可能性
グランス鍛冶店の偵察を終えてから数日間、星屑の鍛冶屋には静かな日常が続いていた。
表向きは特に大きな変化はなかったが、それでも少しずつ前進しているのは確かだった。
「ほら、見てくれ。これ、最近のこの店の売上データだ。」
ケントは手にした紙をメイに見せた。そこには、来訪数や販売単価の数値がびっしりと書かれていた。
これが前進している一つだ。
「これが売上の記録ってやつかしら……。でも、思ったよりお客さん少ないのね。」
メイは少し肩を落としたが、ケントは笑顔で答えた。
「まあまあ、ここからが本番さ。データが見えるようになったってことは、改善する余地がはっきりしたってことだよ。」
「ふーん……。でも、なんだか難しい話ね。」
メイは首を傾げながら答えたが、その目には少し期待の色が浮かんでいた。
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その日、ケントは店頭に立ち、客の対応をしていた。データ分析だけでは分からない「生の声」を聞くためだ。
「この短剣をくれるか?」
4人組の冒険者グループの一人が、陳列棚から短剣を指して言った。
「もちろんさ!ここで装備をしていくかい?」
ケントの言葉に、冒険者たちは一瞬ポカンとした表情を浮かべた。
「……ここで装備?ってどういうことだ??」
「あっ、いや、その……鞘に入れずにそのまま渡すかってことだよ!鞘に入れるよな!」
ケントは慌てて話を軌道修正し、笑ってごまかした。
――やばい、ついつい前の世界でプレイしたゲームの感覚が出ちまった。でもこんなん言っちゃうだろ。
「ちなみにさ、今日はなんで星屑の鍛冶屋で買ってくれたんだ?」
話を無理やり変えると、冒険者の一人が答えた。
「そりゃ質がいいからさ!他の鍛冶屋と比べて、クオリティ高いよな!」
「おぉ、ありがとう。ちなみにそれってどういうところが気に入ってくれているんだ?」
「なんと言っても耐久性と切れ味だよ。今人気のグランス鍛冶店ってデザインはいいし、軽いんだけど、その分強度が弱いんだ。だから割とすぐだめになっちゃうんだよな。」
別の冒険者も続けて言った。
「そうなんだよね。俺、この間、魔物の牙を剣で受け止める場面があったんだけどさ、グランスの剣だったら絶対折れてた。でもここの剣は傷一つつかなかったんだ。」
――なるほどな。この間、メイと話した機能性の部分に関しては優位性がありそうだ。
「じゃあ、グランス鍛冶店に負けてる部分はなんだろうな?」
「それは……正直、見た目かな。グランスの剣ってやっぱりかっこいいんだよ。冒険者仲間にも『あれ、いいね』って言われることが多いし。」
――見た目ね……やっぱりそこは強化ポイントか。
「ありがとう。参考になったよ。」
冒険者たちを見送りながら、ケントは理解が深まったことで更に自信を付けた。
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お店の営業が終わったあと、ケントとメイは食事をしながら話をしていた。
「ケント、次はどうする?」
「店内の整理整頓もいいけど、まずはいま分かっている情報の整理整頓をしようか。」
――うまいこと言ったな、と思いながらケントは紙に書いて話を進めた。
「星屑の鍛冶屋の課題は二つ。来訪数が少ないことと、販売単価に改善の余地があることだ。特にな、来訪数が少ないんだ。」
「そんな……二回も言わなくてもいいじゃない。私が一番わかってるわよ。」
メイは頬を膨らませて少しすねながら言った。
「ごめんごめん。でも常連さんが多いのは救いだな。商品の質の高さや、値段が安いことを気に入ってくれてるみたいだ。」
「そうなのよね。質を評価してくれるお客さんがいるのは嬉しいわ。」
「そうだ。ここが勝ち筋だ。逆に言うと、デザイン性に課題がある。質の高さは引き続き差別化を図りつつ、デザインを少し改善すれば多くの人にプロモーションがしやすくなる。」
「デザインか……。でも、私、そういうセンスが本当にないの……。」
メイは頭を抱え、ため息をついた。
「確かにメイが作った商品を見たけど……まあ、言わなくても分かるだろ?」
「こればっかりはなにも言い返せないわ……。服とかも流行りのものや高価なものの違いがわからなくてバカにされてたの。あんなのただの布じゃない。」
――前の世界でもどこかの堂本さんが言っていたな。
「ところでさ、話は変わるけど『星屑の鍛冶屋』って名前の由来はなんだ?」
ふとした疑問からケントが聞くと、メイは少し照れた様子で話し出した。
「昔、父は夜遅くまで鍛冶をしてたの。夜空を見ながら『星みたいに輝く武器を作りたい』って言ってた。それで、お店の名前を『星屑の鍛冶屋』にしたのよ。」
「なるほどな……素敵な話じゃないか。それに改めて思うと、すごくいい名前だ。」
ケントの頭に、あるアイデアが浮かんだ。
「メイ、君たちの商品に『流れ星のマーク』を入れるのはどうだ?」
「マーク?」
「そうだ。星をイメージしたデザインを商品に刻むんだ。それだけで『星屑の鍛冶屋』らしさが出るだろ?」
「確かに!でも……そんなマークで本当に注目されるかな?」
「心配ないさ。俺が前いた場所ではな、リンゴが欠けたマークがついてるだけで、めちゃくちゃ流行ってるんだぜ。」
「えっ、リンゴが欠けたマーク……?な、なんで……?」
「理由はわからん。でも、そのマークがついてる仕事道具を持ってるだけで、『こいつ、できるやつだ』って思われるんだよ。」
「できるやつ……リンゴが欠けてるだけなのに?」
メイは本当に不思議そうに笑い出した。
「そう言われると確かにな。でも、流れ星のマークをつけた商品を持ってるだけで、冒険者たちのステータスになるかもしれないだろ?」
「それなら試してみる価値はあるかも!」
「じゃあ、メイはマークのデザインを考えてくれ。俺はどうやってそれをプロモーションするか考えるよ。」
「うん、やってみる!」
――プロモーションの方法か。SNSは当然ウェブやテレビもない世界だ。しっかりと考えないとな。
冷めた料理を口に運びながら、ケントはまたひとり心の中で呟いた。
――俺にジョブズみたいな才能があればな……。でも今欲しいのはジョブズの才能よりも……電子レンジだ。
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