初めての待ち合わせ
「あ、強一くんだー」
「そんな偶然見つけたみたいな感じ出さなくていいですよ」
駅前の日陰になっているベンチに座っていると、私服姿の木井さんがやって来た。
もちろん偶然ではない。
今日は土曜日で、木井さんに勉強を教える為に待ち合わせをした。
木井さんの家からうちは近いようだけど、俺はスマホを持っていないからもしも木井さんが迷ったら困るので、二人がわかる駅に集合した。
「強一くん。言い方を考えないで言うと、不審者みたいだよ?」
「どストレートに悪口ですか。別に傷つかないのでいいですけど」
俺の服装は全身黒で、更にパーカーのフードを被っている。
自分でも不審者にしか見えないのはわかっているけど仕方ないのだ。
「あんまり日光に当たれないんですよ。俺の体って木井さんの想像以上に脆いんですよ?」
今までずっと病院の中で過ごしてきたから、日光に当たる機会なんてめったになかった。
だから実際に日光に当たるとどうなるかなんてわからないけど、あんまり余計なことをして早死にしても母さんに迷惑をかけるだけだ。
「というわけで、不審者の隣を歩かせますけど我慢してくださいね」
「……ごめんなさい」
「なんで謝るんですか?」
むしろこんな格好の俺の隣を歩かせるのだから、謝るのはむしろ俺の方なのに。
「強一くんの体が弱いの知ってたはずなのに、失礼なこと言った……」
俺の身体のことは軽くだけ説明している。
生まれつき身体が弱くて、入院を繰り返していて、最近は少し良くなったらから学校に通い始めたと。
さすがに余命などの話はしていない。
「別にいいですよ。木井さんの可愛い私服姿が見れたので」
「はぅ……」
場を和ませようと言ってみただけなのだけど、木井さんが顔を両手で押さえてうずくまってしまった。
正直、女子の服の区別なんてつかないけど、少なくとも今の木井さんはとても可愛いと思う。
「ピンク好きなんですか?」
木井さんの服は淡いピンクのワンピース? だ。
「そういうわけでもないよ。貰い物だから」
木井さんがうずくまりながら目だけを指から見せて上目遣いで言う。
「そうなんですか。やっぱり着る人がいいと、なんでもよく見えるんですかね?」
「強一くんは私のライフを削りすぎだよ! お勉強始まる前に元気無くなっちゃうよ」
木井さんが立ち上がり、頬を膨らませて俺を睨む。
思ったことをそのまま言ってただけなのだけど、木井さんには不服のようだった。
「可愛いとか言われ慣れてますよね?」
「言われるけど、強一くんからは慣れてないの!」
「じゃあ早く慣らさないととですね。木井さん、とても可愛いです」
「うぅ、なんであんなに真顔で可愛いなんて言えるんだ!」
木井さんがじだんだを踏みながらほっぺたを膨らませる。
そういうところがまた可愛らしいのだけど、誘ってるのだろうか。
「木井さんも大概ですよ。可愛いって言われたくないなら可愛い行動をしないことです」
「別にしてないもん」
「そういうところですよ」
俺がため息混じりに言うと、木井さんはなんのことかわからなかったようで、首をコテンと傾げる。
それもなのだけど、多分言ってもわからないから「それも可愛いです」とだけ伝えておいた。
「とにかく行きますよ。こんなところで可愛い木井さんを見せびらかしたいわけじゃないので」
「やっぱり強一くん私のこと好きでしょ」
「木井さんはどっちがいいですか?」
「ずるい言い方だ。私は強一くんのこと好きだから、好かれたいけど」
「……ちゃんと好きですよ。友達として」
俺がそう言うと、木井さんの顔がぱぁっと明るくなった。
「友達なら敬語やめよ」
「嫌です。いいからついて来てください。俺が途中で倒れたら誰が助けてくれるんですか」
「はい! お友達の私が助ける」
木井さんが先に歩いていた俺に追いついて、満面の笑みで俺に言う。
「そういえばお母さんにはいいって言われたの?」
「なんだか『友達の勉強見るからうちに呼んでいい?』って聞いたら泣きながら許してくれました」
