表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/24

第9話 どうだ、学者を満足させる料理を作るだろう

 マルカの町の町長宅に一人の学者が来ていた。

 名はエスクードといい、穏やかな外見をした30代の男であった。


 白髪頭で年配の町長がシチューを振舞う。


「我が町でもっとも人気のあるシチュー店のビーフシチューです。召し上がって下さい」


 エスクードはうなずくとビーフシチューを食べ始める。


「……とてもおいしいです」


 しかし、その顔に満足感はほとんどなく、お世辞を言っているのがすぐに分かる。


 町長はわけあって、この学者を接待しなければならない立場にある。このままではまずいという焦りが浮かぶ。


「うーむ、どうすれば満足してもらえるのか……」



***



 それからすぐ、町長は成金の家を訪れていた。


「町長、どうしたのだろう」


「実は成金さんに頼みたいことがあってな」


「なんだろう」


 町長の話をまとめると、このような内容だった。

 王国がエスクードという著名な学者を海外から招いた。エスクードはシチュー好きだというので、王国は一流シェフの用意したシチューを次々に提供したが、一向に満足させられなかったという。そこで、いっそ庶民的な味の方が好まれるのではないかということで、マルカの町にお鉢が回ってきてしまった。

 しかし――


「この町のシチューをいくつも出してみたのだが、エスクード殿は満足してくれなくてな」


「なるほど、そういうことだったろう」


「成金さん、私としてもどうにかエスクード殿に満足してもらいたいのだ。力を貸してもらえないだろうか」


「分かっただろう。協力するだろう」


 成金とて、この町には世話になっているし、商人として賓客をもてなしたいという思いもある。快く引き受けることにした。



***



 町長宅を訪れた成金は、さっそくエスクードと対面する。

 ソファにて一対一で向かい合い、お互いの仕事の内容や、さまざまな情報交換をする。お互い知識人であるため、会話は大いに弾んだ。


「あなたと話していると楽しいだろう」


「私もですよ」


 打ち解けてきたところで、成金はシチューについてのヒントを探り出そうとする。


「そういえば、あなたの好物はシチューと聞いただろう」


「ええ、昔母親が作ってくれたシチューがおいしくて、今でもあの味が恋しいんです」


「お母様も学者だったろう?」


「そうです。とても多忙で、よく本を読んでいました。その合間に私の食事を作ってくれてたという感じですね」


 成金の目が鋭く光る。


「なるほど……とてもいいお母様だったろう」


「ええ、本当にそう思います」


 なにやら手ごたえを掴んだ成金は、適当なところで雑談を切り上げると、町長の元に向かった。


「今日は私が料理を作るだろう」


「成金さんが……!?」


「うむ、私に任せて欲しいだろう」


 元々成金に頼っていた町長から異論が出るはずもなく、成金はエプロンをつけてキッチンに立った。

 しかし、成金に料理を作れるのかという不安がよぎる。


 まず成金は札束を用意した。

 町長が困惑した顔をする。


「どうするんだね、それを?」


「こうするだろう」


 成金は紙幣を折りたたんだり、重ね合わせたりして、何かを作り始めた。まもなくそれは完成した。


「どうだ、鍋だろう」


「鍋……!」


 見事な紙鍋ならぬ“紙幣鍋”が出来上がった。


 続いて料理に使うその他の器具も紙幣で作り上げる。


「器用なことをするねえ」町長は感心する。


「これで料理を作るだろう」


 成金は紙幣で作った鍋や包丁、おたまを使い、シチューを作り始めた。

 シチューそのものは野菜だけのいたってシンプルなもの。

 隠し味もなく、町長からするとこのシチューが好評をもらえるとはとても思えない。


「しかし……紙の鍋というのは燃えないものなのだな」


「中に入っているシチューのおかげで、紙が燃える温度にまで達しないだろう。だから煮込むことができるだろう」


「なるほど……」


 シチューが出来上がり、皿に盛りつける。

 やはり見た目も匂いも平凡で、町長は懐疑的な眼差しを向ける。


「では持っていくだろう」


 成金はエスクードに自身の作ったシチューを差し出した。


「おや、シチューですか」


 これまでにも散々シチューを出されただろうに、嫌な顔一つしない。しかし、心の中では「このシチューも自分を満足させることはできないだろう」とため息をついていることは想像がつく。


「とにかく食べて欲しいだろう」


「分かりました。いただきます」


 エスクードはスプーンでシチューをすくい、それを口の中に入れた。

 その瞬間――


「こ、この味は……!?」


 エスクードの反応が今までと明らかに違う。町長もそれを感じ取った。


 すると、エスクードの両目から涙がこぼれ落ちた。


「母さんのシチューの味だ……!」


 エスクードは涙を流しながら、シチューを頬張る。

 みるみるうちに皿の中は空になってしまった。


「ありがとうございました……!」


 母の味を堪能したエスクードは感激している。


 町長は目を丸くし、たまらず成金に問いただす。


「成金さん、これはどういうことだ!? 今までどんな料理人も彼を満足させることはできなかったのに……」


「インクだろう」


「インク……!?」


 成金は100リエン札を一枚取り出す。


「私が作ったのは何の変哲もないシンプルなシチューだが、この紙幣に印刷されたインクがエスクード氏の思い出の味に変えただろう」


「なぜインクが……!?」


「彼のお母さんはおそらく研究や読書でインクにまみれた手で、料理をしていただろう。だからシチューにわずかにインクが混入してしまっていただろう。これこそがエスクード氏の“思い出の味の秘密”だったろう」


「そういうことか……!」


 成金の種明かしに町長も納得する。


「しかし、インクが混ざったシチューなど、食べて体に毒ではないだろうか?」


「ごく少量だし、植物性のインクなので問題ないだろう」


 成金がこう言い切るのだから、体にも悪い影響はないようだ。


 後日、エスクードは満足した様子で母国に帰っていった。接待を申し付けられた町長も面目が立ち、喜んでいる。


 自宅にてローザの作った紅茶を飲みながら、成金は幸せを噛み締めるように微笑んだ。


「どうだ、みんなの顔が明るくなったろう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