表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/27

剣聖

――その男は、空気を変えた。


漆黒の獣が低く唸る。

その音は、まるで己を奮い立たせるようなものだった。


「……面白い。」

男は静かに呟いた。


すらりとした長身。防具の上からでもわかる、鋼のように引き締まった身体。

無駄のない動作で、剣を構えている。


細身の刃だが、纏う気迫は鋼鉄を超える鋭さを持つ。


「いくぞ。」


その一言と同時に、漆黒の獣が閃光のように跳躍した。

それを、男はいとも簡単に見切った。

獣の怒りの咆哮が轟く。


「ふぅ……」

男は少し息を吐きながら、一歩踏み込む。


ドンッ!!


男の体が、霞のように揺らぎ、

次の瞬間、漆黒の獣の喉元へ剣先を突き出した。


漆黒の獣は、巨体を空中で捻った。


ガギィィン!!!


獣の牙に阻まれ、刃が弾かれた。


「ほお。なかなかやるじゃないか。じゃあこれは――」


男は微笑みながら、間髪入れずに二閃目を放つ。


漆黒の獣も負けじと、反撃に爪を振るう。

禍々しい殺意が、空気を引き裂く。


――剣と爪が交差する。


ギャリィィィン!!!!


赤い火花が飛び散る。


漆黒の獣は、巨体に合わず俊敏だ。

咆哮を響かせながら、疾風のように連撃を浴びせる。


爪、牙、跳躍、噛みつき――そのすべてが、一撃必殺の威力を持つ。

当たれば、ひとたまりもないだろう。

当たれば。


「おお。速い、速い。」


男は笑みを浮かべながら、それらをすべて見切る。

紙一重の距離でかわし、最小の動きで反撃する。

まるで、ダンスを踊っているようだ。


漆黒の獣が牙を剥く。

男はいとも簡単にかわし、背後を取った。


「悪いな、斬るぞ。」


言葉と共に、閃光が走る。


ズバァァッ!!


「ッッッ……!!グルァァァァ!!!」

漆黒の獣の背中が裂け、血が噴き出す。


「なるほど。こいつ、防御魔法(プロテクト)を使っているのか。並大抵の冒険者では太刀打ちできないはずだ。」


男は少し驚いた様子だが、冷静に分析しながら、間合いを測っている。


「それじゃあ――純粋な力で押すしかないな。」


男は深く息を吸い込んだ。


次の瞬間――


「剣技――破空閃(はくうせん)

彼の足元が爆発するように大地を砕き、一瞬で漆黒の獣の懐に踏み込む。


その剣閃は、風を裂くような速さだった。


「――ッ!!」

黒狼の腹部が裂け、血飛沫が舞う。


「終わりか?」


男は身構えながら、血の霧の向こうを睨む。


――だが。


「グルルル……ッ!!」


漆黒の獣は倒れていない。

男は手元の剣に目線を移した。

その刃の一部に、わずかな亀裂が入っていた。


――刃こぼれ。


「あー。朝の戦いで、消耗してたか。」


男は、苦笑した。

どうやら、この戦いの前にも激しい戦いがあったらしい。


「さて。どうするかな。」


漆黒の獣の傷は深いが、まだ戦えそうだ。

剣の消耗にも気づいていて、機会を窺っているようにも見える。


「賢いワンちゃんだ。」

男がそう呟いたときに、セシリアが恐る恐る近寄り、声をかけた。


「あの……!!よかったら、この剣を使ってください……!!」


セシリアが剣を差し出した。

それは、彼女が持っていた星屑の鍛冶屋の剣だ。


――流れるような曲線美を持ち、研ぎ澄まされた刃。


男は、それを一瞥すると、口元に笑みを浮かべた。


「おいおい。めちゃめちゃいい剣じゃないか。」


彼は迷いなく、セシリアの剣を受け取る。


そして、ゆっくりと腰を落とした。


「お嬢さん、ありがたくお借りするよ。じゃあ、危ないから下がっておいてもらえるか。」


漆黒の獣が、最後の一撃を放つべく、全身の闇の魔力を解き放つ。

――空気が震える。


「結構楽しかったよ。でも、もうそろそろ終わりにしよう。」

男が静かに囁く。


次の瞬間――


空間が裂けるような一閃が放たれた。


「――剣技、天絶一閃(てんぜついっせん)。」


一瞬、時が止まったかのように感じた。


次の瞬間、斬撃の余波が大気を裂き、周囲の木々が根元から弾け飛ぶ。


ズバァァァァッ!!!!


漆黒の獣の首が、宙を舞う。

闇に染まった獣の巨体が、一拍遅れて崩れ落ちた。

刃は、漆黒の獣の防御魔法(プロテクト)すら貫き、一刀両断した。


「ふぅ。刃こぼれしたときは少し焦った。」


男は、ゆっくりと息を吐いた。


そして、セシリアに近づき、星屑の鍛冶屋の剣を丁寧に返した。


「お嬢さんだけでも無事で良かった。それにしても、これほどの剣を作れる職人がいるとはね。これは――どこの鍛冶屋の剣だ?」


セシリアは、震えながら答えた。


「……えっと。星屑の鍛冶屋の、剣です。」


男は、その言葉を聞くと、満足げに頷いた。


「ふむ。聞いたことない名前だ。覚えておくよ。」


そう言うと、彼はゆっくりと後ろを振り返った。

そして、エリザと近衛騎士団たちの亡骸に歩み寄った。


「お嬢さん。辛いかもしれないが、彼女、彼らたちを埋葬してあげよう。このままだと、亡骸が魔物に弄ばれてしまう。」


その言葉で、セシリアはいまの状況をようやく冷静に振り返ることができた。

エリザの裏切り、そしてエリザや近衛騎士団たちの死。

この悪夢を引き起こした黒幕が、実の弟――リヒト・キアーノ。


止まっていた涙が溢れ出してきた。

男は、セシリアを優しく抱きしめながら「大丈夫だ。」と囁いた。



―――――――――――――――――――――――――


埋葬が終わって、セシリアは改めて男と向き合った。


「本当に助けてくれて、ありがとうございます。あなたは命の恩人です。えーっと。」


「ああ。自己紹介がまだだったな。俺の名は――レオン・ヴェルフォード。」


すっかり日が落ちた静寂の中で、その名が響いた。

その名は、世界に名を轟かせる剣聖の名だった。

【読者の皆様へ】


数ある作品の中から、本作を読んでいただき、ありがとうございます!


皆様からの応援や評価が、執筆を続けるエネルギーとなっています!


これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、応援よろしくお願いいたします!



少しでも「面白い」「続きを読んであげてもいい」と思っていただけた方は、ぜひ『ブックマーク』や広告下の評価を設定していただけると、大変励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