初めての花火
「りんご飴ってさ、要はりんごに溶かした砂糖をかけたものだよね?」
「そうなんじゃないですか? 知らないですけど」
「カロリーやばそうじゃない?」
父さんから聞いた穴場に着いた俺と木井さんはベンチに座ってのんびり花火の時間を待っていた。
すると木井さんが真面目な顔で今更なことを言い出した
りんご飴を半分食べてから言うようなことではないだろうけど、食べたからこその感想なのかもしれない。
「そもそもお祭りの屋台で出てる食べ物はほとんどカロリー高いですよ」
「だよね。粉物は女の子的な理由で避けてるけどそれも炭水化物だし、綿菓子なんてもろ砂糖だもんね」
「たくさん食べましたね」
「現実を突きつけるじゃん。私が太っても嫌わないでね」
「木井さんは痩せすぎなんですからもっと食べないとですよ」
木井さんの体重を聞いたことはないけど、木井さんの気まぐれで俺の膝の上に乗ってきたことがある。
その時に重さを感じなかった。
もちろん重みはあるけど、同級生の女の子を乗せてるとは到底思えない重さだ。
「女の子にそういうこと言うのは駄目なんだよ」
「心配なんですよ。木井さんって俺と体重ほとんど変わらないですよね?」
「強一くんの体重を知らないけど変わらないと思う」
俺はずっと入院していたせいもあり、同年代の中では抜きに出て体重が少ない。
そんな俺と同じぐらいなんて言われて心配にならない方がおかしい。
「大丈夫だよ。最近はちゃんとご飯食べてるから。それに私は強一くんと一緒なのは嬉しいよ」
「俺も嬉しいですけど……」
「もう、私の心配する前に自分の心配しなさい」
木井さんはそう言うと俺の前に半分のりんご飴を差し出してきた。
「これは?」
「りんご飴」
「それは知ってますよ」
「強一くんに無理やりカロリーを摂らせようかと」
「本心はなんですか?」
「カロリーを気にしだしたら私の女の子の部分がこれ以上は駄目だって」
なんとも可愛らしい理由だった。
確かに木井さんは痩せすぎているけど、女の子としては太りたくはないだろう。
今まではお祭りでテンションが上がってて気づかなかったのだろうけど、落ち着いたせいで色々と考えてしまったようだ。
「お祭り恐るべし」
「それで俺に食べろと?」
「甘いの嫌い?」
「別にそういうわけじゃないですけど、俺の男の子の部分が木井さんとの関節キスを恥ずかしがってます」
木井さんから差し出されたりんご飴は半分だ。
そしてりんご飴はその性質上かじるか舐めることしかできない。
つまりはそういうことだ。
「素直に認められるとこっちが照れるな。でもせっかく強一くんが照れてくれるのなら」
木井さんはそう言って頬を赤く染めながら俺にりんご飴を近づける。
俺はそれを普通に食べる。
「まあくれるなら食べますけど」
「私のドキドキを返せ」
「美味しいですね」
「さりげなく『あーん』までやってるんだからもうちょっと照れてくれてもいいと思うんだよね」
木井さんが不貞腐れたようにぶつぶつ言っている。
俺はその木井さんの顔を横目で見ながらりんご飴を食べ進める。
「そんなに美味しい?」
「はい。なんか身体に悪そうな味ですけど」
「はい没収」
木井さんにりんご飴を取り上げられてしまった。
「木井さんがくれたのに」
「だめなものはだめ。残りは私が……」
木井さんがりんご飴とにらめっこを始めた。
「どうかしました?」
「なんでもない」
木井さんはそう言って残りのりんご飴を食べた。
だけど食べ終わる頃には木井さんの頬がりんご飴のように赤くなっている。
かき氷を食べると舌の色が変わるとは聞いたことがあるけど、りんご飴にもそんな効果があるのだろうか。
そして俺と木井さんは花火が始まるまでの間、いつものように話して時間を潰していた。
「そろそろかな?」
「そうですかね? ここら辺は時計がないからわかんないですけど」
「私も強一くんもスマホないからね」
「スマホ……そういえば父さんにもしもの時用にスマホ渡されてました」
スマホを持ってないから存在を忘れてたけど、家を出る時に父さんからスマホを持たされていた。
いらないと言っていたけど、俺の入院があったせいでスマホを用意したらしい。
退院してから外に出ることがなかったから渡されてなかったけど、今日みたいに俺と木井さんだけで出かける時は持って出るようにと言われた。
「それさ、私に言えって言われてない?」
「そういえば言われました。直接言えばいいのに」
「強一くんへの信頼でしょ。それよりもそういう大切なことはちゃんと言いなさい」
木井さんに怒られてしまった。
確かにスマホを持っていたとしても、俺に何かあった時に俺がスマホを使える状態かはわからない。
その場合は近くにいる木井さんが連絡しなくちゃいけないから一番に木井さんへ伝えなければいけなかった。
まあそれなら父さんが伝えてれば良かったのだけど。
「父さんも抜けてるところがあるから仕方ないのか」
「つまり親子ってことね」
「何も言い返せないですね」
父さんがなんで木井さんに伝えなかったのかはわからないけど、俺も忘れていたのだから何も言えない。
きっと父さんのことだから何かしらの理由があるのだろうし。
「何もなかったから良かったけど。それで時間は?」
「えっと──」
ドンッ
俺がスマホで時間を確認しようとしたら、その必要がなくなった。
「今からですね」
「びっくりした。体の芯までくるね」
「はい、痛いぐらいです」
想像の数十倍音が大きくて体に響く。
俺の体が心配になってくる。
「きょう……くん、だい……」
「はい?」
花火の音で途切れ途切れになって木井さんの声が聞き取れない。
「……えない? お……もんね」
「なんとなくわかりますけど、ほとんど聞こえないです」
「え?」
どうやら木井さんにも俺の声が聞こえないようだ。
静かに楽しむべきなのか。
「きょ……くん」
「はい?」
どうやら木井さんは黙る気がないようだ。
何やら真剣な顔で話し出す。
「わ……ね。強一くんのこと好きなの……ってちょうど花火止まんの──」
木井さんが花火に怒ろうと立ち上がった瞬間に花火が上がる。
そしてそこからは怒涛の花火ラッシュが始まった。
そのせいで木井さんにどういう意味なのか確認できなかった。
それからは花火に集中なんかできなくて、花火の音にドキドキしてるのか、それ以外の理由でドキドキしてるのかわからなくなっていた。