魔物が巣食う森
グランス鍛冶店の騒動があった頃。
公爵家の令嬢であり、星屑の鍛冶屋の武器を携えたセシリア・キアーノは魔物討伐クエストへと向かっていた。
目的の場所は魔物が巣食う森|。
ねじれた黒木が天を覆い尽くし、
魔物の咆哮が常に響く、闇と恐怖に満ちた森。
「今回の討伐対象は、銀狼|の群れね。」
セシリアは、近衛騎士団に囲まれながら前線へ進んでいた。
その横に寄り添うように歩くのは、幼馴染であり親友のエリザ・フォーン。
「セシリア。今日は一緒に来てくれて、ありがとう。」
エリザは微笑みながらも、どこか不安げだった。
「銀狼|の群れ相手だと、いつものパーティーだと少し不安で……。」
「全然よ。エリザと一緒に魔物討伐なんて初めてで楽しみ。」
セシリアが優しく微笑むと、エリザは一瞬だけ表情を曇らせた。
何か言おうとする――だが、その唇は結局閉ざされる。
――その時、戦闘の火蓋が切られた。
「来たぞ!」
先頭の騎士が叫ぶや否や、銀色の影が森の闇を裂くように飛び出した。
銀狼|は俊敏な動きで前線を翻弄し、騎士たちは即座に盾を構える。
「配置につけ!陣形を崩すな!」
セシリアの指示が響き渡る。
しかし――
「おかしい……!」
騎士の一人が低く呟いた。
銀狼|は通常、集団戦を得意とする。
それぞれが連携しながら獲物を追い詰めるはず。
だが、目の前の狼たちは――
単独行動をとり、異様なほど攻撃的だった。
「これは……強化されている??」
狼たちの体は異常なまでに膨れ上がり、毛並みには赤黒い模様が浮かんでいる。
闇の魔力を帯びたような気配――それがただの銀狼|ではないことを示していた。
その時だった。
「セシリア……ごめん。」
エリザが震える声で呟いた。
「え?」
セシリアが驚いて振り向くと――
「テイム――開始!」
エリザの杖が閃いた。
親友の裏切り
銀狼たちの瞳に、一斉に魔力の光が宿る。
「なっ……!!」
セシリアの背筋が凍る。
まるで、エリザの指示を待っているかのように、狼たちは動きを止めたのだ。
「エリザ……!? 何をしているの?」
「……ごめんなさい、セシリア。」
エリザは震える唇を噛み締めながらも、杖を強く握りしめる。
「セシリア――あなたを殺す。」
「エリザ……!? どういうこと……!!」
「ごめんなさい……。私は……リヒト様に頼まれたの……あなたが……あなたが死ねば、彼が正式な後継者になれる……。」
エリザの声は震えていた。
セシリアの血が凍る。
――リヒトが?
リヒト・キアーノ――セシリアの弟。
公爵家の跡取りとして期待されるのは、弟といえど、本来ならば男であるリヒトになる。
ただ、セシリアは頭脳明晰、人柄も申し分ない。公爵家として異例ではあるが、セシリアに爵位が移ることになっていた。
しかし、彼はその決定にどうしても納得ができていないかったのだろう。
「リヒトが……? でも、エリザが……どうして……?」
「私は……ずっと、リヒト様が好きだった。この計画が達成されたら、私はリヒト様の婚約者になれるの。だから……!」
エリザの声が苦しそうに歪む。
「私は……あなたを……あなたを殺さなきゃならないの!!」
彼女の杖が振るわれる。
その一振りで、銀狼|の群れは完全に支配され――るはずだった。
しかし――。
テイムの暴走
「……!? 何!? どうして……!!?」
エリザの目が見開かれる。
銀狼|の瞳に灯った魔法の光が、一瞬で弾かれた。
「ギャウゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!」
――轟音。
銀狼|の一匹が異形の姿へと変貌する。
その身体は膨れ上がり、銀色だった毛並みは漆黒に染まった。
「これは……!?」
エリザが怯えたように後ずさる。
「……テイムの、失敗……?」
「違う……!!」
セシリアが叫ぶ。
「エリザ……! これは……最初から仕組まれていたのよ!!」
エリザの顔が青ざめる。
「嘘…嘘よ…!!」
「リヒトは、最初からこうするつもりだったんだわ。」
――セシリアだけではなく、エリザすらも亡き者にするつもりだった。
「逃げて――!!!」
だが、その声が届く前に。
エリザの身体が宙を舞った。
「……え?」
エリザは、一瞬、何が起こったのか分からなかった。
だが、次の瞬間――
ドシャッ!!
彼女の身体は、地面に叩きつけられた。
「エリザ!!!」
セシリアが駆け寄る。
だが――
エリザの身体は、既に動かない。
――助からない。
セシリアは直感的に理解をした。
「そんな……そんなの……!」
セシリアは震える手で、エリザの頬に触れる。
「セシリア……ごめんね……。」
最後に、小さくそう呟き――エリザの呼吸が止まった。
セシリアは声にならない声を叫び、瞳から大粒の涙が溢れた。
ただ、感傷に浸っている余裕はなかった。
これは、ただの魔物討伐ではない。
これは――殺戮の檻だ。
絶望の中で、黒狼の影が、セシリアを喰らわんと迫っていた――。
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