第8話 どうだ、放火犯を退治するだろう
三件目の放火事件から一週間が経った。
もう二度と次の被害を出すまいと町の警備は見直され、もはや放火犯が次の事件を起こすことはないと思われた。
だが――
「バカな奴らだ……俺の予想通りに動きやがる」
闇夜に紛れるような黒いコートを着た男が、次にターゲットにしたのは――
「ここだ……」
なんと成金の邸宅だった。彼の住所は南区域であり、今までの法則性と外れる。
「東西南と放火をすりゃあ、次は絶対北に行くだろうと思うよな。まんまとかかりやがって、単細胞どもが……」
油を染み込ませた藁を置き、松明で火をつけようとする。
「さあ、派手に燃えてくれよ……」
だが、その松明は飛んできた何かに弾き飛ばされた。
「な、なんだ!? これは……コイン!?」
コインが飛んできた方向に振り向くと、三人の人間がいた。
成金、令嬢ソフィア、番兵ダイムである。
「どうだ、そこまでだろう」
成金が言い放つ。
「これ以上好き勝手はさせないわよ」
ソフィアも顔に怒りをみなぎらせている。今のコインは無論ソフィアのものである。
「なんで……? 警備は北区域に集中してるはず……!」
「これはダイム君の手柄だろう」
成金に促され、ダイムが説明する。
「俺は地図を見て、次に犯人が狙うのは北区域だって思ったんだ。これにはみんなが納得した。だけど、同時に疑問に思ったんだ。明らかに出来すぎじゃないか、って」
ダイムはポケットから将棋の「歩」の駒を取り出す。
「これは俺が今ハマってるボードゲームの駒でね。がむしゃらに駒を進めれば勝てるってゲームじゃないんだ。そのゲームをやる時の視点で地図を見ていたら……なんとなく敵の次の一手が見えてきたんだ。次の狙いは……将棋でいう飛車や角といっていい、成金さんの家じゃないかってね!」
放火犯は将棋のたとえにはピンときていないが、悔しさをにじませる。
「くっ……!」
成金が歩み寄る。
「さあ、観念するだろう」
放火犯はニヤリと笑った。
「観念? するわけねえだろうが!」
黒いコートを脱ぎ去る。
すると、放火犯はホースのついた樽を背負っていることが分かった。
三人が驚いたのも束の間――
「焼き払ってやるぜぇ!」
ホースからは強烈な火炎が噴き出した。
三人もとっさにかわす。
「なんなのあれ!?」ソフィアが疑問を口にする。
成金は交易商でもあるため、知識は豊富である。樽の正体を瞬時に推測する。
「おそらく樽の中には炎の力を宿す魔力石が詰まっているだろう。だから火炎を放射できるだろう」
「そうさぁ、このまま町ごと焼き払ってやるぜぇ!」
この言葉に番兵であるダイムは憤る。槍を構えて突進する。
「そんなことさせるかぁ!」
「ダイム君、危ないだろう!」
火炎が放射され、ダイムの顔をかすめる。
「うわぁっ!」
「大丈夫だろう!?」
ダイムの顔は少し黒ずむ程度で済んでいた。跡が残るものではない。しかし、ダイムの表情は暗い。
「す、すみません……成金さん。俺、役に立てなくて……」
成金は首を振る。ソフィアも責めようとはしない。
「そんなことはないだろう。君がいなければ私の家は危なかっただろう」
そして、放火犯に向き直る。
「許せないだろう」
「許せないならどうだってんだ!?」
「君を退治するだろう」
「やってみやがれぇっ!」
放火犯は成金めがけ火炎を放つ。
「成金さん!」
「成金ッ!」
ダイムとソフィアが叫ぶ。
「大丈夫だろう」
成金は100リエン札を使って、炎を飼いならすように受け流していた。
「な、なんだとぉ……!?」
「私相手に炎で勝負を挑むのはあまりにも愚かだろう」
今度は成金が自分の紙幣に火をつける。
その炎は放火犯の炎とは比べ物にならないほど美しく、眩しかった。
「ま、まぶしっ……!」
「どうだ、明るくなったろう」
成金はその太った体からは想像もつかない俊敏さで間合いを詰める。
「君の放火のせいで皆が痛い出費をしただろう。札束の痛みを味わうだろう」
成金は手首のスナップをきかせ、放火犯にビンタをかました。
「ぶげえっ!」
この一撃で放火犯はあっけなくダウンした。
「さすが成金ですわ!」
「すごいや……!」
見ていた二人も褒め称える。
「どうだ、大人しくお縄につくだろう」
「ぐ、ぐぞ……!」
放火犯はうめきながら、背負っていた火炎放射装置を下ろす。
そして、樽の側面にあるボタンを押そうとする。
成金は即座にその行為の危険性に気づく。
「いかんだろう!!!」
だが、そのボタンが押されることはなかった。ソフィアの弾いたコインが彼の右手に突き刺さったのだ。
「いぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」
すかさず成金は放火犯にトドメの札束ビンタを喰らわせ、失神させた。
成金はほっと一息つく。
「危なかっただろう。おそらくあれは中の魔力石を爆発させるようなボタンだったろう」
「オホホホ、私にも少しくらい見せ場がありませんとね」
美しく笑うソフィアに、成金は以前の彼女とは違うと実感する。
そして、放火犯が持っていた火炎放射装置に目をやる。
「それにしてもこの装置、ただの放火犯が持っているような代物ではないだろう」
考え込む成金に、ダイムとソフィアが声をかける。
「大丈夫ですよ! こいつは元々危ない奴だったんでしょうけど、たまたまこの装置を見つけて、悪の心を刺激されちゃったのでは?」
「そうですわ。ありそうなことよ」
「……」
その後、放火犯は逮捕され、王都に送られた。放火の罪は重く、極刑は免れない。
マルカの町における成金の名声もさらに高まった。
しかし、この事件は成金の心に一抹の不安を残すものとなった。
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