表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/26

初めてのお散歩

木井きいさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃなくした張本人が何を言うか……」


 やっと動き出した木井さんに、心配の言葉のつもりで言ったのだけど、ジト目で返されてしまった。


 まあ大丈夫そうなので良かった。


「そういえば、木井さんの『夢』ってなんなんですか?」


「え? 今は強一きょういちくんに学校を楽しんでもらうことかな」


「違くてですね、なんでわざわざ『夢』って言うのかなって思いまして」


 俺が編入した日に笹木ささき先生が木井さんに『夢を与える』とか言っていた。


 言い回しが気になっていたけど、あの時は木井さんにそこまでの興味はなかったから聞くことはしなかった。


 だけどさっきふと気になったので聞いてみる。


「そゆこと。私の名前って夢奈ゆなじゃん? 安直なんだけど、夢が名前に入ってるから、色んな夢を持ちたいの。もちろん叶えるのを前提にね?」


「いいと思いますけど、それって利用されてません?」


 現に笹木先生は木井さんに「夢を与える」とか言って俺の面倒という雑用を押し付けている。


「まあそういうのもあるよ? でも、私だってそこまで馬鹿じゃないから、内容は選んでるから大丈夫」


「ほんとにですか?」


「うん。現に今の夢は強一くんのことだけしかないから」


 それが利用されてると言っているのだけど、なぜだか木井さんは嬉しそうだから何も言わないでおく。


「まあ人助けがしたいっていうのが一番の理由なんだろうけどね」


「いい人になりたいと?」


「そういうのじゃないよ。私のはもっと最低な理由……」


 木井さんの表情がどんどん暗くなる。


 いつもの俺が見たくない木井さんの顔だ。


「っと、ごめん。あんまり暗くなると強一くんに変なことされちゃうや」


「それで木井さんが笑顔になるなら俺はいくらでもやりますよ」


「笑顔にはならないからね? いや、最終的にはなってるんだけど、赤面は笑顔じゃないからね?」


 木井さんが丁寧に説明してくれるけど、それが一番手っ取り早いから俺はやる。


 木井さんには一秒でも暗い顔をしていて欲しいないのだから。


「その顔はやめる気ないな」


「はい。木井さんと遠出するのが俺の夢ですけど、木井さんを笑顔にさせるのも俺の夢ということで」


「欲張りさんめ」


「仕方ないんですよ。俺には木井さんしかないので」


 冗談抜きで俺には木井さん以外に何も欲しいものがない。


 語弊があるように聞こえるだろうけど、木井さん絡みのことしか興味がない。


 俺の欲しいものは、木井さんの笑顔、木井さんの幸せ、木井さんとの時間。


 よくよく考えたら欲張りだ。


「俺って木井さんさえ居ればいいって思ってましたけど、俺が木井さんを独占したいなんて欲張りですよね」


「どく……」


「毒?」


「……ほんとにずるいよね。なんなの? 私はいつになったら強一くんに勝てるの?」


 木井さんが拘束した手を握る力を強くしたり弱くしたりする。


 文句のついでなのだろうけど、なんだか心地よい。


「今度ベッドにでも押し倒してやろうかな」


「俺、抵抗できませんよ?」


 俺は女子である木井さん相手でも力で負ける自信がある。


 だからもしも木井さんに本気でマウントポジションを取られたら抵抗なんてできない。


「ドキドキしちゃう?」


「するんでしょうか?」


「だから私に聞かないでよ。でも強一くんのことだからしないんだろうなー」


 木井さんが少し拗ねたように俺のことを見てくる。


 正直拗ねられても困る。


 実際に押し倒されてみないとわからないのだから。


「帰ったらやってみます?」


「まさかの強一くんからのお誘い。そんなこと言われると私がドキドキしちゃうでしょ」


「それはそれで」


「良くないから!」


 木井さんがほっぺたを膨らませてそっぽを向いてしまった。


