第6話 どうだ、落ち込んでいる兵士を励ますだろう
マルカの町には町民が志願する番兵制度があり、彼らは町を守るべく日々訓練を行っている。
ダイムという青年もその一人であった。槍を片手に兜をかぶって鎧をつけて、町内をパトロールするのが日課だ。
しかし、彼には最近悩みがあった。
「俺はこのまま一生平凡な番兵で終わるんだろうか……」
深くため息をつく。
彼とて番兵という職業は嫌いではない。誇りだって持っている。しかし、若い彼にはもっと上を目指したい、くすぶっていたくないという思いもあった。
そこに成金が通りかかる。
「おやダイム君、どうしたんだろう」
「成金さん……」
成金は温和な笑みでダイムに近づく。
この笑顔で見つめられると、ついつい心を許してしまう。
ダイムはおのずと自分の悩みを打ち明け始めた。
「俺はこうして番兵をやってるわけですけど、このままでいいのかなって思ってまして」
「どういうことだろう」
「こうやって町を警備して、時折現れる悪い奴らを倒す。みんなに感謝される。この仕事は嫌いじゃないです。だけど、なんか物足りないっていうか。せっかくの俺の人生、このまま番兵で終わっていいのかなって気持ちが強くなってて」
成金はうなずきながら聞いている。
「じゃあ王都に行って近衛兵にでも志願してみろって話なんですけど、俺もそこまでの才能はないことは自覚してます。それにやっぱりそういうのに挑むのは怖いし、この町は好きだし……栄達を目指して何かするってこともできない。こんな中途半端なまま、俺はこの町で一生を終えるのかなって……」
暗い顔でうつむくダイム。
成金はダイムの肩に手をやる。
「ダイム君、今度君にいいものを持ってきてやろう」
「え、いいものって?」
「それは持ってきてのお楽しみだろう」
そのまま成金は立ち去る。
ダイムは独りごちる。
「成金さんのことだから、コネかなにか持ってて、どこかの戦士団でも紹介してくれるんだろうか? でも、そういうのに挑戦する勇気もないんだけどな……」
自宅に戻った成金はメイドのローザに指示を出す。
「ローザ君、大至急“輸入”してもらいたいものがあるだろう」
「かしこまりました、旦那様」
ローザは優秀な秘書でもある。テキパキと手筈を整える。
成金は彼女の働きぶりに満足する。
「これで、ダイム君も立ち直れるだろう」
***
一週間後、町を見回っているダイムの元に成金が現れた。
「やぁ、ダイム君」
「成金さん!」
「約束通り、君にいいものを持ってきただろう」
「いいもの……?」
成金が取り出したのは、マス目が書かれた木製の盤だった。折り畳むことができ、持ち運びやすい仕様になっている。
同じく木製の駒も取り出す。
「これは……ボードゲーム?」
「そうだろう。遠い東洋の国にある“将棋”というゲームだろう」
「ショウギ……」
「さっそく遊び方を説明するだろう」
「はぁ……分かりました」
近くにあったベンチに座ると、成金は将棋のルールや駒の説明を始める。
「これが王将で、全方向に動けるだろう。ただし、これを取られたら負けだろう」
「なるほどなるほど……」
そして、歩の説明に移ると――
「一番数が多くてまっすぐにしか進めない下っ端……まるで俺みたいですね」
ダイムは自嘲するように笑った。
「ではさっそくゲームを開始するだろう。あとはやりながら説明するだろう」
「分かりました」
成金もダイムも基本的なルールを知っている程度なので、無計画に駒を動かす。
やがて、成金の歩がダイムの陣地に到着した。
「さて、裏返すだろう」
歩を裏返ると「と」という表記になった。
「うわっ!?」驚くダイム。
「どうだ、と金になったろう」
「な、なんですか、と金って……」
「歩は敵陣に侵入すると、と金になれるだろう」
「ようするに出世できるってことですか」
「そうだろう。そして、と金は金将と同じ動きができるだろう。大出世だろう」
「……!」
これにダイムは衝撃を受けた。
「下っ端だったのに、金と同じ動き……」
「そうだろう。そして、君も同じだろう」
「え……」
「町の番兵を続けるのもいいだろう。よその土地に行くのもいいだろう。ただし、一つだけいえることは君もコツコツと前に進めば、いつかと金になれるということだろう」
「俺が……と金に……!」
「きっとなれるだろう。ダイム君、どんどん前に進むだろう」
「はいっ!」
成金の激励を受け、ダイムの目からは涙が溢れていた。
「これで涙を拭くだろう」
手渡された紙幣で涙を拭いたダイムの顔つきは、すっかり男前になっていた。もう悩むことはしない。1マスずつでいいからとにかく前に進んで、“と金”を目指すと決めた。
それからのダイムは、めざましい活躍をした。
パトロール中も暗い顔を見せることはなくなり、前へ前へと進む気概に満ちていた。
そんなダイムを成金も「とても立派になったろう」と褒め称えた。
そして、成金とダイムは時折将棋を指す仲になったが――
「王手ですね」
「うぐぐ……どうだ、待ったしてくれだろう」
「またですか、成金さん! これで五回目ですよ!」
ダイムには将棋の才能もあったようで、成金はすっかり勝てなくなってしまった。