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第四章:沈黙の連鎖

 その均衡を破ったのは一本のニュース速報だった。

『石狩湾の沖合で、身元不明の男性の遺体が発見されました』


 数日後、遺体の身元は、智仁がキックボクシングジムで話をした、あの酒類業者の男だと判明したのだ。

「俺のせいだ…。俺が、あの人から話を聞かなければ…!」

 智仁は悲しげに落ち込んでいた。

 彼のせいではないと誰もが分かっていたが、正義感の強い彼の心を罪悪感が苛んでいた。


 連続する不審死に、道警はついに重い腰を上げざるを得なかった。

 世論とマスコミに突き上げられる形で、正式な捜査本部が設置される。


 その陣頭指揮を執るために東京・警視庁から送り込まれてきた人物の名に、春馬たちは耳を疑った。


 本郷静香管理官。


 警視庁きっての切れ者と名高いキャリア組。

 怜悧れいりな美貌と気品を漂わせる彼女は、道警本部に降り立つなり、澱んでいた空気を一瞬で張り詰めさせた。

「本件は、単なる連続殺人事件ではありません。背後にある巨大な組織犯罪の可能性を視野に入れ、捜査を再構築します」

 凛とした声が会議室に響く。春馬はその手腕に舌を巻くと同時に、やりにくさを感じていた。

 そして、もう一人。なぜか捜査本部の周りを、城田寛治刑事部長が必要以上にウロチョロしている。

 その目は、本郷管理官の動向を探っているようでもあり、何かに怯えているようでもあった。


 鑑識の結果は、智仁の罪悪感をさらに深く抉った。

 男は、絞殺された後に海に遺棄された可能性が高い。

 裏切った代償だ。


 春馬と乾は、独自に葛城の追跡を続けていた。

 数日にわたる張り込みの末、札幌市内の古いアパートに出入りする葛城の姿を捉える。

 二人は慎重に尾行を開始したが、プロの嗅覚を持つ葛城は、すぐにそれに気づいた。

 雑踏に紛れ、地下鉄のホームで巧みに姿をくらます。春馬たちは、まんまと撒かれてしまった。


 捜査が行き詰まりかけたその時、思わぬところから情報がもたらされた。

 別の窃盗事件で逮捕されたチンピラが、TILTの常連だったのだ。

 取り調べで追い詰められた男は、


「葛城さんなら、時々、白石区の倉庫街にある廃墟の雀荘にいる」

 と漏らした。それは、葛城が唯一、気を抜ける場所なのかもしれなかった。


 数日間の張り込みは、緊張を極めた。そしてついに、葛城が一人で雀荘に現れた。春馬と乾が、


「ちょっと話を聞きたい・・・」

 そう言い終わる前に葛城は、窓を突き破って逃走を図る。

 倉庫街を舞台にした追跡劇の末、路地に追い詰められた葛城は、ついに観念したように両手を上げた。


 道警本部の取調室。葛城は、鉄の意志で黙秘を貫いていた。

 何を問われても、ただ虚空を見つめるだけ。

 その態度は、背後にいる「主人」への揺るぎない忠誠心を示しているようだった。


 逮捕から三日目の朝。膠着状態が続く中、葛城が初めて口を開いた。


「…弁護士を呼んでくれ。全て話す」

 ついに陥落か。取調官が安堵の表情を浮かべ、席を立った、そのわずかな時間だった。


 監視カメラの映像には、信じがたい光景が映っていた。

 一人になった葛城が、突然、激しく咳き込み始めたのだ。

 そして、口から血を吹き出して椅子から崩れ落ちる。

 駆けつけた捜査員と救急隊員による蘇生も虚しく、葛城は死亡が確認された。


 司法解剖の結果、死因は即効性の高い特殊な毒物によるものと断定された。

 だが、どうやって毒物を摂取したのか。取調室は密室。外部からの侵入の形跡はない。

 まるで、彼自身の体内から毒が生成されたかのような、不可解な死だった。


 やっと掴んだ重要な証人が、目の前で消された。捜査は、またしても振り出しに戻ってしまった。

 道警本部は、完全な敗北感と、見えない敵への底知れぬ恐怖に包まれた。


 その夜、「雅宗」の空気は重く沈んでいた。春馬の報告で、


「すまない、大将…。俺が、もっとしっかりしていれば…」

 カウンターの端で、智仁がうなだれていた。

 自分が情報を引き出した男が殺され、その容疑者まで死んでしまった。

 彼の心は、自責の念で張り裂けそうだった。


「お前のせいじゃない」隼人は、熱いお茶を智仁の前に置く。

「敵が、俺たちの想像を一枚も二枚も上回っていた。それだけのことだ」


「そうよ、智仁くん」古海も優しく声をかける。

「今は、自分を責める時じゃない」

 智仁の好物だという出汁の効いた卵焼きをそっと出す。


「…ありがとうございます」

 智仁は、ゆっくりと卵焼きを口に運んだ。その時、彼の脳裏に、ふとした光景がフラッシュバックした。

 それは、あの酒類業者の男とキックボクシングジムで対峙した時の記憶。

 スパーリングの後、シャワールームで男が漏らした言葉の断片。

 事件の核心とは関係ないと思い、今まで誰にも話していなかった、些細な会話。


「あの人…言ってたんです」

 智仁の目が、何かを捉えたように、一点を見つめていた。


「葛城さんは、昔からそうだ、って。大学のサークルの頃から、いつも『あの方』の無理難題を、まるで魔法みたいに解決してた、って…」

 そして、智仁は思い出した。男が、恐怖と僅かな軽蔑を込めて呟いた、その『あの方』を指す言葉を。


「『キング』って、呼んでました」


 Kは、サークルの中に君臨していた、絶対的な王――『キング』。

 雅宗のカウンターに、新たな、そして決定的な謎が投げかけられた瞬間だった。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


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引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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