 いつかあの膨らんだほっぺたをつついてみたい。


「そういえば結局目的地は無しでいいんですか?」


「ん? そうだね、お散歩しよ」


 今はうちには向かってるものの、いつもの最短の帰り道とは違う道を歩いている。


 正直に言うと、俺はここら辺の道を知らないから本当にうちに向かっているのかはわからない。


 とりあえずは木井さんを信じて進むだけだ。


「あ、強一くんは疲れてない?」


「大丈夫ですよ。木井さんと話してると楽しくて疲れないみたいです」


「そう? 無理は駄目だよ? 少しでも疲れたらおんぶするから言ってね」


 普通に考えたら逆なんだろうけど、俺に木井さんをおぶることは絶対にできないから仕方ない。


 そして木井さんは絶対に俺が疲れたらおんぶをするだろうから、帰るタイミングだけは間違えないようにしなければいけない。


「ちなみに後どれぐらいで着く予定なんですか?」


「強一くんのお家から学校までがだいたい十分かからないぐらいだから、今日は二十分ぐらい歩く予定」


 となると、後五分ぐらいになる。


 それなら疲れる前に家に着きそうだ。


「いきなり倍は多かったかな?」


「大丈夫ですよ。たまたまとはいえ、俺が余裕を持って登校できる場所を選んでるんですから、調子のいい今なら倍ぐらいは平気です」


 自分の体は自分がよくわかっていると言うけど、俺の場合は不調に前触れがないから、いきなり発作が起こったりすることも普通にある。


 だから油断はできないけど、木井さんと一緒なら平気な気がする。


「木井さんの元気を分けて貰ってるのかもしれません」


「ほんと? ならいっぱいあげる!」


 木井さんが目を瞑って握る手をにぎにぎとする。


 多分元気を送ってるつもりなのだろう。


 見てて微笑ましくなって、確かに元気が湧いてくる気がする。


「その調子でほんとに元気になればいいんですけどね」


「疲れてる?」


「そういう精神的なやつではなく、体の方です」


 木井さんから元気を分けて貰えると、ほんとに楽しい気持ちになるのだから不思議だ。


 だけどそれはそれとしても、俺も体が良くなっているわけではない。


 少しは良くなっているのだろうけど、それでも完治はしていないのだから。


 このまま良くなる可能性もあるようだけど、今のところは完治の予定はない。


「いっぱい楽しいことをして強一くんが元気になるんなら簡単なのにね」


「そうですね。それなら木井さんには悪いですけど、木井さんと毎日一緒に居るだけでいいんですから」


 今の俺の楽しみは木井さんの隣に居ることだ。


 別に話す必要もない。


 ただ木井さんが隣に居るだけで俺は楽しいし嬉しい。


「じゃあ、一緒に逃げちゃう?」


「え?」


 木井さんが立ち止まって俺に微笑みながら言う。


 微笑んではいるけど、どこか悲しそうな、それにどこか……


「なんてね。強一くんがいつも変なこと言うからお返し」


「俺は別に変なことなんて言ってません。真実を端的に述べてるだけです」


「そういうところだよ。まったく、そんなことよりも今は私が手に入れた夏休みの話しないと」


 さっきまでの表情が嘘のように綺麗な笑顔なった。


 多分さっきのは木井さんの本音に近い言葉だと思うけど、木井さんが話すつもりのないことだろうから俺は聞かない。


 いつか木井さんが話したくなるまでは。


「強一くん?」


「なんでもありません。木井さんの笑顔が綺麗で見惚れてただけです」


「私は負けない。きょ、強一くんだってか、か……」


 木井さんが俺の顔をまっすぐ見つめて何かを言おうとしたけど、みるみる顔が赤くなり、耳まで赤くなったタイミングで空いている手で自分の顔を押さえる。


「わざとですか?」


「なにが?」


「そうやって可愛い反応するのって」


「んー!」


 木井さんが顔を押さえていた手で俺の胸をポカポカと叩いてくる。


 こういうところもだといつも言っているのに、やはりわざとなのだろうか。


 わざとならわざとでいじらしくて可愛い。


