4話・ブルーブラッド
いつものダンジョン、いつもの戦闘、今回はゾンビと罠のコンボで冒険者を仕留めることができた。
洞窟の床に空いたトゲ付き落とし穴の前でネロと彼に従うゾンビ達が冒険者の死体を引き上げている。
ちなみに暴走事件の後、ゾンビ達の大量生産は中止になり増えすぎないように適度な数を運用する事が決定した。
「オーライッオーライッ、よしOK。血抜きしたら後は食べていいぞ」
ゾンビがテキパキと処理していく、傍らでネロは冒険者達の荷物や武器を確認していく。
価値のある武具や魔法薬等は宝物庫の宝箱用アイテムとして使われたり、売却したりと用途は様々だ。
そして、それらの鑑定は魔法使いであるネロが行うことになっている。
「これはただの剣だな売っちまうか、こっちは治癒魔法の魔法薬か、物置行き―――」
リュックサックからガラス瓶や薬草の束、アイテムをどんどん取り出して目利きしていく。
だが所詮は駆け出しや下級の冒険者が持ち込んだ物だ。それほど価値のある魔法の道具を持っていることはそうそう無い。
「これは物置行き、こいつは売却、えーとこれは…」
目ぼしい物を仕分けた後に残ったのはがらくたの山だ。
「さて、ちょっとひと休みするか」
ネロは分けたアイテムをゾンビ達に運ぶように指示を出してマスタールームへと向かった。
◇
マスタールームではカーミラがソファに寝そべって雑誌をペラペラと捲っている。
タイトルは『週刊トゥルーブラッド』。吸血鬼協会発行の専門誌だ通販で取り寄せたのだろう。
「よっこいしょ、カーミラ、後でこのゴミ出しておいてくれ」
床に下ろした袋にカーミラがちらりと視線を送る。
「冒険者のか?」
「そうだよ、さっき侵入してきた連中だ。ゾンビに追われて落とし穴に落ちる間抜けだったがな」
「ふん、最近私の出番が少なくないか?どいつもこいつも雑魚ばかりだ」
それも仕方ないだろう。ゾンビの数もネロが管理しきれる量になり、細かな命令に従わせられるようになったおかげで、戦闘もスムーズに進むようになった。
以前のように物量で押すのではなく待ち伏せ、奇襲、チームプレーで追い込む、などなど…
「ゾンビ達がなかなか優秀だからな、まぁそう拗ねるなよ。そうだ、欲しいものがあったら持っていっていいぞ」
「んー?どうせ録な物がないだろう」
カーミラは雑誌をテーブルに置いて、袋をガサゴソと漁り始める。
「むぅ、これは…いらない、こっちは――」
「とりあえず、俺はもう寝るからな。ゴミ出し忘れないでくれよ」
袋の中をひっくり返しているカーミラを尻目にネロは欠伸をしながら寝室へと向かっていった。
翌朝、起床したネロは目覚めの一杯ならぬ目覚めのポーションを片手にマスタールームへと入ってきた。
いつものソファとテーブルにいつものモニター水晶、ダンジョンや魔物などについて書かれた書物が収まる本棚。
だがこの日ネロの目に飛び込んできた光景はいつものとは言えなかった。
「おわ!?なんじゃこりゃ…」
壁には色とりどりの液体が飛び散り、床に散乱するガラス瓶やカップ、極めつけはバタバタと倒れている数体のゾンビ達だ。
一瞬、敵襲かと硬直したネロだったが屍の山の奥で楽しそうにテーブルの上に広げた物を弄っているカーミラを見て状況を察したようだ。
「ん?おー、マスターおはよう」
にっこりと挨拶をしてくるカーミラ、顔はこちらを向いているがその手は世話しなく机上の器具をカチャカチャと動かしている。
「おはようじゃないだろ、いったい何があったんだ?」
「よし!今度こそ完成だ、えーとそこのお前ちょっと飲んでみてくれ」
ネロの問いかけなど聞こえていないのか、カーミラはガラス瓶に入れた怪しげな液体を倒れているゾンビの口元へと持っていく。
「ウガァガッ(カーミラさんもう勘弁してください)」
「ハッハッハ恐がらなくてもいいぞ今回のは自信作だからな」
「ガゥヴヴ(それさっきも言ってましーウプッ)」
抵抗するゾンビの口を無理矢理こじ開けるとガラス瓶の液体を口内へと流しこんだ。
―――ゴクゴクゴクッ
「どうだ、味の感想は?」
ワクワクしているカーミラの前でゾンビは紫色に近いその肌を青、緑、黄と変色しながら手足をバタバタと暴れさせ始める。
「ウガガガガァァアア」
