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「天使の正体見たり白ポンチョ」5

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。天使の正体見たりソメイヨシノ。

 ボクが翼を見られたのは春のことある。キャンパスには桜が咲き乱れ、もはや何処かに死体を埋めてもきっと桜の花弁がそれを覆い隠してしまうだろうと思わせられる程の、桜の花弁の洪水であった。

 逢魔ヶ時であった。斜陽が差し込み、桜の木が淡く光る。黄金の小麦畑を思わせる白金色の髪を靡かせながら、可憐なる少女は屋上にてぼーっと黄昏れていた。そこに誰かがやって来る。その誰かはこの光景についてこう述べた。「桜の木の枝が彼女に重なって、それが翼に見えて、その姿はまるで天使であった」と。

 ――というのは、当然ながら嘘である。

 ここまで述べたことは大方嘘である。キャンパスにはそこまで桜が咲き乱れないし、五号館の屋上に斜陽は差し込まぬ。桜の木が上手く背中に重なるアングルというのも存在しないだろう。正確なのは時季と、ボクに関する描写のみである。

 しかし嘘であったとしても、そういうことにしてしまうことは可能である。

 人の記憶は杜撰である。ありもしないことをあたかもそうであったかのように述べられると、何だかそうであったような気がしてくるものだ。過誤記憶。虚偽記憶。偽記憶症候群。これを表す言葉は、それぞれ若干ニュアンスに差異があれども、幾らでも存在する。

 つまるところ、ボクが行った謀反というのは、一種の催眠療法であった。ただし、夏彦にこれをしたところで、余り効果は期待出来ないだろう。彼は偏屈で頑固で、おおよそ全ての常識が通用せぬ奇人である。だから、より現実味を持たせる必要があった。

 明かしてしまえば、単純な手口である。

 捜索活動の日にボクは白ポンチョを着ていった。機を見計らって、離席の旨を伝える。お手洗いへ行く振りをして、近くにあったビルの屋上へと駆け上がる。そこで両翼をあの日と同じように広げる。羽根が下にいる連中へと舞い落ちる。連中は当然、その羽根が何処から落ちてきたのかと見上げる。

 さぁ、そこに立っていたのは何であったか。それは連中が求めて止まないものであったはずだ。この時、斜陽による逆光で細部は見えなかっただろうが、しかしその神秘的なシルエットははっきり認識できたに違いない。翼の生えた少女。つまるところ天使である。

 しかし安心したまえよ、読者諸氏。同じ轍を踏むボクでは無い。これも作戦の一環である。そのための白ポンチョだ。

 最早エレベーターを使うことすら億劫だったのだろう。連中が屋上へと顔を出した時には、彼らの息は既に絶え絶えであった。心の底から湯水のように湧き上がる情熱に身を任せ、ペース配分やらを全く考えないままに、階段を我武者羅に駆け上がったに違いない。

 その果てに、彼らは何を見たか。天使か。夢にまで見た天使であったか。

 否。

 そこで彼らが見たのは、沈み行く夕陽へ向けて、白ポンチョをバンザイする、やたら顔の良い阿呆の姿であった。

 目には目を。歯には歯を。阿呆には阿呆を。

 連中の好奇心はたちどころに、タイタニックのように沈没した。


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