7話・ボス不在中アンデッドダンジョン
アンデッドダンジョンの奥底にある簡素な造りの部屋。あるのは部屋の中央の棺桶と乱雑に積まれた雑誌、そして大きめの冷蔵庫だけだ。
コンコンッ―――ガチャッ
「おーいカーミラ、起きてるかー?」
扉をノックして入ってきたのはダンジョンマスターでカーミラの雇用主でもあるネロだ。
ネロの声で漸くカーミラも目を覚ましたようだ。
棺桶の蓋が重たい音をたてながら持ち上げられ中から眠そうに目を擦りながらカーミラが起き上がる。
「んー、何だマスター今日は休日の筈だろう。もっと寝かせてくれ」
「もう昼過ぎだぞ、いくら夜行性だからって寝過ぎだろ。それよりお前に手紙が届いてたぞ」
カーミラが案の定まだ寝ていた事実に呆れた様子を見せながらネロは持っていた郵便物の束から一通の手紙を差し出す。
「む、私に手紙だと?」
手紙を送ってくるような人物に心当たりが無いのか不思議そうな顔をしながら封を切った。
手紙の内容を読み進めていくうちにカーミラの顔から眠気が消え難しそうに眉をひそめはじめた。
「どうかしたのか?」
その表情にネロは心配したのかカーミラが持っている手紙に視線を落とす。
「少々面倒くさいことになった」
◇
数時間後、マスタールームではカーミラが旅行用の鞄に衣類やポーションなどを放り込んでいる。
「それじゃぁ、一週間程で戻るから。迷惑をかけてすまないな」
「気にするなよ、どうしても出席しなきゃいけないんだろ」
「あぁ、十年に一度の集会なんだ国中の吸血鬼が集まる。最初の百年はなるべく出るようにしとかないと、お偉いさんも顔を出すからな」
長い時を生きる吸血鬼達は横の繋がりを大事にする傾向が強い。そんな連中が集まる集会の招待状を無視するわけにもいかないだろう。
特にカーミラはまだ吸血鬼としてひよっこも同然だ。多少なりとも同族に顔を売っておかないといけない。
「仕方がないさ、お前がいない間ボスは俺達でなんとかするから安心して行ってこい」
「ウガガ(そうですよカーミラさん任せてください)」
「ありがとう、何か土産でも買ってくるよ」
荷物で膨れた鞄を抱えたカーミラをダンジョンの入り口まで見送るネロとゾンビ達、外はすっかり日が落ちて星明かりがぼんやりと周りを照らしている。
「お、来たか」
バサバサという音を響かせながら空から巨大な蝙蝠が降りてきた。
カーミラが蝙蝠の背に乗ると再び羽を広げて空へと飛びたとうとする。
「では行ってくる」
「おう、気を付けてな」
◇
カーミラを見送った翌日、ボス不在の中でも営業を続けなければいけないアンデッドダンジョンでは通常通り冒険者を迎えいれていた。
「ウガァガ(マスター、冒険者がそろそろボスの間に到着します)」
「了解」
ボスの間にはネロが待機していた。とはいっても彼が直接冒険者と戦うわけではないネロは戦闘向きの魔法使いではないしカーミラのように不死身な訳でもない、やることは別にある。
「えーと、なんて呪文だったかな…」
ネロは懐から魔導書を取り出すとページをめくってお目当ての呪文を探す。
やがて目当てのページを見つけると呪文を詠唱し始める。
地面に魔方陣が現れおどろおどろしい雰囲気が漂い出す。
「―――死霊召還・腐肉を纏った竜」
ネロが魔法を発動すると魔方陣から全身が腐敗した生ける屍のドラゴンが現れた。
通常死霊魔法というのは死体に魔法をかけてアンデッドを作成するのだが、ネロが使ったのは魔力を対価に冥界の住人であるアンデッドを一時的に呼び出し使役する魔法だ。
「それじゃ任せたぞ」
「ウム、ケイヤクニ、シタガイ、タタカオウ」
呼び出されたドラゴンゾンビにボスの間を任せ、自身はマスタールームへと戻る。
マスタールームのモニター水晶を通してボスの間を見るとドラゴンゾンビと冒険者達が激しい戦闘を繰り広げている。
「ウガガ(ドラゴンのアンデッドですか、流石に強いですね)」
「まぁ、最強種の一つだからな、そこら辺の冒険者には負けないだろう」
「ウガァ(あ、勝ったみたいですよ)」
どうやら戦闘はドラゴンゾンビが勝利を納めたようだ。振り返ってみると召還されてからいきなりの初戦だったが危なげも無く楽々と冒険者達を打ち負かした。
『デハ、ワレハカエルゾ、サラバダ』
