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5話・秘められたパワー


ダンジョンの奥底、マスタールームではソファに腰かけたネロが経費や戦利品の売上など経営に関わる数字を書類にまとめている。


向かい側ではカーミラが寝そべりながら顔に雑誌を乗せてすやすやと寝息をたてている。


営業を開始してから中々軌道に乗らなかったが、カーミラやゾンビ達、各種罠や宝箱のアイテムなどダンジョンとして精練されると同時にようやく黒字になってきたのだった。


「今週も少しだけど売上が上がってきてるな、この調子でいけるといいんだけどな」


ネロが目の前で眠っているダンジョンボスを起こさないように小声で呟く。


不意に起こしてしまったら小一時間は機嫌が悪いままだろう。


「うわぁぁあああっ!!!」


突然カーミラが叫び声をあげながら飛び起きる。どうやらネロの懸念は的中だったようだ。


「ど、どうしたんだ?」


「か、カブトガニが…でっかいカブトガニが私を生きたまま…」


ネロの問いかけに答えずカーミラは空を見つめながらぶつぶつと呟く。


「おい!カーミラ!」


「あ、あぁマスターか…なんでもない平気だ…」


「そ、そうか。とりあえずシャワーでも浴びてきたらどうだ」


悪夢を見ただろうカーミラは酷い寝汗をかいて衣服がべっとりと湿っている。汗の滴が額から顎にかけて滴り落ちる。


「あぁそうさせて貰うよ」


カーミラは呼吸を軽く整えてマスタールームを出ていった。


「ん?なんだこりゃ?」


ネロは床に落ちていた雑誌を拾い上げた。先程までカーミラの顔でアイマスク代わりに使われていたものだ。

タイトルは『週刊トゥルーブラッド』吸血鬼協会発行の専門誌だ。


「なになに、今週の特集は『吸血鬼ならば身に付けよう!三つの特殊能力!』か。これ、もしかしたら使えるんじゃないか?」



人気の出るダンジョンの条件というのはいくつか存在する。


例えば、他では手に入らないレアな魔法のアイテムが入手できる古代のダンジョン。


例えば、冒険者達に語り継がれるような絶景を見ることができる秘境のダンジョン。


例えば、サキュバスやアラクネなど美しい女型モンスター達しか出現しない魅惑のダンジョン。


冒険者に人気のダンジョンというのは難易度や宝箱の中身だけでなく、他とは一線を画する魅力が有るものなのだ。


逆にこれがないダンジョンというのは、いくらダンジョンとしてのバランスが整っていたとしても他に数多くある無数のダンジョンの中の一つとして埋もれていく事だろう。


現状、緩やかではあるが右肩上がりの売上もリピーターが付かなければ、ネロ達はすぐに自転車操業に陥ってしまう。


「これからの我がダンジョンの未来を考えた結果、今の状況では近いうちに停滞状態になることは明白だ」


冒険者達が寝静まる丑三つ時、営業終了後のダンジョンの奥底では全モンスターを集めた大会議が行われていた。


会議室ではネロがカーミラやゾンビ達を前に現時点での経営状況、これからの方針などについて議論をしている。


「確かに今現在は冒険者の数も増えて黒字になっている。だが殆どの冒険者は一見ばかりで常連といえる存在が極少数なのが現状だ」


「ウガァウッ(つまり何度も利用してくれるリピーターがいないってことですか?)」


「その通りだ」


手元の資料に目を通してリピート率の重要さが分かったのだろう、カーミラやゾンビ達も渋い表情を浮かべる。


「大手のダンジョンの真似をしてみたらどうだ?多少は常連も付くだろう」


「それも考えたんだがウチじゃちょっと厳しい条件が多くてな」


「ウガァ(条件ですか?)」


ネロが会議室のホワイトボードをくるりと裏返すと裏面には『これが人気ダンジョンだ!』と書かれ、下には表が描かれている。


「俺なりに上位のダンジョンとその特色を調べてみたんだ、詳しくは資料の十三ページを見てくれ」


「なるほど、確かにどれも他のダンジョンにはない旨味が用意されているな」


・古き魔術師達の時代…現代では再現不可能な高度な魔法が付与された武器やアイテムが入手可能。


妖精の園(フェアリーガーデン)…おとぎ話に登場するような妖精の森を見ることができる。※攻略難易度が低いため観光地としても人気


・悪魔の尻尾…ボスの女悪魔を筆頭にサキュバスやアラクネなど美しい女性モンスターのみで構成されたダンジョン。(男性冒険者のリピート率が異常)


