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16話元カノはトラブルメーカー


森に暖かい陽気が満ち、草花が新たな芽を出し冬眠から目覚めた動物達が駆け回る季節、春が来た。


だがそれも薄暗く瘴気が漂うダンジョンには関係の無いことだ。


彼等が気にするのは、春から冒険者生活をスタートさせた新人冒険者(カモ)が何体来るだろうか?という程度だろう。


「ハッハッハ、明日は何体新人(カモ)がやってくるかな?」


談話室で笑い声をあげているのはカーミラだ。他にも鈴々やゾンビ達も数体いる。


まだ昼前だが本日はダンジョンの定休日ということで暇な連中が集まって雑談をしてた。


話題はもっぱらひよっこ冒険者についてだ。このアンデッドダンジョンにもここ数日で貧弱な新人冒険者が少しばかり訪れているらしく皆上機嫌にその話題について話し合っていた。


「ほっほっほ、昨日が六人。その前は五人じゃったな、これがあるとまた春が来たという感じがするの」


「ウガガ(風物詩扱いなんですね…それにしても駆け出し冒険者っていうのは意外と装備が整ってるんですね)」


「そうじゃの大抵が新品の武器やら防具、場合によっては魔法薬なんかも持っておったりするからの。じゃが所詮は駆け出し、形から入るのは良いが実力がの」


武器や道具をいくら揃えたところで使いこなすだけの力量や知識が無いと宝の持ち腐れだ。


「ふふん、まさしく鴨がネギと土鍋背負って来たという奴だな」


「ウガァ(カーミラさん、土鍋は違うんじゃ…)」




春という季節は新生活の季節である。学舎を卒業した少年少女達が希望に胸を踊らせ新たな道へと進む時期でもある。


だがそれは学生という枠組みに囚われていた魑魅魍魎が自己責任という歪な自由を手にいれ社会へと解き放たれる事を意味する。



「さーて今日は何人仕留められるかな」


定休日の次の日。いつも通りボスの間ではカーミラが冒険者を待ち構えていた。


そこに息を切らしながら飛び込んできたのは鈴々だ。


「ハァハァッ、た、大変じゃ!マスターが…マスターが…」


息も絶え絶えになりながら必死に言葉を次ごうとする。


「突然どうしたんだチャイナゾンビ!いや、それよりもマスターに何かあったのか!?」


鈴々のただ事ならぬ様相にネロの身に恐ろしい事が起こったのではとの考えがカーミラの頭を過る。


「―――マスターがパパになったんじゃ!!」


「ハァ?」


気の抜けた声を出しながらカーミラは首を傾げるのだった。


事情が飲み込めないカーミラは鈴々に詳しい説明を求めるも彼女も大分混乱しているのか要領を得ないものであった。

結局は実際に見た方が早いと目的の場所までカーミラを案内することにした。


「なぁチャイナゾンビ、一体どうしたというんだ?さっきの子供が、とか妊婦が、とか私には状況がさっぱりなんだが」


歩いている内に鈴々も先程よりは落ち着いてきたのを見計らいカーミラが再び説明を求める。


「それがわしにもさっぱりでの…やって来た冒険者がマスターの知人だというのでお主に報告しにいったんじゃが」


カーミラは鈴々の説明に尚更首を傾げる。


ネロの知人が訪ねてきたのは良いとして何故それを自分に言いに来たのか?直接ネロを呼びに行った方が良かったのではないだろうか。


「それならマスターを呼びに行けばいいだろ?」


「訪ねて来たのは人間での」


「それはマスターも人間だし、人間の友人がいても不思議じゃないだろ」


ネロはダンジョンマスターをやる前は魔法学校で魔法を学んでいた、と以前に言っていたのをカーミラは聞いている。

ならその時の学友が訪ねて来ても別段おかしな話ではない。


ならば鈴々の取り乱していた理由はなんだろうか。


結局カーミラの疑問は解決しないまま目的地までたどり着いた。


「ゾンビ共ご苦労じゃったの娘っ子を呼んできたでの」


「ウガガ(あぁ!カーミラさんが来てくれて良かった。我々ではどうしたらいいか分からなくて)」


そこにいたのは困り果てた様子のゾンビ達と彼らが用意したであろう椅子に腰掛ける人間の女性。


だがカーミラが一番目を引かれたのは彼女のお腹が異様に膨らんでいたことだ。そう、まるで臨月の妊婦のように。


「す、すまないがマスターの知人ということだが用件を伺っても宜しいかな?」


カーミラが若干動揺しながら問いかけると女性は笑顔で答えた。


