表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/30

初めての感情

「ぶっちゃけるとさ、私が教科書とか無くても強一きょういちくんのがあるかなって思ってたんだよね」


「無いですね」


 木井きいさんからの罰を受け終わると、ベッドに背中を預けながら両手両足を伸ばしながら言う。


「俺の場合、力も体力も無いので、たとえ教科書なんかでも頻繁に持ち帰ったりできないんですよね」


 俺だって家で勉強するなら教科書を持って帰ろうとは思った。


 でも意外と重くて断念した。


 木井さんが持ってくるとも思ったし。


「俺も人のこと言えないですね」


「強一くんは仕方ないじゃん。そもそも私の為のお勉強会なんだから私が持ってくるのが当たり前だし……」


 木井さんが伸ばしていた両手足を丸くして体育座りになる。


「当たり前とかないですから。いっそ取りに行きます?」


 今日は土曜日だけど、部活をやっている人もいるので学校は開いているはずだ。


 だから取りに行こうと思えば取りに行ける。


「でもお母さんせっかく休めたんだよね?」


「だから寝かせたままで行きますよ」


 せっかく寝てくれたのだからわざわざ起こす必要はない。


 起こす約束だったけど、木井さんも一緒に居るのだから多分大丈夫だ。


「……やめとこ。お勉強したくないとかじゃなくて、もしもの時に私は責任取れないから」


「それもそうですね。木井さんに迷惑はかけたくありません」


 いくら俺の提案だとしても、木井さんと一緒に出かけて俺が倒れでもしたら木井さんが責任を感じる。


 最悪は木井さんに全責任を取らせる結果になるかもしれない。


 それは絶対に駄目だ。


「それだと、せっかく来てもらいましたけど、解散になります?」


「……帰りたくないって言ったら困る?」


 木井さんがチラッと俺に視線を向けて弱々しく言う。


 可愛すぎて一瞬固まってしまった。


「理由次第です」


「強一くんと一緒に居たい」


「嘘を言うなら帰ってください」


「嘘じゃないよ! 半分はそうだもん」


「嬉しいですけど、多分もう半分がほんとの理由ですよね?」


「……」


 ただの勘だけど、木井さんは本心を言わない気がした。


 というか、人には言えない何かがあり、たまに見せる弱々しい態度の時はそれが原因な気がした。


「話したくないなら大丈夫ですよ。そういう理由なら居てもらっていいですから。でも何します?」


 木井さんと一緒に居るのは楽しいからいくらでも居てくれて構わないけど、俺の部屋には何も無い。


 あるのはベッドとローテブル、後は母さんが入院中に暇にならないようにと買ってくれた本が数冊。


「木井さんとならただ話してるだけでも数時間は潰せるでしょうけど、木井さんは飽きるでしょうし」


「飽きないよ。私も強一くんとお話するのとっても楽しいから」


「ありがとうございます」


 俺が笑いかけると、木井さんがあからさまに顔を逸らした。


 そんなに不気味だっただろうか。


「ちょうどいいかもよ?」


「何がですか?」


「さっき強一くんが言ってたじゃん。『私の全てを知りたい』って」


 そこまでは言ってないけど、まあ気持ち的にはそうだから否定はしない。


「じゃあお互いのことを聞いていきますか?」


「否定はしないと思ったけど、強一くんはメンタル強過ぎないかい?」


「木井さんのことを知りたいのは事実なので。きっと生涯で木井さんだけですよ」


「大袈裟な」


 木井さんは冗談だと思って笑うが、多分大袈裟ではない。


 俺が木井さんと同じかそれ以上に興味を持てる人なんて、俺の余命が尽きるまでに出会えるとは思えない。


「木井さんは俺の最初で最後の友達です」


「またからかって」


「本気ですよ。木井さんが俺のことを忘れても、俺はずっと忘れませんから」


 木井さんは俺がいなくなったら数日は覚えていてくれるだろうけど、少ししたらきっと忘れる。


 だけど俺は死んでも木井さんという唯一の友達を忘れない。


 だから木井さんに少しでも俺のことを覚えてもらえるように努力する。


「私も舐められたものだ」


「どういう意味ですか?」


「私、強一くんのこと一生忘れないよ」


「そうであって欲しいですね。忘れても欲しいですけど」