―――パンッ
風船が割れるような小気味の良い音と共に暴れていたゾンビの頭が壊れたおもちゃの様に粉々に弾け飛ぶ。
「なななっ!??」
「また失敗か、はぁ…なかなか上手くいかないな。ん?どうかしたのかマスター金魚の様に口をパクパクとさせて」
「どうしたもこうしたもないだろう!目の前で部下の頭が四散したら金魚のようにもなるわ、これは一体何なんだ!」
「んー、私の見立てでは前頭葉の一部だな」
「違う!そういう事じゃなくて何で頭がクラッカーみたいに破裂したか聞いたんだ」
カーミラはネロの服についた肉片を見つめながら答える。
「まぁそんなに慌てることもないだろう、飛び散ったパーツを集めてちょこちょこっと魔法を使えば元通りになるじゃないか」
「そ・れ・は、誰がやると思ってるんだ俺なんだぞ」
「まったく気の短い男はモテないぞ、これでも飲んで落ち着いたらどうだ」
カーミラは額に青筋を浮かばせるネロにこれまた怪しげな液体が入ったコップを差し出してくる。
「飲むわけないだろ、殺す気か!」
「酷いじゃないか、私の特製ポーションだぞ」
「ポーション?お前錬金術なんて使えたのか?」
魔法を使うことができるのは魔法使いだが魔法のアイテムを造る事ができるのは錬金術師だ。
冒険者に必須な回復ポーションや各種耐性を得ることができる属性ポーションなどを作るには専門の知識や特殊な器材を必要とする。
悠久の時を生きる吸血鬼の中には様々な魔法や特殊な技能を身に付けているものも珍しくはないがカーミラは吸血鬼になってまだ日が浅い。錬金術を使えたとは考えづらい。
「フッフッフ、実は昨日こんなものを見つけてな」
そう言うとカーミラは一冊の本をネロに見せつける。タイトルは『簡単、家庭でできる錬金術入門!』だ。
「なんだそりゃ?」
「マスターが言っていただろう、欲しいものがあったら袋の中から自由に持っていっていいぞって」
どうやら冒険者の遺品のガラクタと一緒に袋にまとめられていたようだ。そしてそこから何でも持っていっていいと言ったのはネロ自身だ。
それを思い出したネロは頭を押さえて深い溜め息を漏らす。
「これはなかなか面白いぞ、器具も一式おまけで付いてきたからお手軽だしな、良い暇潰しになる」
カーミラがガチャガチャと弄っているテーブルの上の器具は錬金術の道具類だったのだ。確かにそうと言われればそれらしい物ばかりだ。
フラスコや蒸留装置、魔方陣の書かれた小型の鍋など。
「はいはい、そうですか。お前の暇潰しを邪魔する気はさらさら無いがせめて俺にゾンビの頭を吹き飛ばした理由を教えてくれないか?」
「は?そんなことするわけないじゃないか」
ネロの質問に対してカーミラは何を言っているんだという怪訝な視線で返す。
「いや、しただろうが。俺の服に飛び散ってる脳漿を見ろよ」
カーミラ特製ポーションを飲ませた途端にゾンビが苦しみだして頭が破裂したのだ。関係ないとは思えない。
「あぁ、それは偶々だ。運悪く爆発しただけさ、些細な副作用ってやつだな」
頭が破裂するのは些細とは言いがたいと思うのだがアンデッドの感覚は生者の物とは異なるのだろう。
「副作用で破裂するポーションは飲みたいとは思わないな、一体何のポーションを作ろうとしてたんだ?」
回復ポーションや耐性ポーションはネロも良く見るが粗悪品でもこのような副作用が有るものは見たことがない。
「吸血鬼専用のポーション【ブルーブラッド】だ」
「ブルーブラッド?」
青い血とは主に特権階級者の血を指す言葉だ。
貴族特有の労働を行っていない白い肌から薄らと透ける青い血管、一般の庶民とは異なることから貴族には青い血が流れていると称されることが暫しある。
そしてその血は吸血鬼達にとって涎垂の逸品だと言われている。
「そうだ、雑誌の特集でやっていたんだ。飲めば気分が高揚して力が何倍にもなる吸血鬼専用のポーションについてな、おまけに味も絶品らしい!」
「そうか、まぁ頑張ってくれ。さて俺は今日の業務に取りかからないとな」
嫌な予感を感じ取ったネロは然り気無くマスタールームを後にしようとしたのだが、そうはいかなかった。
カーミラは目にも止まらぬ早さでネロとドアの間に立ちはだかるとネロをソファーへと放る。
