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「天使の正体見たり白ポンチョ」2

 天使の翼を人間に見られてしまうというのは、公然猥褻にも等しい恥である。それをやらかしたのがボクであった。天界の主にはこっぴどく叱られ、ボクはカフェでオレンジジュースをちゅうちゅう吸いながら大いに膨れた。可愛い子ぶって「しょうがないじゃん! 羽休めしたかったんですっ!」と抗議したが、火に油であった。

 事の経緯を述べる。ボクは辟易としていた。やってもやっても一向に減らないレポート課題の山。迫り来る小テスト。買わせるだけ買わせて、全く使わない教材。意味不明の問いが羅列された期末試験。最低賃金から昇給の気配を全く見せないバイト。バスを待つ長蛇の列。明らかにキャンパスの許容量を超過している人口密度。飽和する食堂。それを良いことに、割高で昼食を提供するキッチンカー。

 何故天使であるボクが、斯くも人の業を煮詰めたようなキャンパスライフに身を置かねばならぬのか。責任者は何処か。責任の所在を可及的速やかに明らかにすべきである。

 嫌気が蓄積し、遂に自暴自棄になったボクは、五号館の屋上で普段は仕舞っている翼を広げた後、逢魔ヶ時の空へ「あほおおおおおおおお!!」と叫んだのであるが、しかしこれがまずかった。変に人のいない時間帯を選んだのが仇となって、ボクの魂の叫びは想像以上に響いてしまい、下階にいた生徒の一人が様子を見に来たのである。

 顔は辛うじて見られずに済んだが、翼の生えた少女という妙ちくりんな姿はしっかり視界に収まったのであろう。恐らく彼若しくは彼女を発端として、噂は学部の垣根を越えて瞬く間に広まり、大学構内に「WANTED ANGEL」の張り紙が張り出されるに至った。ボクの首には多大なる懸賞金が掛けられたのである。唯一の救いは、大抵の人間がこれを冗談半分に受け取っていたことである。

 が、八割がそうであったとしても、残った二割のド阿呆はこれを真に受けた。そのうちの一人が、哲学科の傑物こと妖部夏彦である。心霊の類いを飽き足らず捜している彼が、この噂に飛び付かないはずが無かった。

 ボクと彼は不本意ながら顔見知りであった。出逢ったのは「無人島の地理A」というシラバスの深淵に存在する謎の講義である。楽単でもなく、内容が面白い訳でも無く、追い打ちに通年科目であるから、学生からは「青春の墓場」と蔑まれる講義である。誰も履修せず、また塵芥のような内容であることから「無人の塵」とも呼ばれる。人気講義の抽選の悉くに敗れた者しかいないというのが専らの噂であったが、しかし夏彦のみは例外であった。殆どの講義に出席しない彼であるけれど、何故かこの講義だけは皆勤賞であった。意味が解らぬ。

 基本的に彼は人と交わることを好しとせず、無意味に群れる人間を「仲良しごっこ」と評して軽蔑する類いの人間であったが、しかしそれでも必要最低限の人間関係は築くようで、ボクは不幸なことにその輪へと組み込まれたのであった。彼はボクを気に入ったようだが、ボクは彼が嫌いである。

ただし、ご飯に誘われたならば――それも彼の奢りと言うのであれば、話は変わってくる。当時のボクは意気消沈していたから、酒池肉林の限りを尽くして気晴らしをしたかったのである。タダ飯を食らわないというのは、実質的な経済的損失に等しい。閑古鳥も鳴く財布を握りしめて、ボクは居酒屋へと赴いた。

 最初は他愛も無い、不毛な雑談に興じた。雑談とは言うが、実態としては彼の一方的な哲学的演説であった。適当に相槌を打ちつつ、上手く話を右から左へと聞き流す。話を聞いているフリをして、ひたすらお酒を飲む。ボクの頭はアルコールに侵食され、枝豆を貪り食うことしか考えられなくなる。枝豆を食えば塩分で喉が渇き、更にお酒を求める。五臓六腑にアルコールが染み渡る。最高である。よいではないか、よいではないか。

「――ところで、いばら君」

 いばら君? 誰のことだそれは。いや、ボクのことか。そういえばボクは、人間に扮するにあたって、「(あい)(ばる)いばら」という偽名を用いているのだった。夏彦は人を君付けで呼ぶから、尚更解りづらい。

 と、半ば酩酊した頭で辛うじて理解し、「なんですか」と訊ねた。

 が、次に夏彦が切り出した言葉によって、ボクの頭に掛かった霞は一瞬にして晴らされた。そもそも彼が、何の意味も無く、誰かをご飯に誘うはずが無いのである。

「君も一緒に天使を捜さないか?」



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