第3話 どうだ、銭湯を温めるだろう
マルカの町は東西南北四つの区域で構成されており、成金は南区域に住居を構える。
彼は大富豪だが、決して大豪邸に住んでいるわけではない。
家族はなく、メイドのローザと二人暮らしをしている。ローザは長年成金に仕えるベテランのメイド。もっともローザとは健全な主従関係を築いている。
「ではローザ君、ちょっと出かけてくるだろう」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
成金が道を歩いていると、近所の住民から挨拶される。
「よぉ、成金さん!」
「おはようだろう」
成金は大富豪でありながら、どんな相手にも気さくに接する。
「そういえば聞いたかい、成金さん」
「なんだろう」
「今度この町にも銭湯ができるらしいよ」
「銭湯だろう!?」
成金の目の色が変わる。
クローネ王国では銭湯事業も盛んであり、成金も見かけた時は必ず入るほど銭湯に目がなかった。しかし、マルカの町にはこれまで銭湯がなかった。
「これは嬉しいだろう」
成金はその太った体でスキップしながら、銭湯がオープンするという場所に向かった。
すでに工事が始まっており、近日中に開店するという。
「一つ楽しみが増えただろう」
成金は再びスキップして邸宅に戻ると、ローザに報告する。
「銭湯がまもなくできるだろう」
成金と付き合いの長いローザも微笑む。
「旦那様はお風呂好きですからね」
成金の自宅にも風呂はあるが、皆で湯船につかる銭湯はまた格別である。
「うむ、開店したらすぐに入りに行くだろう」
***
二週間後、ついに銭湯オープン日となった。
銭湯の建物周辺は、早く銭湯に入りたい人でごった返している。
その中には成金もいた。
「早く入りたいだろう」
「背中を洗ってやるよ、成金さん!」
「ありがとうだろう」
待っている間、銭湯談議に花が咲く。
ところが――
銭湯の運営責任者であるマットという男が謝罪した。
「皆さん、申し訳ない!」
ざわつく住民たち。
成金の心も穏やかではなくなる。
「この銭湯の仕組みは薪を炎の魔力石で燃やしてお湯を温める仕組みになってるんですが……炎の魔力石が届いてなくて……」
流通でトラブルがあり、重要な火種となる魔力石が届いていないらしい。
これでは銭湯の営業など不可能である。
銭湯を心待ちにしていた者達は口々に不満を漏らす。
「え~……」
「楽しみにしてたのに」
「そりゃないよ!」
針のむしろ状態で、平謝りするマット。
しかし、成金が前に進み出た。
「みんな、あまり責めるのはよくないだろう」
「成金さん……」
「商売というのは何が起こるか分からないだろう。こういうこともあるだろう」
商人として数々のピンチを乗り越え、大成功を収めた成金がいうと説得力がある。みんな黙り込んでしまう。
「しかし、私としても銭湯に入りたいだろう」
成金はマットに顔を向ける。
「というわけなので、今日は私がなんとかするだろう」
「なんとかってどうやって……」
「とにかく釜を見せて欲しいだろう」
マットと成金は湯を温める釜がある場所に向かう。
「ようするにこの中に炎を起こせればいいんですが……」
「私に任せるだろう」
成金は100リエン札を取り出した。それに火を灯す。
「どうだ、明るくなったろう」
「明るくなりましたけど……」首を傾げるマット。
成金はそのまま燃える紙幣を釜の中に放り込む。
「えええええ!?」
「これでお湯を温めるだろう」
「いいんですか!? あなたのお金なのに……!」
「いいだろう」
すると、みるみるうちに浴槽の水が熱を持っていく。
成金の紙幣は、炎の魔力石クラスの火力を発揮している。
「どうだ、温かくなったろう」
「す、すごい……!」
「さあ、これで銭湯を楽しめるだろう」
マットが集まっていた客に呼びかける。
「皆さん、お待たせしました! 銭湯に入れます! 成金さんのおかげです!」
成金が燃やした紙幣は、強く長く燃えるため、銭湯をよく温めてくれた。
客は大勢いるにもかかわらず、彼らを満足させることができた。
成金ももちろん銭湯に入り、でっぷり太った体でお湯を楽しむ。あまりの気持ちよさに、口からは思わず吐息が漏れる。
「いい湯だろう」
銭湯を楽しむ利用客たちは成金に礼を言う。
「成金さん、ありがとう!」
「かまわないだろう」
そんな中、利用客のうちの一人が成金に耳打ちする。
「ところで成金さん、ぜひ一度やってみたい風呂があるんだけど……」
「なんだろう?」
「“札束風呂”ってやつなんだけど……」
札束風呂とは浴槽に紙幣を敷き詰めて、その中に入る行為を指す。当然ながら大金持ちでなければ不可能である。庶民が憧れるのも無理はない。
これに対し成金は――
「あれはチクチクして全然気持ちよくないからやめた方がいいだろう」
どうやら成金、試したことがあるらしい。