「それで木井さんが頑張った結果の夏休みはどうなったんですか?」


「強一くんとね。ふぅ、落ち着け、強一くん相手にいちいち照れてたら身が持たないのはわかってるでしょ」


 木井さんが俯いて自分に何かを言い聞かせてから顔をバッと上げる。


「夏休み! それは学校というしがらみから解放される学生のエデン」


「難しい言葉をたくさん知ってますね」


「安心して、意味は適当だから」


 どこに安心すればいいのかわからないけど、なんとなく安心した。


「木井さんは夏休みが楽しみなんですか?」


「どうだろ。少なくとも去年までは楽しみではなかったかな」


「そうなんですか? 夏休みの為に勉強を頑張っていたので楽しみだったのかと」


「色々あってね。って、そんな話はいいの。強一くんはもちろん楽しみでしょ?」


「いえ、全然ですけど?」


 別に学校に行きたいとかそういう理由ではなく、普通に学校に行かないと木井さんに会えないのが嫌なだけだ。


 今まではテスト勉強という理由があったから木井さんは俺と休日を過ごしてくれたけど、それが無くなれば一緒に居る理由は無くなる。


 だから俺は夏休みが大して楽しみではない。


「私は楽しみなのにー」


「木井さんは楽しみでも俺は楽しみではありせん。というか、木井さんが楽しみだから俺は楽しみではないとも言えますけど」


「それって私のこと嫌いってこと……?」


「なんでそうなるんですか?」


 木井さんが今にも泣き出しそうな顔になる。


 なんだか話が噛み合ってない気がする。


「えっと、俺は木井さんと一緒に居たいんですけど、木井さんとは夏休みの間に会えないじゃないですか、だから嫌なんです」


「それって、私は夏休みの間は強一くんと会ったら駄目ってこと……?」


「俺は会いたいですよ? でも木井さんは既に用事があるから夏休みを楽しみにしてるんじゃないんですか?」


 例えば俺以外の友達と遊ぶとか。


「あるよ! 強一くんと一緒に居ること」


「はい?」


 木井さんがなぜか拗ねたように言うけど、意味を理解するのに時間が欲しい。


「私がテストを頑張って夏休みが欲しかったのは強一くんと遊ぶ為だよ?」


 どうやら考える時間をくれないらしい。


 話を整理すると、木井さんがテスト勉強を頑張ったのはテストで赤点を取って夏休みに補習を受けない為。


 当たり前だけど誰だって補習なんて受けたくはない、だからわかるけど、理由が俺と遊ぶ為と言うのがわからない。


「強一くんは……嫌?」


 俺は考えることを放棄した。


「嫌なわけないに決まってるじゃないですか。俺はできることなら木井さんとずっと一緒に居たいんです。ほんとに、ずっと……」


 最近の俺はおかしい。


 少し前までの俺なら、一緒に居たいなんて言うことも、思うことすらなかった。


 なのに木井さん相手だと時間が許す限り、もっと言えば四六時中一緒に居たいと思ってしまう。


 本当におかしい。


「ずっとって、ずっと?」


「忘れてください。戯言です」


「やだ。私は毎日強一くんと一緒に居ていいの?」


「夏休みの間なら俺は構いません。さっきも言った通り俺は木井さんと一緒に居られるのは嬉しいので」


「良かった」


 木井さんの微笑んだ顔が愛おしい。


 木井さんが家に帰りたくない理由があるのはわかっている。


 だから夏休み中は俺のうちに来て時間を潰したいのだ。


 俺はその木井さんの思惑を利用する。


 木井さんと一緒に居られるのなら、俺は……


「やばいな」


「ん?」


「なんでもないです。それよりうちが見えてきましたね」


「そうだね。夏休み中にもう少し体力付けて、たくさんお散歩できるようにしようね」


「はい」


 木井さんの笑顔を愛おしいと思うだけなら多分大丈夫だ。


 取り返しのつかないところにいくまでには自分を律さないといけない。


 俺なんかが木井さんを独占なんてしてはいけないのだから。


 木井さんの思い出に俺が残ってはいけないのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