君と二次会
「かんぱーい!」
部長の挨拶で飲み会が始まった。
コロナ禍で会社の飲み会なんてめっきりなくなると思っていたのに、蓋を開けてみたらこのありさまだ。
口角泡を飛ばして普段より説教じみた上司、酔った体をくねらせながらゴマをする同僚。無駄に大きい笑い声で場を盛り上げようとするお局。昭和映画のリバイバルのような光景が広がっている。俺は愛想笑いを浮かべながら、特に話すこともないので、視線をよそにやりながら適当にレモンサワーをすすった。
盛り上がる目の前の集団に視線を戻そうとすると、斜め隣りの席に熱気に取り残された華奢な姿が見えた。ショートカットの黒髪が居酒屋特有の暖色系の明かりに溶け、境界がぼやけている。普段から涼し気な瞳が一層際立っており、彼女はわかりやすく退屈していた。
ふと目線が合う。
俺は慌てた。
すれ違ったら会釈するだけの間柄だが、かといって直ぐに目線をそらすのは忍びない。
俺がひきつった薄ら笑いを送ると、すこし遅れて彼女はからかう様な視線と共に、かすかに口角を釣り上げた。
会社では見たことのない表情。さっきレモンサワーを飲んだばかりなのに、のどが渇く。
俺は自分の鼓動が速くなるのを感じながら、急いで体ごと正面に視線を戻そうとしたが、弾みで無造作に置いてあった箸を落としてしまった。
酒の入った喧噪のせいか、周囲は気が付いていない。俺は拾うために頭をかがめ、机の下に手を伸ばそうとしたが、伸ばせなかった。
慌てて顔を上げると、いたずらめいた視線を送る彼女と目が合った。
「えっと」俺が謝ろうとすると
「二次会行く人!!」「はーい!!」
幾分と仕上がった集団にさえぎられた。
「カラオケ?」「いやダーツでしょ!」
高まる熱気。出鼻をくじかれた俺はなすすべなく口をつぐんだ。盛り上がる集団をよそに、
「私たちも二次会しよっか。」
彼女は口を開いた。
「お、おう」
黒い瞳の奥に、吸い込まれながら、上ずった声で俺は答えた。