17話舞台の上で輝く為に必要なもの
舞台というのはそう簡単に立てる場所ではない。
ファンの心を掴んで離さない魅力、人を惹き付けて止まないカリスマ性、他者と自分は圧倒的に違うという傲慢、などなど様々な要素がある。
それらを持った原石を、石屑の中から探し出す眼というのも舞台に欠かすことのできない一つの重要な要素と言えるだろう。
日が暮れて月が空に爛々と輝いている。
ダンジョン内では冒険者の死体を片付けたり所持品を選別したりと一日の仕事の締めくくりの作業を行っていた。
ようやく一通りの作業が終わり全員が肩の力を抜いたところでそれはやって来た。
「タレント事務所・イービルアイプロダクション?はぁ芸能事務所の方ですか」
ネロが手渡された名刺を読み上げながら目の前の人物を見る。
そこにいるのは大型犬ほどの大きさのフクロモモンガだ。営業用のスーツをきっちりと着こなして当たり障りの無い笑みを浮かべている。
「はい!ワタクシ、イービルアイプロダクションのスカウト担当袋田と申しまきゅ」
突然ダンジョンを訪ねてきたのはタレント事務所のスカウトマンだったようだ。
訪問販売か何かかと思っていたネロは相手の職業を聞いて当惑していた。
「それで何でうちにそちらの様な大手事務所のスカウトマンが?」
イービルアイプロダクションといえば人気急上昇中のアイドルグループをいくつも抱える有名事務所だ。
ネロもテレビでイービルアイ所属のアイドル達を見たことがあるが容姿もさることながらそれぞれが特徴的なキャラや強烈な個性を持っていたのが印象に残っていた。
だがらこそ尚更そんな事務所のスカウトマンが平凡なダンジョンに態々やってくる理由が分からない。
「実はですね当事務所の方で新しいダイヤの原石を探してるんできゅ。ですけどそうそうスーパーアイドルの資質を秘めた女の子は見つからず、そんな時にこちらの噂をお聞きしましたきゅ」
「噂?」
「絶世の美少女吸血鬼がボスを勤めるアンデットダンジョンがあると。しかもその美少女吸血鬼、ボンテージや園児服を着こなしどんな変態が相手でも動じずに仕事を全うするとかきゅ!なんというプロ精神、ワタクシ感動いたしましたできゅ!」
確かに事実ではあるが些か情報がねじ曲がってはいないだろうか?
カーミラにそのようなプロ意識は無い、単に自分に欲情する気持ち悪い生き物が視界に入るのが気に食わなかっただけだろう。
「マスター、茶と菓子を持ってきてやったぞ」
ちょうど良いタイミングでカーミラがお茶請けを持ってやってきた。
「あぁ、ありがとう。そこに置いといてくれ」
「おぉ!彼女が例の吸血鬼さんできゅね!ふむふむ成る程」
フクロモモンガは目をギラギラと輝かせながらカーミラを爪先から頭の天辺まで細かく精査し始める。
対するカーミラはいきなり詰め寄ってきたフクロモモンガに戸惑っている。
「な、何だと言うんだ一体!?」
「ふむふむ、肩幅と股下のサイズは…あとは牙と足の指の本数と…」
「ひはにはわひゅんひゃない!」
「はーい、最後に笑ってチーズ!」
パシャッ
最後に写真を一枚とると満足したのか漸くカーミラを解放してくれた。
「マスターこいつは一体誰だ!いきなり牙を触るなんて噛み殺してやる!!」
唸り声を喉から出しているカーミラをネロが必死に宥めながら事の顛末を説明する。
「―――ってことなんだ。業界でも大手の事務所だしあんまり無下にもできないだろ」
「そういうことか、面倒だ。簀巻きにして外に放り出してしまえばいいだろう」
カーミラがさらりと物騒な事を言う。
「待て待て待て!そんな事をして週刊誌にでも書かれたらどうするんだ」
イービルアイプロダクションはマスコミ関係にも太いパイプがあるそうだ。
ダンジョンボスが障害沙汰なんて記事が出回ったらダンジョン協会から営業停止命令が出るかもしれない。
「チッ!ならさっさと追い返してくれ。私はアイドルなんぞに興味はないぞ」
