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第2話 どうだ、パン屋を繁盛させるだろう

 昼下がり、成金はマルカの町を歩いていた。

 特に目的もなく、ぶらぶらと歩く。彼はこういった散歩が大好きなのである。そのわりに体は肥えているが。

 しかし、あまりにも無計画に歩きすぎたため、めったに来たことがない区域に来てしまった。

 とはいえ、これもまた散歩の醍醐味である。


 しばらく歩いていると、成金は一軒のパン屋を見つけた。

 流行っていないということが一目で分かるような冴えない店だった。


「こういう店が意外とおいしいだろう」


 好奇心や冒険心がうずいたのか、成金は店に入ることにした。


 ドアを開けて中に入ると、店を切り盛りしているのはお下げの髪型をした若い娘だった。名はメイリという。


「いらっしゃいませ」


 ただし若いわりに、あまり元気は感じられない。

 このパン屋では棚に置いてあるパンを、トングでトレイに取って、会計をしてもらうシステムになっている。

 成金はトングを握ると、それをカチカチ鳴らす。


「カチカチはついやってしまうだろう」


 それから、アンパン、クリームパン、カレーパンを購入する。


 成金はメイリに尋ねる。


「この場で食べていいだろう?」


「かまいませんよ」


 許可をもらうと、成金はアンパンから食べ始めた。

 一口食べた瞬間、成金はその細い目を見開いた。


「こ、これは……!」


「どうされました?」


「とってもおいしいだろう!」


「ありがとうございます」


 メイリは微笑む。

 成金の手から瞬く間にアンパンが消える。

 さらに残るクリームパンとカレーパンもあっという間に平らげてしまった。


「とてもおいしかっただろう」成金は口を紙幣で拭う。


「嬉しいです」


「また今度、来させてもらうだろう」


 しかし、メイリは首を振った。


「それは……無理だと思います」


「どうしてだろう?」


「実はこの店、近日中に閉めることになってまして」


 成金はショックを受けた。

 彼女のパンはこれまでの人生で食べたパンでも最上位クラスに位置するパンだった。

 そんなパンを提供するパン屋がまもなく閉店してしまうという。


「ちっともお客さんが来なくて……ここらで店じまいをした方がいいかと思いまして」


 メイリは自嘲ぎみにうつむく。


「うむむ……だろう」


 せっかく見つけた穴場のような店を、このまま閉めさせてしまうのは惜しい。

 成金は決意した。


「どうだ、私に君を手伝わせて欲しいだろう」


「え?」


「私がこのパン屋を流行らせるだろう」


「えええ!?」


 成金の突然の申し出にメイリは驚いた。



……



 ひとしきり驚いた後、メイリは成金の提案に難色を示す。


「無茶ですよ。今更……」


「そんなことはないだろう」


 成金は笑った。


「君のパンは本当においしかっただろう。しかし、この店は立地もあまりよくないし、なにより宣伝が足りていなかっただろう。つまり、一度でも君のパンを食べてもらえば、みんなリピーターになるだろう」


「宣伝って……私にはそんなお金は……」


「大丈夫だろう。全て私がやるだろう」


 メイリからすれば降って湧いたような幸運であった。

 しかし、やはり遠慮してしまう。


「でもやっぱりお断りします。今日会ったばかりのあなたに、そこまでしてもらうわけにはいきません」


「勘違いしないで欲しいだろう」


「え?」


「私は私のために君を助けるだろう。君のパンをもっと食べたい、理由はそれだけだろう。だから君が気を病む必要はないだろう」


「……!」


「やろうと思えば私は君に大金をあげて専属パン職人にすることもできるだろう。だが、私としてはもっと大勢の人に君のパンを食べてもらいたいだろう。それに君もそういうのは望むところではないはずだろう」


 メイリとしても、誰かの専属になるより、みんなにパンを食べてもらいたい思いはある。成金はそんな彼女の本心を的確に読み取っていた。


「そうですね……。私、色んな人にパンを食べてもらいたいです!」


「決まりだろう」


 成金はさっそく看板を作った。


「これで客は来るはずだろう」


「まさか、看板一枚でそんなに変わるわけ……」


 メイリは看板を見て驚愕した。


『パンを一つ購入した方に、100リエンプレゼント!』


「え……!?」


 なんとパンを買った人にはお金をあげるというのだ。


「なんですかこれ!?」


「そのままの意味だろう」


「そりゃあ、たしかにこの看板なら人が来るかもしれませんけど……」


「初期投資というやつだろう」


 成金はにっこりと笑った。

 結局成金に押されてしまい、メイリはこの看板を店の前に出すことにした。


 するとさっそく、二人の若者が店に入ってきた。金髪と茶髪の二人組である。


「いらっしゃいませ」メイリが応対する。


「なんか、パン買ったら金もらえるって書いてあったんだけど……マジ?」


「マジだろう」


 金髪の青年の質問に、成金が紙幣を見せる。


「マジかよ!」


「すげえ!」


 二人は顔を見合わせて、「じゃあ買うよ!」と一番安いコッペパンを購入する。

 もちろん、成金が二人に100リエンずつ渡す。

 二人は喜んで帰っていった。

 メイリは改めて成金に確認する。


「これで本当によかったんでしょうか」


「大丈夫だろう」


 成金は自信に満ちた顔でうなずいた。


 その後も続々と100リエン目当てに客がやってくる。

 みんなパンには興味がなく、成金が渡す金だけが目当てである。


 成金は気にすることなく、客に紙幣を渡し続けた。


 やがて、パンはすっかり売り切れてしまった。


「どうだ、売り切れただろう」


「そりゃあ売れますよ。なにしろお金をあげてるんですから」


 メイリは呆れる。


「これじゃ赤字です」


「心配いらないだろう」


「え?」


「そろそろ、みんなパンを食べる頃だろう」



……



 最初にパンを買った二人組の青年。


「いやー、パン買ったら100リエンとかあの店何考えてんだろうな?」


「頭おかしいんだろきっと」


「ところでこのパン、どうする?」


「捨ててもいいけど……せっかくだから食うか」


「そうだな。おやつにはちょうどいい」


 二人は同時にコッペパンを食べる。

 そして――


「うまぁぁぁぁぁい!!!」


 同時に叫んだ。


 他の客も同様に、お金のおまけだと思っていたパンを食べ次々に――


「メチャうまい!」


「最高だぁぁぁ!」


「また買いに行こう!」



***



 次の日、メイリは成金に言われた通り、棚にパンを出していた。


「本当にリピーターが来るのかしら」


 店の外から、ドドドドドという音が聞こえてきた。成金はしたり顔をする。


「な、なに!?」


「さっそく来ただろう」


 成金の言う通り、店に続々と客が入ってくる。


「パンください!」


「私にも!」


「売ってくれ!」


 驚くメイリ。

 しかし、成金は全く驚いていない。こうなることが分かっていたという表情だ。

 たとえこちらから金を払ってでもパンを食べさせれば、その人間は必ずリピーターになると確信していた。


「まさかこんなことになるなんて……」


「これが君の実力だったろう」


「本当にありがとうございました!」


 忙しそうに接客するメイリを見ながら、成金は独りごちた。


「しかし、困っただろう。これでは私がパンを買えなくなるだろう」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 落語っぽいオチが好きです!w [気になる点] 紙幣で口を拭くのはバッチイですよwww あの成金ネタの芸人の東さんだって額を拭く程度なのに!
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