベースの隅に、消去された痕跡があった。元公安です」

「公安…?」隼人が顔を上げる。

「ええ。しかも、彼を経歴抹消扱いで裏仕事に使っていたのが、当時公安部にいた城田寛治…今の刑事部長です」

全てのピースが繋がった。葛城は、城田の飼い犬。城田にとって都合の悪い人間を消すための、影の実行部隊だったのだ。5年前の事件も、愛甲の死も、そして今回の第2の殺人も。


 第2章:部長室の銃声


「キング…」

智仁が持ち帰ったその言葉は、捜査の羅針盤を大きく狂わせ、そして同時に、初めて正確な方角を示していた。

「雅宗」のカウンターで、春馬と諒平は『応用論理研究会』のOB名簿に改めて向き合った。サークル内で絶対的な権力を持っていたという「キング」。その正体に最も近い男は、やはり城田寛治刑事部長だった。

「状況証拠は揃いすぎている。葛城を飼い、5年前の事件を隠蔽し、邪魔者を消してきた。キングは城田で間違いない」

春馬の言葉に、しかし隼人は首を横に振った。

「だとしたら、腑に落ちねえ。あまりに分かり易すぎる。まるで、俺たちに『城田が黒幕だ』と誘導しているみたいじゃねえか」

隼人の懸念をよそに、本郷静香管理官は動いた。春馬たちが掴んだ葛城との金の流れの証拠を元に、城田への包囲網を狭めていく。そして、決行の朝。本郷は春馬と乾、そして数名の捜査員を伴い、道警本部の最上階、刑事部長室へと向かった。

重厚なドアをノックする。返事はない。本郷がドアノブに手をかけた、その瞬間。

室内に、乾いた銃声が1発、響き渡った。

捜査員がドアを破って突入すると、そこにはデスクに突っ伏し、傍らに落ちた拳銃から硝煙を上げる城田寛治の姿があった。彼の白いシャツが、胸の中心から赤黒く染まっていく。デスクの上には、1通の遺書が置かれていた。

『5年前の事件、及び一連の殺人は、すべて私の単独犯行である』

キングは、自らの命と共に、全ての罪を被って消えた。またしても、捜査は振り出しに戻されたかのように見えた。


 第3章:トカゲの尻尾


城田の自殺は、警察上層部にとっては格好の幕引きだった。すべての罪を死者に着せ、組織の膿を出し切ったかのように振る舞う。しかし、本郷静香の目は少しも揺らいでいなかった。

「冗談じゃない。これは典型的なトカゲの尻尾切りよ」

捜査本部の片隅で、彼女は春馬に断言した。「城田部長1人で、5年前の完璧な事件を起こせるはずがない。Nシステムへの干渉は、警察の通信システムを管理する部署…つまり、彼よりさらに上層部の協力がなければ不可能。城田部長は、キングに忠誠を誓った、ただの実行部隊のリーダーに過ぎない」

だが、誰が? 上層部の誰が、真のキングなのか。証拠は何もなく、城田という重要な手がかりも失われた。

そして、まだ謎が残されていた。愛甲を殺害した犯人は、智仁が情報を得た酒類業者の男を殺害した犯人は、誰なのか。葛城が逮捕される前に指示を出したのか、それとも別に、まだ見ぬ実行犯がいるのか。捜査は、底なしの沼に足を取られたように、身動きが取れなくなっていた。


 第4章:TILTの常連客


 「雅宗」で諒平が諦めずに作業を続けていた。それは、TILTへのガサ入れ前に、店のサーバーから密かにハッキングしておいた監視カメラの映像データ。警察が押収したものとは別の、数ヶ月分の記録だった。

「大将…見てください」

諒平の声に、隼人と古海、智仁がモニターを覗き込む。そこには、カウンターの隅で1人、バーボンを傾ける男の姿が映っていた。他の客とは交わらず、時折、マスターのハイドと二言三言、言葉を交わすだけ。その顔には見覚えがあった。

