第20話 どうだ、かつての友を思い出すだろう
国王の護衛を成功させた成金だったが、その顔からはいつもの穏やかさが消えていた。笑みもほとんど浮かべず、厳しい顔つきのまま日常を送る。
成金はある決心をする。リビングにローザを呼ぶ。
「なんでしょうか、旦那様」
「聡明な君のことだから、もう気づいているだろう」
ローザはうなずく。
「ええ、このところ旦那様は様子がおかしいです。まるで……何か“敵”に備えているようだと」
「その通りだろう」
ローザは優秀なメイドであり秘書でもある。成金としても話が早くて助かる。
「君にはしばらく暇を出すだろう。どこか違う町に行っていて欲しいだろう」
自分は何者かに狙われている。だから離れていて欲しい。成金の言っていることはこういうことである。
「分かりました……」
ローザも事情を聞いたり、あるいは食い下がったりはしない。それが成金を苦しめることになると知っているから。
「すまないだろう」
「いえ、旦那様。どうかお気をつけて……」
成金の心を知ったローザはすぐに荷物を整えると、邸宅を出発した。
これで自宅に襲撃があったとしても彼女を巻き込むことはないと成金は安堵した。
***
一人きりになった邸宅で、成金はソファに深く腰掛ける。
「ふぅ……だろう」
成金は一人の男を思い出していた。
かつて商売敵であり、親友でもあった一人の男を――
男の名はヤミノフ・キンバリーといった。
成金とは対照的に顔も体も細く、常に白いスーツを愛用し、黒い口髭がトレードマークだった。
成金との相性は抜群だった。商売のことで相談し合い、時には競争して互いを高め合った。成金はヤミノフとは生涯の友になれると信じていた。
ところが、いつしかヤミノフは金の魔力に取りつかれてしまっていた。
成金と会うたび、物騒なことばかりを言うようになった。
「俺は悟ったぞナリウス……。金さえあれば何でもできるんだよ!」
「はした金のために自殺したり、人を殺す奴は大勢いる……金の本質は“不幸を生み出す”ってことなのさ」
「俺は金で世の中を闇に閉ざしてやるんだ……!」
ヤミノフの商売のやり方は日に日に悪辣さを増していった。
欲しい土地があれば嫌がらせでもなんでもして持ち主を追い出し手に入れる。
無茶な金利で金を貸し、借りた人間を骨の髄までむしり取る。
細々と経営している店の近くにあえて自分が資本をたっぷり出した店を開店させ閉店に追い込む。
もはや金儲けがしたいというより、金を使って人々を傷つけるのが楽しくてたまらないといった風情だった。
一つの事業を成功させるたび、ヤミノフはそこから生まれた不幸を糧にして大きくなった。
友人のやることと目を伏せていた成金も、ついに我慢できなくなった。
同じ商売人として、ヤミノフを糾弾することを決意する。
成金はヤミノフのやっていることを白昼に晒し、不正は徹底的に暴き、ヤミノフのせいで不幸になった者達にはなるべく救いの手を差し伸べた。
当然ヤミノフとしても黙ってはいられない。
「なぜだ、なぜ邪魔をするナリウス!」
「ヤミノフ……金の魔力に呑まれた君をこれ以上見ていたくはないだろう」
「なんだと……!?」
「諦めるだろう。私は君を徹底的に攻撃するだろう。もはやこの王国に君の居場所はないだろう」
二人はビジネスで直接対決をし、成金はヤミノフを徹底的に叩きのめした。
破産に追い込まれたヤミノフは、まるで夜逃げするようにクローネ王国から出ていくことになった。
だが、最後に会った時のヤミノフの言葉が忘れられなかった。
「ナリウス……俺は必ずお前に復讐する! お前を闇に閉ざしてやる……!」
ヤミノフは落ちぶれ、成金は成功者となった。
あれから数十年――光の届かぬ場所で牙を研ぎ続けたヤミノフはついに成金に牙をむいたのだ。
暗黒の富豪“闇金”として。
成金はここ最近自分に降りかかった事件を思い返す。
まずは連続放火事件。魔力石を組み込んだ最新式火炎放射器を持った放火犯が、成金が住む町で家を何軒も全焼させた。
シリング村での山賊騒動。成金が来た時を狙いすましたように、武装した山賊たちが襲撃に来た。
そして先日のテロ組織の襲撃。もし国王暗殺が成功したならば、彼のいう「金の力でこの世を闇に閉ざす」という目的に大きく前進したことだろう。
しかし、いずれも成金や協力者の手によって失敗に終わった。
成金はヤミノフの性格を知っている。
次は間違いなく直接自分に来る――と確信を持っていた。
それも、己の手で。
「ヤミノフ……いや、“闇金”! いつでも来るといいだろう……!」
***
一方その頃、ヤミノフ――闇金は荒んだ町にて大勢のならず者を集めていた。
むろん、金でかき集めた連中である。
「狙いはマルカの町にいる大金持ちだ。奴はたっぷり金を持っている。この俺以上にな」
「闇金さん以上に金持ってるってマジかよ!?」
「大マジだ。だが、奴を殺せば全てお前たちのものだ!」
歓声を上げるならず者たち。
この光景を見て、闇金は黒い髭を歪ませニヤリと笑う。
「奴を殺ったら、マルカの町も好きにしていいぞ。暴れて、殺して、奪って、全てを闇に閉ざせ!」
再び沸き上がるならず者たち。
「この仕事成功させりゃ一生遊んで暮らせるぜ!?」
「闇金さんのおかげで武装はバッチリだし、薬で筋力もつけたし、負ける要素ねえよ!」
「闇金さん、サイコー!」
野蛮な声が響き渡る中、闇金は懐から小さな箱を取り出す。
「ナリウス……俺が直接出向く以上、もはやお前の命運は尽きた。なぜなら俺には“秘密兵器”があるからな。お金は世の中を明るくするもの、などと言っているお前では、闇で揉まれた俺には勝てん!」