「はい、彼の子供ができたので認知して貰いたくて」


「な、な、な!?何だって!?!」


「ウガ(カーミラさん!妊婦さんなんですよ大声を出さないで下さい)」


「そ、そうだなすまない」


ゾンビに窘められたカーミラはゆっくり深呼吸をして心を落ち着かせる。


「おほん、失礼しました。なるほどうちのマスターの子ですか…」


「はい、彼と付き合ってたんですけど突然連絡が取れなくなって。友人の冒険者からここのダンジョンマスターをしていると聞いて訪ねて来ました」


カーミラは動揺を心の奥底に押し込めながら冷静に女性を観察する。


年齢はネロとそう変わらないようだ、緩く波打った栗色の髪に真珠の様な輝きの肌、顔は大きく垂れ目な瞳が印象的で庇護欲をそそる顔立ちをしている。


これはモテるな、とカーミラは思った。


「ふむ、とりあえずマスターを呼びに行ってくれるか」


本人がいないと進展しないと判断したカーミラはゾンビにネロを迎えに行かせた。


鈴々も先程に比べたら大分落ち着いたようだ。妊婦である女性を気遣いなから事情を聞く。


「マスターを待ってる間にわしらに詳しい経緯を聞かせて貰えるかの?突然連絡が取れなくったとの事じゃったが」


「はい、あれは去年の事です…」


彼女は思い出すようにこれまでの事を話し始めた。


要約すると彼女の名前はサラ・リースベル、もともとネロとは魔法学校の先輩後輩の仲だったらしい。

気も合いお互いに好意を抱いていた事もあり男女の仲に発展したそうだ。

ネロが卒業を控えていたある時、サラが「妊娠したかもしれない」と言ったところ自分の子供じゃないと言った上に連絡まで取れなくなってしまったそうだ。

身重の体に鞭打ってここまで会いに来たという。


サラが一連の事を語り終わる頃には周囲は静まり返っていた。

沈黙を破ったのはカーミラと鈴々だ。


「前からろくでもない奴だとは思っていたがこれ程だとは!!」


「孕ませといてトンズラとはとんでもないクズじゃの!」


女性陣は額に青筋を浮かべて怒りに震えている。ネロの行動は女性として許すことが出来ないものだ。

それはゾンビ達も同じだったらしい。


「ウガガ(血祭りにしてやりましょう!)」


「ガウウッ(そうだ!クソ男を許すな!)」


どうやらネロを処刑する方向で話が纏まっているようだ。

その最悪なタイミングで先程カーミラに使い走りにされていたゾンビがネロを連れて戻ってきた。


ネロは事情を聞いていないようで全員が集まってガヤガヤと騒いでいるの様子を訝しげに見た。


「集まって何してるんだ?俺だって暇じゃないんだぞ用があるなら早く済ませてくれ」


ネロの声を聞いた瞬間、全員がジロリとそちらを睨み付ける。


「な、何だ?」


「ろくでなしなマスターだと思っていたが予想以上だったな」


「ろくでなしなんて言い方はなまっちょろいの、ゴミじゃよゴミ」


「ウガ(去勢されろ女性の敵)」


「ウガ(キングオブクズ)」


カーミラや鈴々達はネロに近づき絶対零度の視線を浴びせながら罵倒する。


「お、おいおい一体どうしたんだよ?そんなにぶちギレて」


「自分の胸に手を当てて考えてみたらどうだ?まぁマスターに人間の心があればの話だがな」


「はぁ?だから何の話を――――」


「先輩!」


ネロの言葉を遮ったのはサラだ。彼女はお腹を抱えるようにして立ち上がる。


「げっ!?サラじゃないか、どうしてここに!!?」


「勿論先輩に会いに来たに決まってるじゃないですか」


彼女の顔を見てあからさまに苦々しい表情をしたネロに鈴々が軽蔑の目を向ける。


「身重の恋人が会い来たというのにその顔、やはり話は本当じゃったか…」


「ウガガ(血祭りだ!)」


「ウガッ(磔だ!)」


ゾンビ達が今すぐに処刑してやると言わんばかりに縄やら斧やらを掲げ出す。


「はぁ!?待て待て、身重の恋人ってどういうことだよ!」


「しらばっくれるのもいい加減にしろ。私達はサラさんから全てを聞いているんだ誤魔化せはしないぞ」


「なぁ、サラこいつらに一体何を話したんだよ!」


サラに詰め寄ろうとしたネロの首をカーミラが片手で締め上げて制止する。


「何って、私と先輩の事ですよ、酷いじゃないですか恋人の私を置いて音信不通なんて。あ、そうだ私達の子がこんなに大きくなったんですよ三人で暮らすのが待ち遠しいですね」