HAYAMAコーポレーションの社員、小池清泉だった。

真面目な印象で、几帳面。そして短気。智仁の報告した人物像とはかけ離れた、孤独な影を纏って彼はそこにいた。

「別人みたいだ!」

智仁がもらした

「どういうことだ…?」隼人は眉をひそめる。

「少なくとも、彼はただの会社員じゃない。TILTという裏社会のサロンに、1人で通えるだけの何かを持っている」

諒平の言葉に、古海が「あの店は、誰もが一見で入れる場所じゃないわ」と付け加えた。


 第5章:鉄壁のポーカーフェイス


小池清泉がTILTに出入りしていたという事実は、澱んでいた捜査に新たな流れを生んだ。


翌日の昼下がり。道警本部の一室で、春馬と乾は、小池清泉と向かい合っていた。あくまで任意での事情聴取。小池は、弁護士を同席させることもなく、一人でやってきた。

「TILTに、よく通われているそうですね」

春馬が切り出す。小池は、表情一つ変えずに答えた。

「ええ。あそこのバーボンは、なかなか良いものを置いていますから」

「マスターのハイドとは、どういうご関係で?」乾が鋭く突っ込む。

「関係、ですか。私は客で、彼はマスター。それ以上でも以下でもありませんが」

小池の答えは、常に簡潔で、隙がない。まるで、完璧にプログラムされた応答マシンのようだった。

「あなたの同僚だった愛甲達也さんも、あの店に出入りしていたことはご存じでしたか?」

春馬が、核心に迫る質問を投げかける。その瞬間、小池の眉が、ほんのわずかに動いたのを春馬は見逃さなかった。だが、それだけだった。

「さあ?同僚のプライベートまで把握しておりません。仕事とプライベートは、きっちり分ける主義ですので」

何を訊いても、のらりくらりとはぐらかされる。その態度は、明らかに何かを隠している者のそれだったが、それをこじ開けるだけの材料が、春馬たちの手元にはなかった。

「そうですか。ご協力、感謝します。また何か思い出したら、ご連絡ください」

春馬は、一旦引くしかないと判断した。小池は「ええ、もちろん」と静かに言うと、一礼して部屋を出ていった。その背中は、少しも揺らぐことがなかった。

「…とんだポーカーフェイスだな」

ドアが閉まった後、乾が吐き捨てる。

「ああ。だが、奴は確実に何かを知っている。そして、何かを隠し通そうとしている。まるで、誰かへの忠誠を試されているかのように…な」

春馬は、小池が座っていた椅子を、険しい目で見つめていた。


 第6章:厨房の閃き


「雅宗」の厨房では、隼人が鍋に向かっていた。

「隼人、おかわり!….」

春馬が声をかけたが、返事どころか気づかない。

「始まったな………」

諒平がつぶやき、智仁と古海の顔を見合わせ、共に頷き、

古海が酒を注ぎながら

「大将は昔からこうだからね。本当に考えが煮詰まると、新しい料理を作り始める。一種の儀式みたいなもんだよ」


隼人の手元では、道産の新鮮な魚と、山で採れたばかりの旬の野菜が、まるで魔法のように次々と形を変えていく。昆布と鰹節で丁寧にとった黄金色の出汁。絶妙な火加減で火を通されるメヌケ。寸分の狂いもなく刻まれる薬味。その動きには一切の無駄がなく、一つの流れの中に、複雑な思考が凝縮されているようだった。

頭の中では、まな板の上の食材と、事件の断片が、目まぐるしく組み合わさっては離れていく。

(城田はキングじゃない。キングに忠誠を誓った、ただの駒…)

ぐつぐつと煮える鍋の出汁が、まるで事件の混沌を表しているようだ。

(葛城も、ハイドも、同じく駒。だが、それぞれが仕える主人は違うのか?いや、全ての駒を動かしているのがキング?…)

丁寧にアクを取り除く。事件のノイズを消し去るように。

(HAYAMAコーポレーションが、この事件の心臓部。金の流れ、計画の実行部隊。愛甲は、何をしようとした?)

食材一つ一つの持ち味を最大限に引き出すための、完璧な組み合わせを模索する。

(K…キング…。小池、川村、北嶋…。応用論理研究会。あのサークルが全ての始まり…)

思考が、料理の工程と共に研ぎ澄まされていく。

数十分が経っただろうか。

隼人の手が、ぴたりと止まった。

目の前の皿には、見たこともない美しい一品が完成していた。透き通るような餡がかかった魚介の真薯しんじょ。その上には、細かく刻まれた数種類の野菜が、まるで絵画のように散りばめられている。

隼人は、ゆっくりと顔を上げた。その目には、いつもの穏やかな料理人のものではなく、全ての謎を見通したかのような、鋭い光が宿っていた。

彼は、完成したばかりの料理をカウンターに置くと、呟いた。

「…分かったぞ」

諒平と智仁が、息を飲む。

「敵は、俺たちが思ってるよりずっと多いかもしれんな」

隼人は、静かに続けた。

「5年前の事件、城田は黒幕じゃねえ。キングにいいように使われただけだ。そしてキングは、警察のトップに近いどこかにいる。だが、そいつは絶対に表には出てこない。事件の金の流れも、計画の実行も、すべてHAYAMAコーポレーションの連中がやったんだ」

閃きは、確信へと変わっていた。料理が完成すると同時に、隼人の頭の中では、バラバラだった事件のピースが、一つの完璧な答えを導き出していたのだ。

「舞台は、振り出しに戻ったわけじゃねえ。ようやく、本当の舞台が見えてきたんだ」

隼人の目が、鋭く光る。

「HAYAMAコーポレーション。あそこが、この事件の心臓部だ」


 第7章:舞台は再びHAYAMAへ


本郷管理官も、隼人と同じ結論に達していた。

「轟。城田部長の死で、我々は敵の尻尾しか掴めていなかったことを思い知らされた。これからは、HAYAMAコーポレーションに捜査資源を集中させる。愛甲達也が何を掴み、なぜ殺されなければならなかったのか。それこそが、キングに繋がる唯一の道よ」

捜査の焦点は、警察内部の見えない黒幕と、HAYAMAの社員たちとの接点に絞られた。

「雅宗」では、新たな作戦会議が開かれていた。

「智仁、諒平。もう1度、HAYAMAを丸裸にするぞ。だが、今度のターゲットは会社じゃねえ。小池清泉、川村景子、北嶋翔、森谷愛…。社員1人ひとりの金の流れ、交友関係、すべてだ」

隼人の言葉に、二人は力強く頷く。智仁の目には、もはや罪悪感の影はなく、無念を晴らすための闘志が燃えていた。

札幌の街に、また雪が舞い始めていた。すべてを白く覆い隠すように。

だが、その雪の下で、真実を求める者たちの執念の炎は、静かに、しかし激しく燃え上がっていた。舞台は再び、静まり返ったあのオフィスビルへ。だが今度は、誰もが知っていた。その静寂の下に、巨大な悪の根が、深く、広く、張り巡らされていることを。

(第5部 了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