8話・求人情報はしっかり確認しましょう
カーミラが留守にして二日目、あれだけ大丈夫だと言っていたネロ達であったが早速ダンジョンの入り口には《本日臨時休業》の立て札がでかでかと置かれていた。
通常ならとっくにダンジョンを開け、世話しなく冒険者の対応をしているはずのネロとゾンビ達はマスタールームで静まり返っていた。
「あー、昨日はマジで死んだと思った」
「ウガァ(実際二十秒くらいは死んでましたよ。保管庫に雷魔法の杖が無かったら、マスターも我々の仲間入りでしたからね)」
「…マジかよ」
昨日、魔力ポーションによる魔力の大量摂取と過剰消費を繰り返した結果、ネロはショック症状を引き起こし心停止までしたのだ。
何とか保管庫にあった雷魔法の杖で電気ショックを与えることで蘇生に成功したが一歩間違えば大惨事になることは間違いなかったであろう。
「ウガウ(それに今週はもうドラゴンゾンビさんは来てくれないそうですよ)」
「あー、契約した時に一週間に二時間までって上限を決めてたからな。すっかり忘れてたよ」
「ウガガ(どうしましょうか、我々ではボスの代わりなんて到底務まりませんし)」
ドラゴンゾンビは強力だがゾンビ達のような使い魔ではなく召還獣として契約しているため魔力を対価にする以外にも細かな条件が定められている。
召還に応じる上限時間が設定されていたり、天候や土地によっては召還出来なかったりと、こういった要項は魔法使いと召還獣が一番最初に決めることである。
「大丈夫だ、昨日の夜にダンジョン連盟に求人を募集しといたからな今日の夕方には何人か面接に来る予定だ」
「ウガガ(おぉ、いつの間にそんな事を)」
「今日の午前中に人員を補充したかったんだが、流石に間に合わなかったから休みにしたんだ」
「ウガ(そうだったんですね、ちなみにどんな求人を出したんですか?)」
「えーと、確か求人票のコピーがここらに、あぁ、あった」
ネロは引き出しから求人票を取り出すとゾンビ達に手渡す。
【臨時・短期間ダンジョンボス募集】
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スキルを磨けます!
学歴不問、資格不問です、短期間でがっつり稼ぎたいあなた!我がダンジョンはやる気のある人材を求めています。是非ともあなたの力をダンジョンボスとして奮ってみませんか!
◆ 残業時間――業務により変動
期間――一週間程度
「ウガガ(え、これって…)」
「ウガァ(何々、うわぁ…)」
求人票の内容を見た瞬間ゾンビ達があからさまに眉をしかめる。
そして彼等の疑問はこの求人票の作成者であるネロヘと向かう。
「ウガウゥ(あのマスター?本当にこの内容で募集したので?)」
「勿論だ、短期間とはいえダンジョンボスはダンジョンの顔だからな。しっかりやる気のある魔物じゃないと困るだろう」
どうやら本気で言ってる様だと気づいたゾンビ達がザワザワとし始めた頃、ダンジョンのスタッフ通用口のドアのベルが鳴った。
「お、丁度来たみたいだな。取り敢えず皆は机と椅子の移動、あとお茶の用意も頼むぞ」
ネロはモニター水晶で来客を確認するとゾンビ達にさっさと指示を出して来客を出迎えに行ったのだった。
「ウガウ(この求人で本当に来たよ…)」
ゾンビ達はこの具体的な内容が一切不明な怪しさ満点の求人で応募してきた人選に若干の不安を感じつつも部屋の準備を進めた。
◇
「はい、本日は当ダンジョンに応募して下さりありがとうございます。それでは最初に面接をさせていただきます」
即席の面接会場としてセッティングされたマスタールームではネロと二体のゾンビが席につき、応募してきた魔物を見渡している。
「ウガウ(それでは左端の方から簡単な自己紹介と志望理由をお願いします)」
「は、はい!ハーピーのニキシーと申します。お、応募理由は幼い弟や妹達を養うために働かないといけなくて…」
一人目はハーピーの女性だ。年は十代後半位だろうか、少しおどおどしている所が気になるがダンジョンボスとして働いていればすぐに改善されるだろう。
現在のダンジョンにはいない飛行能力持ちである。
「ウガウ(なるほど、では次の方)」
「うむ、ワシはキョンシーの鈴々と申す。以前もアンデッド系のダンジョンで働いていたのじゃがそこのダンジョンマスターが引退しての、ワシもお役後免となったのじゃ」
二人目も女性、種族はキョンシーだ。異国の死霊術師が創るアンデッドで高い知能と怪力、個体によっては魔法を使う者もいるらしい。
欠点としては間接の一部が固定されているため吸血鬼のような滑らかで素早い動きが苦手な事くらいだろうか。
「ウガァ(おぉ、アンデッドでダンジョンの勤務経験ありですか。では最後の方どうぞ)」
「ウィース、俺っちはサティマって言うんでよろー。脂肪理由?とかは、なんか美人の吸血鬼がいるって聞いたんで良いかなーって思ったっす」
三人目は唯一の男性だ、長い耳に黒というか灰色に近い肌、銀色の髪から察するにダークエルフだろう。混沌の神の加護を得て、エルフから枝分かれした種族で魔物に分類されている。
魔力が高く闇や呪いなどの魔法に長けている、ちなみに長命種であるため博識な者も多いのが特徴だ。
「ウガァ(はい、皆さんありがとうございました。それでは次にダンジョンボスとしての技能試験を受けて貰います)」
「え、あの、ぎっ技能試験ってどんな事を…」