カーミラは不機嫌そうな様子を隠そうともしない。そうとうイラついているのだろう。
「あの~お話はまとまりましたきゅか?」
「えぇ、本人と話した所あまり乗り気でないようなのでこの話は無かったことに…」
「そうできゅか、残念できゅ彼女でしたら事務所が全勢力で推させて頂くのできゅが。では契約金一千万ゴールドも無かったことにさせて貰いまきゅね」
「「い、い、い、一千万!!?」」
袋田の言葉にネロとカーミラが身を乗り出して食いついた。
「はい、契約金が一千万ゴールド。カーミラさんでしたら年俸はこの数倍になるできゅね」
想像を遥かに上回る大金の額にネロとカーミラがゴクリと喉を鳴らす。
そして二人は視線を交わすと同時に袋田に待ったをかけた。
部屋の隅に移動しこそこそと密談をし始める。
「ど、どうするマスター!?一千万だぞ!」
「あぁ、おまけに年俸はその数倍だ。こんな美味しい話はなかなか無いぞ」
「ふむ、アイドルがどんな物かはよく分からないが、ようは私の美貌で雄豚共を魅了し金を貢がせればいいんだろ?楽勝だ!」
カーミラはアイドルを一体何だと思っているのだろうか。
「思いっきり間違ってるぞ!?しかしアイドルなんて興味無いんじゃなかったのか?」
先程までアイドルなんて下らんと言っていたカーミラだが何だか乗り気のようだ。
「無い!だが一千万だぞ、一千万!それに私の美しさに係ればアイドル何て簡単さ!さぁ、さっさと契約してしまおうじゃないか」
大金で思想が百八十度変わってしまったようだ。カーミラは袋田に詰め寄り、契約書を早く出せと急かしている。
「おい、そんな簡単に決めていいのか?」
「善は急げというだろうマスター。なぁに心配するなダンジョンボスは以前のようにチャイナゾンビにやって貰えばいい。私も時間があるときはやるしな」
ネロが言っているのはダンジョンボスについてではなく、厭に分厚い契約書の内容を見なくていいのかという事なのだが。
ネロが止める間もなくカーミラがサラサラと契約書にサインをする。
「はい、ありがとうございまきゅ。これから一緒に頑張っていきましょうできゅ!」
「あぁ、勿論だ。豚どもから金を――じゃなかった、ファンに夢を届ける為に誠心誠意頑張ろうじゃないか!」
金に眼が眩んだ守銭奴系アイドル誕生の瞬間をネロは心配そうに見つめるのだった。
◇
あれから数日、カーミラはメジャーデビューに向けてレッスン等々があるらしく契約をした日からダンジョンを留守にしている。
ダンジョンボスは鈴々が交代し、最初こそ急な配置変更でバタバタしたが今は落ち着いて冒険者の対処も行えている。
マスタールームでは休憩時間ということでネロと鈴々が寛いでいた。
「のぉ、マスター。娘ッ子は、あいどる事務所?とやらにおるんじゃろ」
「そうだぞ、デビューに向けてレッスンを受けるそうだからな今頃歌や躍りの猛特訓中じゃないのか」
「ほぅ、なかなか大変そうじゃが若者が夢を追いかけるのは良いことじゃからの」
カーミラは夢というよりも金を追いかけているのでは、とネロは思った。
「ところでこんな物が届いておったぞ」
鈴々が差し出してきたのは一通の便箋だ。送り主を見ると『イービルアイプロダクション』と書かれている。
「カーミラのアイドル事務所からだな。一体何だ?」
ネロが便箋の封を開けると中からは手紙とチケットらしき紙の束がでてきた。
「何て書いておるのじゃ?」
「えーと、ふむふむ。カーミラの初ライブがあるから是非とも俺たちにも見に来て欲しいってよ。チケットも人数分送ってくれたみたいだ」
ネロがチケットの束をざっと数える。きちんとゾンビ達の分まで同封されていたようだ。
「おぉ、ライブとな!マスターこれは行かねばならんの、娘ッ子の晴れ舞台じゃぞ!」
「うーん、どうするかな」
金に目が眩んだ守銭奴腹黒系ポンコツアイドルのライブなんて録な結果が思い浮かばない。