「うーん、なんとか我がダンジョンでもできないだろうか」


カーミラが頭を悩ませているところにネロが追加で説明を加える。


「それはカーミラと同様に俺も思ったが、【古き時代の魔術師達】はダンジョンマスターが五百年近く生きている魔術師なんだ、魔法アイテムも全て自前で用意しているらしい。俺達が同じ事をしたら仕入値で大赤字になっちまう」


「まぁ、もともと魔法のアイテムは高価な物ばかりだしな」


「観光目的も厳しいだろうな、暗くてじめじめしたアンデッドダンジョンに好きこのんで来る奴は少ないだろう」


「ウガガァ(明るく見映えの良いアンデッドって少ないですもんね)」


なかなか上手くはいかないものだ。

ネロもダンジョンマスターにして魔法使いではあるが使えるのは死霊魔法だけ、その他の魔法は使えるには使えるが素人に毛が生えた程度の腕前だ。


ダンジョン内の景観に手を加えようにも、下手に照明などを取り付けると罠や奇襲作戦が出来なくなってしまう、それにダンジョンを何とかしても漂う腐臭や腐りかけた歩く死体は誤魔化しようがない。


「残るは色仕掛けなんだが…はぁ」


「おいマスター?今私のどこを見て溜め息を吐いたか教えてくれないか?」


あからさまに肩を落として希望が潰えたといった様子を取るネロにドスの聞いた声で問いかけるカーミラ。


だが仕方がないだろう、死んでからの年齢も合わせれば二十年は優に越えるカーミラだが見た目は十代前半のままなのだから。

この外見に興奮するような輩はどう考えても特殊な性癖を持っているとしか思えないだろう。


「お、落ち着けよ。確かに今は限られた一部の層しか食いつかないが、こいつを使えばイチコロさ」


そう言いネロがテーブルに取り出したのは『週刊トゥルーブラッド』だ。開かれているのは今週の特集記事。


「私は吸血鬼の能力なんてまだ使えないぞ、それに三つ全部身に付けてたら何ヵ月もかかってしまう」


「いや、今回は変身、透明化、催眠術のうち、三つ目の催眠術だけ覚えればいい。それも特定の幻覚だけ見せれるようになればいいんだよ」


「どういうことだ?」


ネロが浮かべた悪意が満ちた笑みを見て、カーミラが怪訝な視線を向ける。


「まぁまぁ、俺の言うとおりにしてくれ。あっという間に人気者だぜ。クックック」



薄暗い洞窟の中を数人の冒険者達が武器を手に進んでいる。


今日もアンデッドダンジョンはいつもと変わらなず薄暗く濃厚な死臭を充満させている。


唯一違う点があるとすればそれはいつもなら暗闇から静かに奇襲をしてくる動く死体達が見当たらないということだろう。


「なんだか今日は静かだな…」


「うん、いつもならゾンビと戦闘になってても可笑しくないんだけど…」


「いーじゃんか楽でさ!さっさと進もうぜ!」


彼らは僅かな違和感と不安を胸に宿しながら慎重な足取りでダンジョンを奥へ奥へと進んでいく。


実際、冒険者達の不安は外れでもなかった。平常時なら既にゾンビ達と数回は戦闘になっているだろうが今日はダンジョンマスターであるネロの命令でゾンビ達は裏方で待機してもらっているのだ。