「なんでさ!」


 木井さんが頬を膨らませてジト目で睨んでくる。


 だってそうだろ。


 死ぬ俺はいいけど、残される木井さんが俺のことをずっと心の隅に覚えているのは辛いはずだ。


 だから木井さんは俺のことをすぐに忘れて欲しい。


 そう思う自分がいるのに、忘れて欲しくない自分もいる。


「俺ってわがままだな」


「え?」


「なんでもないです。それよりお互いのことを知るって何を話せばいいんですか?」


 木井さんのことは知りたいけど、いざ知ろうと思うと何を知りたいのかわからない。


 それに俺のことを教えようと思っても、入院してたのが全てで話すことがない。


「じゃあまずは手頃なところからで、好きな異性のタイプからにしよう」


「それ答えたじゃないですか。木井さんみたいな人ですよ」


 この質問は俺が初めて学校に行って、教室で自己紹介をさせられた時に木井さんから質問された。


 そしてその時にちゃんと答えている。


「そ、そういうからかうやつじゃなくて、ほんとのやつ」


「本心ですよ?」


 正直好きな異性のタイプなんてわからない。


 だから頭にパッと浮かんだ異性である木井さんみたいな人と答えたのだ。


 それ以外の異性を知らないのもあるけど。


「それはさ、強一くんはわ、私のこと……」


「恋愛感情ですか? どうなんでしょう、木井さんのことは好ましいとは思ってますけど、それが異性に対する好きなのかと問われるとわかりません」


 人を好きになることも、なる資格もないと思っていたから『好き』がどんなものなのかなんてわからない。


 そもそも同年代の女子とめったに話す機会がなかったのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだけど。


「俺って木井さんのことが好きなんでしょうか?」


「それを私に聞く?」


「だって……」


 自分ではわからないし、相談できる相手なんて木井さんしかいない。


 母さんに話したら多分何も考えずに好きなことにされる。


 後、相談できるとしたら柳先生だけど、鼻で笑われて終わる気がする。


「強一くん、可愛い」


 木井さんがいきなり俺の頭を撫でてきた。


「なんですか?」


「私のことでいっぱい悩んでる強一くんが可愛くて。それと嬉しいから」


「嬉しいんですか?」


「うん。私のことでそんなにちゃんと考えてくれる人っていないからさ」


 それはなんとなくわかる気がした。


 木井さんは告白をよくされるようだけど、ほとんどがフラれるのがわかって告白しているようだ。


 つまりは告白して木井さんを諦める為にしている行為。


 そこに木井さんのことなんて微塵も考えられていないだろう。


 女子達だって、木井さんのことを何も考えてない、ただ元気な子としか思っていない。


 ずっと人の顔色をうかがって生きてきたせいか、そういうことばかりに目が行ってしまう。


「だから木井さんのことを嫌いになれないのか」


「私を嫌いたいの? 普通にショックなんだけど」


「違いますよ。ずっと入院してたせいで、人の顔色をうかがうのが癖になってるみたいなんです。でも木井さんは、純粋な気持ちで俺と接してくれるから、好ましいって思えるんだなって思いまして」


 大抵俺を見る人は『可哀想』とかの感情を向けてくる。


 母さんだって罪悪感の気持ちが強すぎて向き合うのが嫌になる。


 だけど木井さんは俺のことを一人の人間として見てくれる。


 クラスの人は俺が入院してたことを知ってからは一歩引くようになったけど、木井さんは変わらない。


「もしかしてこれが『好き』ですか?」


「だから私に聞かないの!」


 木井さんが顔を赤くして俺の肩をポカポカと叩いてきた。


 なんでこう可愛いことしかできないのか。


「それで木井さんの好きな異性のタイプはなんなんですか?」


「……強一くんみたいな人」


「両思いですね。嬉しいです」


「……ばか」


 木井さんが消沈したように俺の肩に顔を埋める。


 俺はしばらく木井さんの可愛いつむじを眺めていた。


 そうして俺達は結局土日の間に勉強は一切しないで、ただひたすらに話し合うのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