「へーい、お疲れ様」
ドラゴンゾンビは戦闘が終わると、足元に召還時と同じ魔方陣が現れその巨体が魔方陣へと消えていく。
「ガウゥ(あれ、もう帰ってしまうんですか?)」
「使い魔じゃなくて召還獣扱いだからな、戦闘が終わるともといた異界に戻るんだよ」
「ウガウ(へー)」
これが通常アンデッドとの違いだ、魔力で一時的に呼び出したに過ぎないので一定の時間が経つと返送されてしまうのだ。
「さ、とっとと冒険者の装備を剥ぎ取りに行くぞ」
「ウガガッ(了解ですマスター)」
ボスであるカーミラ不在での初めてのボス戦であったが問題なく冒険者を迎え撃つことができネロは安心した。
これなら一週間程度、自分達でボスの代役を務める事も充分可能であると判断したのだが、それは直ぐにやって来た。
◇
時刻は夕方に差し掛かり、あと数時間で本日の業務も終了という所だがボスの間に集まったゾンビ達は浮かない表情、いや雰囲気を漂わせている。
「ウガァ(あの、マスター、大丈夫なんですかそれ?)」
ゾンビ達が心配そうに視線を向けている先にいるのはネロだ。
床に膝をつき、一匹のゾンビが持っているバケツに向かって口から何やら吐き出している。
「オロロロロロォッ、ウプ、だ大丈夫だから…」
「ウガガ(いや、口から虹色の液体出している人間を大丈夫とは言わないです)」
「いや、これ過剰な魔力を排出してるだけだから、すぐに治まるから心配しない―――オロロロォッ」
「ウガウゥ(まったく安心出来ないんですが…だいたいなんでこんなに魔力ポーション飲んだんですか)」
そう言ったゾンビが手に持っているのはポーションの空き瓶だ。ネロはいつの間にか倉庫に保管していた
魔力ポーションを殆ど飲み干してしまったらしい。
その結果がこの虹ゲロの滝という訳なのだが。
まぁ、このダンジョンには魔法を使うような人材はダンジョンマスターであるネロぐらいで、その彼も直接戦闘で魔法を使うような事もないので魔力ポーションの利用用途といったら宝箱用のアイテムしか無いのだが。
「しょうがないだろ死霊召還って大量の魔力を使うんだよ、俺の魔力量じゃ足りなくてさ。オロロォッ」
「ウガウ(それでこんなことに…それより新しい冒険者が来ますよ。早くボスの準備をしてください)」
「なんか最近人使い荒くない?俺これでもダンジョンマスターなんだけど」
口の端から虹ゲロを垂らしながらアンデッドよりも生気のない顔でゾンビに文句を言う。
「ウガガ(そんなことないですよ、我々は業務に忠実なだけです)」
「まぁ、後数時間乗り切ればいいんだし頑張るさ」
「ウガウゥ(我々もなるべくボス部屋に行く前に、冒険者を仕留めるようにしますんで)」
ゾンビ達も仕事を優先しているが自分達の主を心配そうに濁った瞳で見つめている。
ようやく虹ゲロが収まったネロは今日数回目になる召還用の魔方陣を床に描く。呪文を唱えると魔方陣が光を放ち、周囲に不穏な雰囲気が満ちる。
「―――死霊召還・腐肉を纏った竜」
一際強く魔方陣が光を放ち、光の中から全身を腐敗させながらも圧倒的なオーラを纏った竜が―――現れなかった。
「ウガッ?(あれ、不発ですかマスター?)」
「いや、魔力は持ってかれてるし魔法はちゃんと発動しているはずだが、ゴクッゴクッ」
魔法を失敗した訳ではなさそうだ、その証拠にネロはごっそりと消費した魔力をポーションをまた大量に飲むことで補っている。
「ウガァウガ(変ですね何があったんでしょうか、ん?)」
魔方陣を覗き込んだゾンビが床に落ちているあるものを見つけた。
それは一枚の紙切れのようだ、書かれていることを読んだゾンビは思わず「ウガッ!?」と驚愕の声をあげる。
「ウガガ(どうしたんだ?)」
「ウガァ(いや、『契約していた所要時間を経過したので今週の召還は終了しました』って書かれてて…)」
「ウガガッ!?(マ、マスター!大変です!!マスター!?)」
慌ててゾンビ達がネロの方へと振り返るとそこにあったのは床に突っ伏し口から虹色の河を垂れ流しにしている自分達の主人の姿だった。
「オロロロロロォ!うぷっ、も、無理…」
「ウガウ(た、大変だ!息が無いぞ!)」
「ウガァ(何だって!?マ、マスターしっかりしてください!!)」
カーミラ帰宅まで、あと六日。