そんなことなど露知らず暗闇からの奇襲を恐れながら前に歩みを進める冒険者達はとうとうボスの間へと到着していた。


「あれ、もうボス戦か?」


「今日は何か変ね、ゾンビさん達もいないみたいだし…」


雑魚モンスターも居なく罠も録に作動して無かったとなると、もしかして今日は休業日だったんじゃないかと若干戸惑い始める。


実際ダンジョンの過度の破壊行為や、休止中のダンジョンに押し入るような行為は冒険者ギルドが定める『迷宮攻略協定』に違反する。


ダンジョンと冒険者は片方のみでは成り立たない関係なのだ。そのため冒険者は飯の種であるダンジョンを潰すような真似は控え、ダンジョンも難易度を異常に上げて冒険者を皆殺しにするような事は基本的にしない。


それを破れば然るべき組織からペナルティが課せられることになる。


「どうする?一旦出直すか?」


「何言ってんだよ!俺達には前進あるのみだぜ!」


ガヤガヤと冒険者達が騒ぎ始めたその時。


「フハッハッハッ!待たせたな人間共よ、今宵も私の時間がやって来た。高貴なる夜の血族の時間がな」


カーミラだ、ダンジョンボスの自称美少女吸血鬼が黒いマントを翻して芝居がかった仕草で暗闇から登場する。

ちなみに現時刻はダンジョンの営業時間の為、正午を少しまわった所である。


「なっ!?全員構えろ!いつも通りにやれば勝てない相手じゃ…ない…?」


ボスモンスターの登場に焦って陣形を整えた冒険者達だったが目の前に立つ吸血鬼の姿を見て思考が停止する。


「へ?いや、あの、えぇ…?」


「どうしたのだホモサピエンス共?私に恐れおののいているではないか!」


戸惑う冒険者達を見てカーミラが愉快そうに高笑いをする。


「キャーーー!」


その瞬間、女性の冒険者が甲高い悲鳴をあげながら百八十度回りもと来た道を全力でダッシュする。


「あ、おい待てよ!」


「置いていかないでくれ!」


残る二人もそれを追いかけて一目散に走り去っていった。


「一体何なんだ?」


取り残されたカーミラは一人首を傾げるのだった。



その頃マスタールームではネロとゾンビ達がボスの間を映したモニター水晶を全員で覗き込んで見に写った光景に唖然としていた。


「ウガガァッ(あの、マスター?)」


「何だ?」


「ガウゥ(何でカーミラさんはボンテージ着てるんですか…)」


そう、ネロ達の開いた口が塞がらないのはカーミラが着ている衣装のせいだ。


いつものイブニングドレスではなく、彼女が纏っている物は、露出度の矢鱈と高いボンテージ衣装だ。その様相はまさに女王様といったところだろう。

極めつけはピンの鋭いハイヒールと手には家畜に使うような鞭を持っている。


「俺が知るわけないだろう…」


「ガウガッ(おまけにセクシーボディで)」


「それは俺の指示だ、ボスがセクシーな女吸血鬼なら常連増えるかなって思って」


おまけにカーミラは催眠術で自分を美しい妙齢の女性に見えるようにしていた。

はち切れんばかりの豊満な胸にそれに反比例するウエスト、 すらりと長い手足。長いブロンドが輝き人外の証である緋眼は怪しい魅力を放っている。


衣装も少し動けば見えてしまうんじゃないかという際どい箇所がいくつもあり、セクシーを通り越してこれでは痴女だ。

暗闇からSMプレイでもしそうな猥褻物が出てきたら悲鳴をあげるのも、致し方無いだろう。


「おい、カーミラ」


『ん?何か知らんが冒険者が逃げていったぞ』


「いや、それはいいんだがその服は何だ!?」


『私はダンジョンのボスだろう、女王や強い女はこういう服を着るって本で読んだぞ』


「いったいどんな本を読んだっていうんだ!」


『それはマスターのベットの下に―――プツッ』


カーミラが言い終わる前にネロは無言で念話装置のスイッチを切った。


「ウガァウ(マスター…趣味は人それぞれですから…)」


「……」


暫くして冒険者達の間でとあるアンデッドダンジョンに鞭を持った美女が現れて調教しようとしてくると

いう噂が流れた。


中には明らかに冒険者ではない中年親父が鼻息を荒くしてダンジョンに入っていくのも目撃されたとか。勿論ダンジョンから出てくる事はなかった。


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