不安そうにハーピーのニキシーが恐る恐る聞いてくる。
「簡単な戦闘試験です。ダンジョンのボスたるものそこら辺の冒険者に簡単に負けるようでは困りますので」
ネロの言う通り、これはダンジョンボスの採用試験であるため戦闘力という項目は絶対に外すことができない試験内容だ。
特にただのモンスターでなくダンジョンボスは頭ひとつ飛び抜けた実力が必要だ。
「しょ、しょんな私戦闘なんて…ピィ」
「ウガァ(では皆さんボスの間に移動してください)」
ガクブルと震えるニキシーと他の二名はゾンビ達に案内されボスの間へと向かった。
「ではこれから数体のゾンビが襲いかかりますので魔法でも物理攻撃でも構いません。応戦してください」
ネロがそう言うと待機していたゾンビ達は準備万端と言いたげに唸り声を口から溢す。
そのアンデッド特有の不気味な雰囲気にニキシーが硬直して涙目になっている。
「誰からいきますか?」
「ふむ、では妾からやらせて貰おうかの。鳥のお嬢ちゃんはちょっと休んでいなされ」
「では鈴々さんからで」
涙目のニキシーを見るに見かねてキョンシーの鈴々が一番手を買ってでたようだ。
ネロの合図でゾンビ軍団が鈴々に襲いかかる、動きは鈍いがゾンビ得意の物量で押す戦法である。
鈴々はピョンピョンと跳ねるような独特の動きでそれを回避しすれ違い様に手刀で数体のゾンビの首を綺麗に飛ばす。
それを見て警戒し始めたゾンビ達の一瞬の隙をついて、今度は距離を瞬く間に縮める。手刀一閃、残りのゾンビの首も一息で切り落とした。
「おー、見事です。さすがダンジョンでの戦闘に馴れていますね。では次はニキシーさんお願いします」
「ピャイ!!?」
初戦でレベルの高い戦闘を見せつけられて更に心が折れかかっているようだ。
ニキシーを気遣って初戦を選んだ鈴々だったが逆効果になってしまったようだ。
「それではいきますよ、よーい開始」
「ウガァァア!!」
「ピィィイイ!!?」
ゾンビの雄叫びに怯えて涙目になってしまうニキシー。ネロが可哀想に思い試験を中止しようかと考えていると。
「ウガガッ!?」
ゾンビの一体が吹き飛んだ、ゾンビ達もネロも何が起きたのか分からず吹き飛ばされたゾンビが元いた位置に目を向けるとニキシーがお辞儀をするような姿勢で立っている。
「ウガウァ!?(な、何ですか今のは!?)」
「あ、あの私ダチョウ系のハーピーで、飛べない代わりに、あ、足が速いんです」
ゾンビが吹き飛ばされた原因は至極単純、頭突きだ。ニキシーがただ頭を前に突きだして全力で走ってきたのである。
飛行能力を捨てて走ることに特化した驚愕の脚力でゾンビを吹き飛ばしたのだ。
「ウガウ(そんなのありですか…)」
そこからは一方的だった、ゾンビが逃げニキシーがミサイルのように追いかけ吹き飛ばす。見かねたネロがストップをかけて漸く終了したのだ。
「ニキシーさんありがとうございました。最後にサティマさんお願いします」
「ウィース」
実はネロはこの中ではダークエルフのサティマに目を付けていた。
それは魔法使いとしてサティマの持っている魔力の大きさを感じ取れた事もあるし、何より魔法に長けたダークエルフが加わることでダンジョンの戦略性が一段階も二段階も向上すると考えたからだ。
ネロの合図で前の二戦と同じようにサティマに襲いかかるゾンビ軍団。
ダークエルフの魔法使いといえば破壊と混沌の魔法を操る攻撃魔法の使い手が多いこともあり、どれ程レベルの高い戦闘を見せてくれるのだろうかと期待したのだが…
「あ、俺っち棄権しまーす」
「はいっ?」
「いや、俺っちって魔法って簡単な幻惑と音魔法しか使えないんすよね。戦闘とかマジ無理なんで」
ヘラヘラと答えるサティマに唖然とするネロ。
「そうですか、音と幻ですかちなみにどのように使う魔法で?」
戦闘で役に立たなくても幻惑系統の魔法は汎用性が高いものが多いこともある。
念のためネロが質問するとサティマは実際に軽く詠唱を行い魔法を発動してみせる。
「えーと、こんな感じっすね」
サティマがモデルのようなポージングをとる度に背後には幻で作られた大輪の花や意味不明なキラキラと光る星などの背景効果が次々と現れる。
それに合わせて何処からともなく時にロマンチックに時に情熱的な音楽も流れ雰囲気を作り出す。
「どっすか、俺っちの至高の舞台は?幻惑魔法と音魔法の融合魔法っす。意外と難しいんすよ」
そう言っている間にも背景は華や閃光、スポットライトの照明など目まぐるしくポージングと共に変化していく。
二つの魔法の融合技、異なる魔法を同時発動しコントロールすることがいかに高等な技術かネロにはしっかり理解できた。だからこそ彼はサティマへと告げたのだ。
「とりあえず失格で」
「えー!なんでっすか、それに俺っちまだ吸血鬼ちゃんに会ってないんすけど!」
「そんな阿保丸出しの魔法でダンジョンボスが勤まるか!そもそも薄暗いアンデッドダンジョンでお前一人だけ輝いてるんだよ!」
「え、あざーす」
「違う!物理的に輝いてるんだよ!」
至高の舞台が発する光でボスの間はいつも以上に明るく照らされている。それと同時に発生源であるサティマも背後からの謎の光で発光している。
「すごいっしょ」
「…出口まで案内してやれ」
「ウガ(了解しました)」
「えっ!?ちょ、ストップストップ!」
ゾンビ達がサティマを手早く拘束して担いで出口の方へと消えていった。
「えー、それでは次の試験に移りましょうか」
カーミラ帰宅まで残り五日