ニコニコと笑顔で話すがネロは口から強酸でも飲まされたように顔を青ざめさせてサラを睨み付けている。


「イカレ女め!俺に近づくな!」


近寄ってきたサラをネロは押し退けるように突き飛ばした。

きゃっ、と言いサラは床に倒れた。


「何をするんだマスター!彼女は妊娠してるんだぞ…」


カーミラの怒鳴り声が段々と尻すぼみになっていったのは目の前の光景のせいだろう。


床に倒れたサラの服が捲れている。本来なら大きく膨らんだ腹が見えている筈がそこから覗いているのは緑色の液体で満たされた楕円形の培養器だった。


臨月間近の妊婦のように見えていたのは妊娠していたのではなく怪しげな魔道具を腹部に埋め込んでいたからなのだ。


「ウガガ(なんですかあれは…)」


「魔物のようじゃの…」


培養器の中では成長途中の胎児のように体を丸めた醜い人形のような物が浮いている。


「魔物なんて言わないで!フッフッフッ、これは私と先輩の愛の結晶なんだから」


サラは培養器を大事そうに撫でて焦点の合っていない虚ろな瞳でネロを見つめている。


「ひぃ!サラ何だよそれは!?」


「何って、私と先輩の赤ちゃんですよ?先輩の遺伝子と私の魔力で造ったんです、途中足りない部分とかは多少別の物も混ぜたりして補いましたが」


この醜悪な外見を見るに混ぜ物が一体何なのかは聞きたくもない。


「お、おいマスター?彼女はマスターの恋人なんだよな?」


カーミラが異常なサラの様子を見て、恐る恐るネロに対して確認をとるが本人は全力で否定した。


「はぁ!?そんな訳ないだろ学校が同じだっただけで何もねぇよ!それどころかコイツは昔から俺に付きまとってきて私物を盗んだり盗撮したり、終いには変な妄想を俺に延々と聞かせてきたりしてたイカレ女だぞ!」


ネロは息を荒げて自分が受けた被害の数々を吐き出していく。


「へー、未来の妻にそんな事言うんですか」


ネロがヒュッと息を飲んで振り返ると感情が抜け落ちたようなサラの顔がこちらをじっと見つめていた。


「だ、誰が未来の妻だ…とっとと出てかないと警察を」


「…大丈夫ですよ先輩。家庭を持つ事や父親になることのプレッシャーに耐えられなくなってしまいそうなんですよね。でも私達は夫婦になるんですから楽しいことも大変なことも二人で分かち合いましょう」


もはや自分の世界に浸りきってしまっている狂人にはまともな会話は成立しないようだ。


「な、ふざけるな!俺はカーミラ達と一緒にダンジョンを―――」


ネロは半ばパニックになりながらもカーミラや鈴々へと助けを求めるもそれは叶わなかった。


「え?何?浮気ですか?」


カーミラ達に向けられたサラの瞳は相も変わらず感情など抜け落ちてしまっているかのようだが、得も云わぬ迫力と不気味な圧力をカーミラ達に与えていた。


「いや、私達は部外者だ」


「うむ同感じゃ。わしらは関係ないしの」


即座に自分のマスターを見捨てるアンデッド共。まさに血も涙も無い。


「お、おいお前ら何を言って」


「ふっふっふ、良かった絶対逃がしませんからね先輩」


「ヒィッ!」


「あ、そっかさては先輩ったら父親になるって実感がまだ湧いてないんですね。けど大丈夫です赤ちゃんを抱っこすればきっと気持ちが変わるはずですよ」


「は?おいサラ、何をして…」


カチンッ、サラは腹部の培養に何かの薬品を注入したようだ。全員が何をしたのかと注視するなか培養器の中の魔物に変化が起こった。


胎児のように丸まった体が突然振動したかと思ったら明らかにどんどん大きく成長しているのだ。


「さぁ、出ておいで」


サラは培養器を操作して蓋を開けると何倍にも成長した魔物を外に出した。それは粘液を滴らせながらゆっくりと自分の脚で立ち上がる。


「ほらパパにご挨拶して」


魔物はネロを見上げると口を開いた。それは地面がひび割れるような掠れた声で


「パァバァア」


と呟いた。


「ヒイィィイ!!?」


衝撃のあまり腰を抜かして座り込んだネロにサラと魔物が近づいていく。


「ウフフ、ほら抱っこしてあげてくださいパパ」


「た、助けて」


ネロは地面を這いずりながらもカーミラ達に助けを求める。


だがカーミラ達もひび割れた声でパパと繰り返しながらヨタヨタと近づいてくる出来損ないのエイリアンの様な魔物を見て怯えている。


醜悪な怪物が無邪気に父親に寄ってくるアンバランス差は恐怖でしか無いようだ。


「わ、悪いがマスター!我々は民事不介入を徹底する!」


「そうじゃな、こういうのは当事者同士で話し合うのが一番良い解決方法じゃからな!」


「お、お前ら~!!」


「ほら先輩逃げちゃダメですよ。一緒にこの子の名前を決めないと」


いつの間にか手の届く距離まで来ていたサラがネロにしなだれかかる。その腕はしっかり胴と腕に絡ませ獲物を絶対に逃がさまいとしている。


「そろそろ仕事に戻らないといけないな」


「わしもゾンビ共とダンジョン内の巡回に行かないとの」


「ウガ(そうですね!さ、行きましょ鈴々さん)」


一刻も早くこの空間から逃げ出したいとばかりに適当な理由を口にしながらそそくさと去っていくカーミラ達。


「ウフフ、先輩」


「バァパッ、マンマァ」


「うわぁぁあ!!?!」


ネロの悲鳴とサラの楽しそうな笑い声がダンジョンに響いた。


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