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街の鍛冶屋の看板娘

背中を冷たい感触が刺す。目を開けると、灰色の空が広がり、周囲には古びた木造の建物が立ち並んでいる。金属がぶつかり合う音、人々の話し声がざわめきのように耳に入る。


福田賢人はぼんやりとその景色を眺めた。


「……ここは?」


呟きながら体を起こそうとした瞬間、全身に鈍い痛みが走った。頭は重く、喉はカラカラに渇いている。なんとか上半身を起こすと、上から声が降ってきた。


「……大丈夫?」


見上げると、一人の若い女性が心配そうに覗き込んでいた。ポニーテールの茶髪、煤けたエプロン、透き通るような茶色の瞳が印象的だった。


「動ける?」


彼女はそっと手を差し伸べてきた。その優しさに、賢人は少し戸惑いながらも手を伸ばし、彼女に体を支えられながら立ち上がった。


――日本語……?勝手に変換されてんのか……?何はともあれ、言葉が通じるのは助かる。


「ありがとう……君は?」


「私はメイ。この城下町で鍛冶屋をやってるの。」


メイはそう言いながら、賢人の肩を支えて歩き出した。


「助けてくれてありがとう。俺は……えーと、ケントっていう。」


一瞬、フルネームを名乗るべきか迷ったが、異世界という状況を考えると苗字があるのかすらわからない。とっさに「ケント」と名乗ることにした。


「ケント……変わった名前ね。でも、いい名前ね。」


メイは少し笑顔を浮かべた。それが妙に印象的で、福田賢人――いや、ケントは、つい目を逸らしてしまった。



メイに連れられて入ったのは、小さな鍛冶屋だった。看板には「星屑の鍛冶屋」と書かれている。

石造りの壁と木の梁がむき出しの造り。並べられた剣や農具、壁にかけられた金槌やトングが視界に飛び込む。


「えっと、ここは?」


「私の家兼、工房よ。倒れてたあなたを連れてくるのが精一杯だったから、とりあえずここで休んでいって。」


メイはそう言うと、椅子を差し出した。


「すまない……助けてもらったうえに世話になるなんて。」


「気にしないで。それに、あなたのこと放っておけなかったし。」


メイは微笑みながら炉に火をくべる。その仕草は慣れているようだが、どこか疲れが見える。


ケントは椅子に腰を下ろしながら、工房を見渡した。

壁際の棚には商品と思われる剣や農具が雑然と並び、埃をかぶっているものも少なくない。


その時、不意にケントのお腹が鳴った。


「ぐぅぅ……。」


二人の間に、一瞬の静寂が訪れる。


「……ごめん、こんだけ世話になっていて申し訳ないんだけど……なんか食べ物とかある?」


ケントは頭を掻きながら笑った。

自分の腹の虫がこのタイミングで音を立てるのも妙にタイミングが良すぎると思ったが、空腹には勝てない。


メイは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに声を上げて笑った。


「……いいわよ。ちょうど昨日のスープが残ってるはずだから、それでいい?」


「助かる!もう頭が回らなくなりそうで。」


そのやり取りに、緊張感が少しだけ解けた気がした。


スープを準備してくれながらメイが話し始めた。


「でも、本当に助かったわね。マルクスの街で倒れてたなんて……普通の人ならそのまま衛兵に引き渡されてたと思うよ。」


「それは……運が良かったってことか。」


ケントはスープを啜りながら答えた。それは素朴な味だったが、どこか懐かしい感じがする。


ケントは、ずっと気になったいたことを申し訳なさそうに聞いた。


「ところで、メイの店って……最近どうなんだ?その……経営とか?」


「最近?正直に言うと、良くないの。」


メイの話を聞いていくうちに、彼女の工房が経営難に陥っている理由が見えてきた。

母親はメイが小さい頃に亡くなっていること。男で一つでメイを育てながら、鍛冶屋としての能力の高かった父親も少し前に亡くなったこと。


その後、少しずつ客足が遠のき、競合する鍛冶屋に奪われた。新しい技術や目を引く商品もなく、時代遅れのやり方で作業を続けている――簡単に言うとそんな状況だった。


「そうか。大変だな。もしよければなんだけどさ、君の店の売上推移とか見せてもらえないか?」


「売上……?」


メイは少し考え込むような顔をしてから、答えた。


「うーん、よく分からないけど……この間の収入は三日で銀貨一枚くらいだったかな?」


「……あ、ごめん。聞き方が悪かった。売れた商品の数とか記録してないのか?」


「記録?そんなの取ったことないわよ。」


あっけらかんと言うメイに、ケントは目を丸くして言った。


「……マジかよ。まさかこの世界、売上の管理とかそういう概念がないのか?」


「この世界……?よくわからないけど、うちだけじゃなくて、普通そうなのじゃない?」


そう答えるメイの顔は本気だった。


「――参ったな。」


苦笑するしかないケント。だが、同時に妙なやりがいや使命感を感じていた。


「素人目に見てもいいものを作ってるのは分かるんだけど……きっと、それだけじゃ厳しいんだろうな。」


「ん?どういうこと?」


メイが不思議そうに首を傾げる。


「いや、俺もこの世界のことは全然知らないけどさ。売り方とかお客さんの目を引く方法を考えたら、もう少し変わるんじゃないかなって。」


ケントは壁際にかけられた剣を手に取り、埃を払いながら軽く振ってみせた。


「……なあ、もし迷惑じゃなければ俺に少し手伝わせてもらえないか?」


「……手伝うって、どういうこと?」


「簡単な話さ。君の店がもっとお客さんに来てもらえるように、俺がやれることをやってみたいだけだよ。」


メイはじっとケントを見つめた後、不安げに尋ねた。


「……でも、あなたの予定は大丈夫なの?何か目的があってここにいるんじゃないの?」


「目的か……正直、自分でも分からないんだよね。だからこそ、こうして目の前にあることを全力でやってみたいってだけさ。」


ケントは柔らかい笑みを浮かべながら答えた。その言葉に、メイは少しだけ驚いたように目を見開いたが、やがて小さく頷いた。


「……分かった。正直、今のままじゃ何も変わらないし……じゃあ、少しだけお願いするわ。」


「ありがとう。じゃあ、まずは君の店をよく見て考えよう。ただその前にさ……スープのお代わりもらえる?」


メイは先ほどよりも大きく目を見開いて、そして少し経ってから声を出して笑った。


――――――――――――――――――――

こうしてケントは、異世界での最初の挑戦を決意する。「星屑の鍛冶屋」再建の第一歩を踏み出す二人。その道には、予想もしない困難と、新たな出会いが待ち受けていた――。



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