第4話 どうだ、悪い令嬢を懲らしめるだろう
ソフィア・ドラクマは伯爵令嬢である。美しい金髪と海のような青い瞳を持ち、新雪を彷彿とさせる白い肌を誇り、あどけなさと高貴さを両立させた美貌の持ち主。
しかし、彼女は恐ろしい特技を持っていた。
指を使って硬貨を弾き飛ばし、その威力は本気でやれば壁にめり込むほど。
的だけを狙うのならばまだいいのだが、このソフィア、なんと人を狙うのである。
「お嬢様、紅茶をお持ち……」
「遅いわよ!」
使用人の指にコインが炸裂する。
「あいだっ!」
「罰よ。そのコインはあげるから、ありがたく受け取りなさい」
手が赤くなる程度の威力にはしてあるが、使用人からすればたまったものではない。
ソフィアの近くを蝿が飛ぶ。
「うるさいわね」
即、コインで撃ち抜く。
「私ほどお金を上手に扱えてる者はいないわ! オホホホホ!」
高笑いするソフィアだった。
そんなソフィアであるが今日は少し遠出をする予定でいる。
使用人たちをコインで脅しつつ、出かける準備をする。
彼女が目指すのはマルカの町。
ドラクマ伯爵家が治める領地の一部であり、ソフィアは時折この町に出向いて偉ぶるのが楽しみなのである。
「さあ、馬車を飛ばしなさい。でないとコインで撃っちゃうわよ!」
「は、はいっ!」
背後から狙われ、御者も戦々恐々としている。
馬車に揺られるソフィアの笑顔はまさに性悪さがにじみ出ていた。
***
マルカの町に出向いたソフィアはそのコイン飛ばしの技でやりたい放題をしていた。
自分の前を横切る町民があれば、
「無礼者!」
コインを足にぶつけて、転ばせる。
子供たちが遊んでいるボールにコインをぶつけて穴を開ける。
「オホホホ、そのコインで新しいのを買いなさいな」
野良犬が唸ってきても、すぐさまコインで撃退する。
「キャインキャイン!」
自分は貴族なので、マルカの町の住民を好きにする権利があると言わんばかりに振舞う。
女王気取りで道を闊歩するソフィアにある露店の娘が声をかけてきた。
「そこのお嬢さん、果物はいかがー? 今日はいいオレンジがありますよー!」
これにソフィアは顔を引きつらせる。
「庶民風情が……この私を“お嬢さん”などと!」
「え!?」
ソフィアのことを知らなかった娘は驚いてしまう。
「喰らいなさい!」
ソフィアは迷わずコインを発射した。まっすぐ娘に飛んでいく。
しかし、そのコインは命中することなく、何者かに弾かれた。
「私のコインが……!?」
「何をやっているだろう」
露店の娘を守ったのは成金だった。紙幣をナイフのように振るって、コインを叩き落としたのだ。
「なんなの……あなた!?」
成金は自己紹介をする。
「私はナリウス・キングマネーだろう。皆からは“成金”と呼ばれているだろう」
「ナリウス……成金……」
ソフィアも耳にしたことがあった。マルカの町に紙幣を武器のように使う金持ちがいるということを。
「なるほど、あなたが成金なのね。紙幣を燃やしたりして、活躍してるっていう」
「そうだろう」
「それで? なぜ私のコインを弾いたの?」
「それはもちろん、君が悪いことをしているからだろう」
ソフィアは高笑いする。
「悪いことですってぇ? オホホッ、貴族が庶民を痛めつけて何が悪いっていうの?」
全く悪びれないソフィア。成金はかまわず続ける。
「しかも君はお金を粗末にしているだろう」
「お金を粗末に!? あなたにだけは言われたくないわよ! 私と同じようなことをしてるって聞いてるわ!」
成金は首を振る。
「全然違うだろう」
「なんですって……!?」
「君はただお金を粗末に使っているだけだろう。私はお金と信頼し合っているだろう」
ソフィアの怒りが頂点に達する。