ステージ上でポロッとボロが出そうな気がしてままならないため、行くべきかどうかと悩んだが鈴々とゾンビ達が楽しげに準備をし始めた為、ネロは何も言えず結局全員でライブに行くことが決定したのだった。
そして数日後
ダンジョンを臨時休業し、ネロ達は会場へと足を運んでいた。
「なんか変わった会場だな」
アイドルのステージというと観客席から一段高くなっていてファンは下からアイドルを見上げるのが一般的だと思っていたが、この会場はステージを囲むようにして観客席が設けられている。
ステージも観客席より一段低くなっていて、観客席は外側に広がるよいに高い位置へと、すり鉢状に並んでいる。
「そうかの?見やすくて良いではないか」
鈴々は売店で買ってきたホットドッグと生ビールを頬張っている。
ゾンビ達も売店で酒やら何やらを買い込んだようだ。
「それになんか観客も嫌に血の気の多そうな連中というか」
アイドルのライブに興味があるとは思えないような厳つい魔物が続々と会場に入ってきている。
若干の違和感が募っていくが人の趣味なんて見かけで判断できるものじゃないしな、とネロは自分を納得させた。
「ウガ(そろそろ開演みたいですよ)」
会場の証明が消え、軽快な音楽と共にスポットライトがステージを照らす。
『老若男女、紳士淑女の皆様!お待たせいたしました!今宵のステージを飾る美しきエンターテイナーはこの二人だ!』
熱の入ったアナウンスに会場が段々と盛り上がっていく。
「お、娘ッ子じゃぞ!ほれゾンビ共、写真じゃ写真」
スポットライトの光がステージに堂々と立つカーミラを照らし出す。
「あいつなんか殺気だってないか?」
いつものイブニングドレスではなく赤と黒を基調とした衣装を着ている。
『はるばるアンデットダンジョンからやってきた美少女吸血鬼。なんと端麗、なんと美麗、見た目だけではなく実力も兼ね備えた本日デビューの大型新人!カァァーーミィラアァァア!!!』
カーミラがモデルのように自信満々にポージングを取りながら観客にアピールする。しっかりとレッスンを受けたんだろう、様になった動作だ。
『対するは!数々のアイドルを降してきた我らが女王!彼女の視線はぁあらゆる生命体を虜にする!イザァァベラァーー!』
カーミラの反対側に照らし出されたのは際どい衣装に身を包んだ美女。特徴的な尻尾に角、おそらく淫魔だろう。
両者が出揃った所で会場を震わせるようなゴングが鳴り響いた。
そしてカーミラが拳を振り上げサキュバスに向けて駆け出す。
「ハッハッハ!私のアイドル覇道の踏み石となれ!」
そのまま繰り出される剛拳を捌き反撃に転じるサキュバス。ハイレベルな攻防に会場が熱狂の渦に飲まれていく。
「おおぉ!!アイドルとはこれほど凄いものじゃったか!ワシも目指してみようかのぉ」
「ウガガ(いけ!そこですカーミラさん!)」
「ウガゥ(ナイス右フック!効いてますよ!)」
「…俺の知ってるアイドルライブじゃないんだけど」
ネロがステージで繰り広げられるキャットファイト(ガチ)を引きつった顔で眺めながら、ポケットに入れていたチケットの半券をちらりと確認する。
【Midnightfestival~不眠不朽のアイドルライブ~】
の上に小さく書かれたとある一文を見つけた。
「格闘系アイドル最強決定トーナメント…?」
もはや時代は踊って歌えて観客に愛想を振り撒く程度のアイドルは生き残っていけないのだろう。
万人の印象に残るような強烈なインパクトとパンチの効いた特徴が必要なのだ。
『決まった~!カーミラ嬢の渾身の右ストレートが炸裂ぅ!初代アイドル女王の座を勝ち取ったのはカーミラだー!!』
「ハッハッハ、私が最凶のアイドルだ。崇めるがいい雄豚共!!」
こうして一夜にしてカーミラはトップアイドル?へと駆け上がったのだった。
この話で昔に書き留めていた分は全てになりました。
また機会があればぼちぼち更新するかもしれません。どうぞよろしくお願いいたします。