「うわっ」
目の前に広がる色とりどりのポーションを見てたらりと冷や汗が垂れるのを感じた。
「さ、先ずは試作品二十三番からいこうか」
「ま、待て!吸血鬼専用のポーションなんだろう、俺が飲んでも効果は確かめられないぞ!」
ネロはポーションを持ってじりじりと近づいてくるカーミラを必死で制止する。
「安心しろマスター、吸血鬼でなくとも多少だが効果は得られる。さ、ぐいっといこうか」
「分かった、飲むから落ち着け!」
カーミラがネロの顎を掴みポーションを流し込む寸前で叫ぶように声をあげる。
動きを止めたカーミラから引ったくるようにしてポーションを奪うネロ。
「まったく、顎が割れるかと思った」
鷲掴みにされた顎を擦る。
「マスター、早く飲むんだ」
「分かったって、…あぁ!キングスライムが侵入してるぞ!ほら二番モニターだ!!」
大声でモニター水晶を指差すネロ、カーミラも思わず水晶に映っている映像を目で追う。
その隙にネロは足元に転がっていたゾンビの口にポーションを捩じ込む。
「ウガッ!?(ちょ、何するんですかマスター!?)」
ポーションを飲み込んだ瞬間、ゾンビはガクガクと体を震わせ滝のような血を吐血しながら床の血溜まりに沈んだ。
「…マジか」
もし自分がこれを飲んでいたらと想像し顔面を蒼白にするネロ。
「マスター、キングスライムなんて映っていないぞ」
「あ、あぁそうだな、見間違いだったみたいだ」
「ん?おぉ、飲んでくれたか、それでどうだ感想は?」
瞳をキラキラと輝かせながら感想を求めてくるカーミラを見てネロは多少の罪悪感を感じた。
「そ、そうだな効果は特にかかってないみたいだな。まぁまだ初心者だしな」
「むぅ、では次は試作品三十三番を試して―――」
ネロは新しい試作品を手に取ろうとしようとしたカーミラを見て慌てて止める。
「ま、待てカーミラ!俺がブルーブラッドってのを作ってやろう、このまま闇雲に作っていても材料が勿体ないしな!」
「それはそうだが、錬金術なんて出来るのかマスター?」
「魔法学校に居たときに習ったんだよ、専攻は死霊魔法だったけど錬金術も成績は良かったんだ」
魔法学校で錬金術を習ったのは本当だが吸血鬼専用のポーションのような特殊なものの作り方なんて分かる筈がない。
だがこの状況を逃れるにはこれしかないとネロは考えたのだ。
「おー、すごいな!じゃあお願いしてもいいか?」
「おう、任せろ」
何とか危機的状況を逃れることが出来たネロだが肝心のポーションをどうするかが問題だ。
完成しなかったとなるとまた試作品を作り出してネロやゾンビで実験するのは目に見えている。
「…どうすればいいんだ」
◇
ネロが命惜しさにポーション作成を始めてから一日。
カーミラの前には青い液体で満たされた瓶が置かれている。
「こ、これがブルーブラッド」
「そうだぞ、カーミラ。苦労して材料を取り寄せて作ったんだ」
勿論、嘘だ。専門外の錬金術、しかも吸血鬼用のポーションなどという特殊な物を一日で作れる訳がない。
「流石本職の魔法使いは違うな!」
そう言いながらカーミラはいそいそとブルーブラッドの瓶を開けて匂いを嗅ぐ。
「んー、豊潤な香りだ。効果もさることながら数百年生きた吸血鬼も唸らせるという味の方は――」
ゴクリッ
カーミラがブルーブラッドを飲む、それを見守りながら固唾を飲み込むネロとゾンビ達。
もしも偽物だとバレれば怒り狂ったカーミラに八つ裂きにされた後、実験台にされることは間違いなしだ。
「うッ」
「う?」
「旨ーーい!!!アハハハ、漲る力が漲ってくるぞおぉぉぉあ!ぎ@!#ゃい/:!!!!」
カーミラは飛び上がり、奇声をあげたと思ったらそのまま部屋のなかを滅茶苦茶に走り回り、マスタールームから走り去っていった。
「ウガガウァ?(マスター、カーミラさんに何を飲ませたんです?)」
「通販で取り寄せたカブトガニの血に濃縮した興奮剤と、幻覚ポーションを混ぜたんだが…」
「ウガァガゥ(…なんでカブトガニの血?)」
「いや、カブトガニの血も青いしいけるかなって」
「ウガァ(えぇ…)」
その後、正気に戻ったカーミラはここ数日間の記憶を綺麗さっぱり無くしていたためネロとゾンビ達にいつも通りの日常が戻ってきたのだった。