第7話 どうだ、連続放火事件だろう
ある夜、マルカの町で騒ぎが起こっていた。
「火事だーっ!」
「水持ってこい、水!」
「早くしろーっ!」
家屋が一軒凄まじい勢いで燃えている。
近所に住んでいる成金がすぐさま駆けつけた。
札で作った扇子を、燃え盛る家に向かって扇ぐ。
たちまち強風が起こり、炎は消し飛んでしまった。おかげで延焼は防がれた。
「どうだ、涼しくなったろう」
とはいえ、家はほとんど燃えてしまっている。
火事からどうにか逃げ延びた家主とその家族たちも、絶望している。
もちろん成金はそんな彼らへのアフターケアも忘れない。
「これで家を建て直すだろう」
と家を余裕で建て直せるほどの大金を惜しげもなく手渡す。
「あ、ありがとうございます……!」と家主らは涙を流す。
野次馬の町民が成金を褒める。
「さすが成金さん、太っ腹だねえ! だけどそんなことしてたら、あんたも破産しちゃうんじゃないか?」
「これぐらいで破産しないだろう」
「す、すみませんでしたぁ!」
成金は大富豪なのでこの程度の出費はポケットマネー感覚である。
しかし、成金の表情は険しい。
ここ最近マルカの町では火事が頻発しており、これで三件目なのだ。
「これはおそらく放火だろう」
成金の言葉に周囲がざわつく。
「放火……!?」
「でもたしかにこう立て続けに火事が起こるのはおかしい」
「怖いわ……」
成金は引き締まった顔で続ける。
「これが放火である以上、さらに犯行が続けられる恐れがあるだろう。なんとしても捕まえねばならないだろう」
すると――
「その通りですわ!」
令嬢ソフィア・ドラクマが颯爽と現れた。
「ソフィア君! どうしてここにいるだろう?」
「私の家の領地であるこの町で、放火だなんて許せません! 絶対あってはいけないことですわ!」
町民らの前でこう宣言するソフィアには、かつての性悪な面影は薄れていた。貫禄や気品すら漂う。成金もそれを感じ取る。
「君もずいぶんいい女になったろう」と微笑む。
「まぁっ!」
頬に手を当て、顔を赤くするソフィア。
「そ、そんなに結婚したいのなら、してあげても……!」
「そのつもりはないだろう」
二人の元に番兵ダイムも現れる。
「俺もやります、成金さん!」
「おお、ダイム君だろう」
「番兵として放火なんて犯罪、絶対許せません!」
「君も頼もしくなったろう。心強いだろう」
歩として己を磨き、前に進む覚悟を決めたダイムは、顔つきにもその心意気が表れていた。
ソフィアが扇子を扇ぎながらダイムを見る。
「庶民が出しゃばるのは結構だけど、せいぜい足手まといにならないようにしてちょうだいね」
「な、なりませんよ!」
成金が二人をなだめる。
「まあまあ、ひとまず作戦会議をするだろう」
成金の案内でレストランに寄る。かつて成金がコソ泥を退治してみせた店である。ウェイトレスのシンシアが三人を席に案内する。
「どうぞ、ごゆっくり」
会釈を返すと、成金はマルカの町の地図を広げた。
「地図なんか広げてどうしようっていうの?」とソフィア。
「今までの犯行地点を地図に書いていくだろう」
これまでの三件の放火を思い出し、成金は地図に印をつけていく。
「どうだ、これでいいだろう」
三つの点は綺麗に散らばっている。
「なにか法則性がありそうね……」とソフィア。
「その通りだろう」
三人はしばらく考えるが、ダイムが気づく。
「マルカの町は東西南北四つの区域がありますけど、今までは東、西、南の地区で放火が起きてますね」
「確かにそうだろう。南の区域の火事は私もすぐ駆けつけることができたろう」
成金も同意する。
「ホントだわ!」
ソフィアもうなずく。
「つまり、次に放火が起きるのは……」
「北だわ! 北の区域に間違いないわよ! さすが私だわ! オホホホホ!」
ソフィアがダイムの手柄を横取りするように高笑いする。
「……えぇとダイム君、北の区域でめぼしい建物というとどこだろう?」
「そうですね……。俺たち番兵の駐屯所、それと町長の邸宅がありますね」
「どちらが狙われてもおかしくはないだろう」
ソフィアがこれを聞いて、得意げにいう。
「つまり、北の区域を重点的にパトロールすれば次の放火を食い止められることになるわね!」
「そういうことだろう」
「よーし庶民! さっそくこの情報を持って帰って、番兵たちを北に固めるのよ!」
「わ、分かりました」
ダイムはソフィアの迫力にたじろぎながらうなずく。
「そうと決まれば、せっかくレストランに来てるのだからワインでも楽しみましょう」
「うむ、そうだろう」
ソフィアの提案に乗る形で、三人はワインを楽しんだ。
そして翌日以降、町の番兵による警備は北区域が重点的に固められ、放火事件が起こることはなかった。
だが、そんな警備をあざ笑うかのように、放火犯はさらなる犯行を繰り返そうとしていた。