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「天使も歩けば阿呆に当たる」1

 木之(この)()千秋(ちあき)は美少女である。彼女の愛苦しい容姿に惑わされ、あわよくばお付き合いをと近づいた野郎共は(ことごと)く返り討ちに遭った。失恋の傷を抱えながら布団に寝込み、天井を見て落涙する哀れなる男を量産しては、「高嶺の花」としての地位を確固たるものにしていく。最早彼女の男市場に於ける価値は青天井であり、彼女を手中に収める男は誰であるか、食堂の食券を用いて賭けをする輩まで現れ出した始末である。

 彼女は同時に芸術家であった。芸術学部芸術学科というだけあって、彼女の芸術的才能には瞠目を禁じ得ない。文化祭にて彼女の絵画が展示されたならば、そこには野郎の行列が出来上がる。確かに彼らの目的は間違いなく絵画ではあるのだが、しかしそれが芸術的感性によるものかと言われたならば疑わしい。大半は桃色的衝動によるものであろう。何を隠そう、彼女の描く絵画というのは、彼女自身のヌード画なのだ。そんなものを展示したら最後、阿呆野郎がさながら餌を与えられた池の鯉の如く、阿呆面を晒しながら群がってくるに決まっている。「これは素晴らしい」「なるほど、今回は趣向を変えてきましたな」「うむ、実に見事である」とご立派なご高説を口から垂れつつ、しかし鼻からは怒濤の勢いで憤血する。当然乙女たちは彼ら阿呆野郎を例外なく軽蔑し、中には即刻展示の撤廃を求めるよう執行部に掛け合う者もいるのだが、執行部も執行部で鼻の下を伸ばしているので、のらりくらりと詭弁によって躱され有耶無耶になるのがオチだと聞く。これを聞いたときはいよいよ末期的だと思った。人間社会の政治腐敗はこうして進行するのだろう。

 類い希なる愛苦しい美貌と、目を(みは)る芸術的感性を併せ持つ彼女についたあだ名は「禁断の果実」であった。誰も食べてはならない果実。誰も汚してはならぬ神秘。このあだ名にはきっと、男達の暗黙の了解が潜んでいる。「誰も食べるなよ」という互いに互いを牽制する意図がある。或いは、集団安全保障であろうか。彼女を台風の目として構成される男共の醜き勢力図の複雑さは、最早世界政治の域に達していた。誰かが彼女を手に入れたなどという事があったら最後、きっとこの美しき群青色の空は灰色に染まる。

 しかし、文化祭の日だけは、冷戦によるそのピンと張り詰めるような緊張の糸もほぐれる。何せ前述の通り、この日は阿呆野郎による阿呆野郎のための首脳会談が開催されるのであるから。というよりも、無能会談である。

 今年もやります、無能会談。

 が、どうも様子がおかしい。例年賑わうはずの無能会談は、今年に限って何故か奇妙なる沈黙に包まれていた。最早彼女のヌード画は、変態野郎の薄汚れた桃色の感性すら圧倒する、さながらモナ・リザの如き、ある種の芸術的極地に到達したのかと思われたが、どうも違うらしい。

 彼女の絵画を鑑賞する紳士の顔は、皆一様に曇っていた。何故か。それが己の欲望を満たした人間のする顔か。乙女の裸体を鑑賞するのは百歩譲って許すにしても、それ相応の態度というものがあろう。人の身体を見て顔を曇らせるなんて、いやはや何たる失礼。

 ボクは出自不明の正義感に駆られたが、しかしいざ件の絵画をこの目で鑑賞してみると、なるほど、こうなるのも頷けるというものであった。

 木之実千秋の描いた彼女自身のヌード画――その全身に、見るに堪えぬ生傷が数多刻まれていたのである。

 この物語は、この謎をボクが探偵的に解き明かすというものであるが、しかしその前提として、当時のボクの文化祭に於ける立ち位置と、文化祭にて勃発した数々の阿呆な事件の中でも際だって阿呆である、三大阿呆事件について語らねばならぬ。


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