「意味が分からないわよ! だったら教えてもらおうじゃない! あなたとお金の信頼関係ってやつをね!」
「いいだろう。君にはこの100リエン札一枚で十分だろう」
成金は一枚だけ紙幣を取り出す。
「そんな紙切れで何ができるってのよォ!」
ソフィアが右手からコインを発射する。先ほどまでと違い、怪我をさせてもかまわないというほどの威力だ。
しかし――
「ぬるいだろう」
成金は100リエン札の一振りで弾き飛ばす。
「なんですってえ!?」
「君の力はせいぜいこんなものだろう。コインの扱いが下手すぎるだろう」
この挑発にソフィアの怒りはさらに高まる。
ポケットから大量の硬貨を出して、両手から乱れ撃ち。
周囲の町民も驚く。
「うわあああああ!?」
「なんだありゃ!?」
「ものすごい連射だ!」
それほどの連射であっても、成金は紙幣一枚で全て防ぎきってしまう。
そして、踏み込んで間合いを詰めると、ソフィアの首筋に紙幣を当てた。
「勝負ありだろう」
「うぐ……!」
傷つける意志はないことを示すため、成金はすぐに離れる。
「どうだ、これで分かったろう」
実力差を思い知らされ、ソフィアは唇を噛み締める。
「ま、まだよ!」
「どうするだろう?」
「私の本当の力、見せてあげる!」
ソフィアは金貨袋の中に大量のコインを入れ、それを振り回す。彼女の奥の手である。
「これは……“ブラックジャック”だろう」
ブラックジャックとは、袋などにコインや砂を詰め込んで作る殴打武器の一種。手軽に作れるが、その威力は絶大である。
「そうよ! これは紙幣じゃ防げないでしょ!?」
ソフィアの振り回す袋は凄まじい速度だった。風を切る音を立てながら、成金の体を狙う。当たればまず無事では済まない。
「謝りなさい! 私を侮辱したことを!」
「謝らないだろう」
「だったらこれでも喰らいなさい!」
成金の頭部に金貨袋が炸裂した。
かと思いきや、成金は紙幣のようなしなやかさでこれをかわした。
「な……!」
成金の紙幣による一閃。
金貨袋は切り裂かれ、大量のコインが零れ落ちた。
「私の……負けですわね」
戦意喪失し、うなだれるソフィア。散らばるコインとともに、闘志も霧散したようだ。
やがて貴族として生き恥は晒せないとして――
「……殺しなさい」
「断るだろう」
「なぜ!」
「そんなことをしたら私が捕まるだろう」
「そ、そうね」
成金は冷静だった。その場のノリでトドメを刺すような真似はしない。
「しかし、私としても君には目を覚まして欲しいだろう。君を見ていると、かつての私の友人を思い出すだろう」
「友人?」
「君のように金を粗末に、邪悪に扱う男だったろう。そして身を滅ぼしただろう。君にはそうなって欲しくないだろう」
「……」
成金の誠意を感じ、ソフィアは神妙な面持ちとなった。
「分かりましたわ」
「分かってくれて嬉しいだろう」
「だけどあいにく私、負けず嫌いなの。私がちゃんとお金との信頼関係を築けたら……また勝負して下さる?」
「もちろんいいだろう」
成金はにっこり笑った。ソフィアの改心が嬉しかった。
「そして私を一流のレディと認めて下さったら……私と結婚して下さる!?」
この言葉にはさすがの成金も目を丸くする。
「ちょ、ちょっと待つだろう」
「いいじゃない」
「私と君とでは年の差があるだろう。親子でもおかしくないだろう」
「年の差なんて、愛の前には無力ですわ!」
成金が令嬢に言い寄られる光景を、周囲の人々は驚いたり、あるいは笑ったりしている。
ひょんなことから若い娘に惚れられてしまい、成金は苦笑する。
「これは困っただろう」
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