「嫌々?」
「嬉し泣きですよ。入院ばっかりしてたから、友達なんていなかったわけなので」
「つまり私が強一くんの初めての友達なんだね」
「そうですね」
そんな初めての友達だから、母さんが家に呼ぶことを断るわけがなかった。
多分初めてだからこそ、ちゃんとした友達か見たいのもあるんだろうけど、それは木井さんだから大丈夫だとして。
一つだけ不安なことがある。
「今更なんですけど、母さんには『友達』としか説明してないんですよね」
「何か駄目なの?」
「俺はよくわからないんですけど、男子の家に女子を入れるのって駄目なんじゃないんですか?」
友達がどういうものなのかよくわかわないから知らないけど、異性の友達を家に招くのは駄目だとどこかで聞いた気がする。
そもそも異性の友達自体が少し複雑な気もするし。
「私も男の子のお家は初めてだからわかんないけど、確かに普通は行かないのかな?」
「木井さんで初めてなら行かないのが普通ですよ」
木井さんほど男女の隔たりなく友達になっている人もいない。
そのせいで男子は勘違いをして撃沈してるようだけど、やはり木井さんを家に誘う人はいないようだ。
「まあ別に今更別の場所を考える方がめんどくさいのでいいんですけど」
「今までの会話が全部無駄になった」
「俺との会話は無駄ですよね」
「強一くんはすぐそういうことを言う。私は強一くんとお話できるだけで嬉しいよ」
こういうことを素で言うから男子が勘違いするのだ。
まあわかってれば「また可愛いことを言ってるよ」で済むのだけど、男子高校生は勘違いしたい生き物らしいので(柳先生談)仕方ない。
「そういえばですけど、木井さんは誰かと付き合いたいとかないんですか?」
「色んな人に聞かれるけど、無いかな。多分付き合ってもそれって学校の私が好きなわけでしょ? 私の全部を知ったら好きじゃなくなると思うから……」
木井さんが寂しそうに笑う。
「いますよね、上辺だけで人を判断する人。何がわかるんだって話ですよ」
俺もよく言われたことがある。
「外で遊ばせてあげられなくてごめんね」別に外で遊びたいなんて思ってない。
「学校に行かせてあげられなくてごめんね」誰が好き好んで学校に行きたいなんて思う。
「強い子に産んであげられなくてごめんね」弱く生まれてきたのは俺だ。
俺の気持ちを理解してるようで何も理解していない。
俺はあなた達が思ってるほどいい子ではないんだよ。
「木井さんは木井さんなんです。やりたいようにやればいいんですよ。学校の姿が作ったものだとしても、俺は素の木井さんを見ても幻滅したりはしないですから」
今の木井さんが自分を偽っているのだとしても、それはそれだ。
俺はどっちの木井さんも否定しないし、どちらも受け入れる。
だってどちらも木井さんなのだから。
「……ほんとに?」
「はい。たとえ木井さんが毒しか吐かない最低人間だったとしても、俺は受け入れます」
「さすがにそこまでじゃないよ。でもありがとう。いつか必ず話すね」
「別に無理に変えろとは言いませんよ? 今の木井さんが可愛いのは事実ですから」
何やら左手の手の甲に違和感を感じたと思ったら、木井さんが俺の手の甲をつねっていた。
痛くはないけど、意味がわからない。
当の本人はそっぽを向いているし。
「実はバイオレンスですか?」
「難しい言葉を使って頭いいアピールした!」
「難しくないですから。英語は日本語ができるようになってからですよ」
「バカにしたなぁ……」
木井さんが頬を膨らませて俺をジト目で睨んできた。
さっきの暗い表情は消えて、いつもの明るい木井さんに戻った。
たまにああして暗い表情になるが、木井さんも少し訳ありなのかもしれない。
まあ俺が全てを話してない以上聞く気もないけど。
そんなこんなで俺と木井さんは俺の住むアパートに着いた。
その頃には母さんに木井さんの説明をしてないことなんてすっかり頭から抜けていた。