第17話 どうだ、国王と謁見だろう
城内に入った成金は、邸宅まで使者として訪ねてきた役人と再会した。
「どうだ、やってきただろう」
「ようこそ。さすがに時間通りですな」
「時間を守ることはビジネスマンの基本だろう。遅すぎるのは当然として、早すぎるのもよくないだろう」
早く着きすぎると、かえって相手に迷惑をかけることにもなる。
「なるほど。ではこちらへどうぞ」
城内は荘厳だった。
赤い絨毯が敷かれ、あちこちに石像や絵画が置かれ、一定の距離ごとに兵士が番をしている。
一説には国王以上とも評される財力を誇る成金も、これらの光景には敬意を表する。
まもなく王の間の扉に到着する。
「ここからは私は入れませんので、どうぞ」
「分かっただろう」
成金は王の間に入った。
玉座に腰かけるのはクローネ王国現国王アルジャン13世。王冠を被り、波打つような黒髪とピンと伸びた特徴的な顎鬚を持つ。
謹厳実直な王であり、彼の治世は安定しており、国民からの評価は高い。
成金は王の前にひざまずき、挨拶をする。
「陛下、お初にお目にかかるでしょう」
王の前ではいつもの「だろう」も「でしょう」に変化する。
だが、アルジャンは器の大きさを見せる。
「よいよい。ナリウスよ、貴公のことは知っている。普段通りの喋り方でかまわん。余も“成金”と呼ばせてもらう」
「それはありがたいだろう」
成金はすぐさまいつも通りの口調にする。
ただし、アルジャンがこのような措置をしたのも、これから話す内容が成金にとって厳しい内容になるからに他ならない。
「そう、貴公のことは知っている。貴公は資産家であることも、数々の功績があることも。そして……紙幣を粗末に扱っていることも」
アルジャンの目が鋭くなる。
「貴公は我が国で流通している紙幣を燃やしている……というのはまことか?」
成金はうなずく。
「まことだろう」
正直に答えた。事実であるし、ここで嘘をついても心証が悪くなるだけである。
「なるほど。正直なのはよいことだ。だが成金よ、貴公は金をなんと心得る?」
アルジャンは続ける。
「金とはそれを使って物やサービスを購入したり、あるいは人を雇うこともできる。こんな小さなコインや紙切れが絶大な効力を発揮しているのだ」
アルジャンはコインや紙幣を手でいじり回す。
「こんなコインや紙切れで人間の社会は回っている。改めて考えると滑稽ともいえる。だが、余はそれこそが人間という生き物の偉大さを表しているのではないかと考える。他の生物ではありえないことだ。世の中は金が全てとは言わんが、金は人間が生み出した英知の結晶なのだ」
そして、と成金に目をやる。
「貴公はそんな金を粗末に扱っている。これは人間社会への、ひいては人間を作り給うた神への挑戦と捉えることもできる。大げさでなくな。場合によっては貴公には厳しい処分を言い渡さねばならない。なにか弁明があるなら聞こう」
成金はゆっくりと答え始める。
「まず国王陛下、私はお金を粗末に扱ってるつもりはないだろう」
「ほう、燃やしたりしているのにか」
「燃やすことがイコール粗末に扱う、とは限らないだろう。食べ物を食べれば胃の中で溶けてしまうがそれを粗末と言う人はいないだろう。矢を放ち、外れればどこかに飛んでいくことになるがそれを粗末と言う人はいないだろう」
アルジャンは黙って聞いている。
「私は紙幣を燃やす時、本当に必要だからやっているだろう。紙幣に敬意を表しているだろう。だから粗末にしているとは考えないだろう」
これに対し周囲の重臣からは――
「詭弁だ!」
「心でどう思っていようが燃やしてる事実は変わらん!」
「ふざけるな!」
アルジャンは彼らを目で制する。
「ならばここで見せられるか? 貴公が紙幣を粗末にしているわけではないという証拠を」
「見せられるだろう」
成金は即答した。
「面白い! ならば城の重臣も見ている前で、その証拠を示してみよ!」
「分かったろう」
成金はいつものように100リエン札紙幣を取り出した。
その佇まいは、まるで剣の達人が抜刀する時のような迫力が備わっていた。
王の間に緊張感が漂う。
「では燃やすだろう」
紙幣に火がつく。
その炎はあまりにも穏やかで、美しく、見る者を魅了した。
国王アルジャンですら目を見張った。
「む、むむ……これは……」
紙幣が燃え始めてからしばらくして、重臣の一人である神官が叫んだ。
「ああああああっ!?」
「どうした!?」重臣らが驚く。
「見えます……私には見えます!」
「何が見えるのだ?」とアルジャン。
「か、金の精霊……とでもいうべき存在が……」
神官は神に仕え、さまざまな予言を行う役割を持つ。そのため霊的なものを見る目には長けている。
「私にも見えている光景、皆様にも見えるようにいたしましょう」
神官が呪文を唱えると、空中にぼんやりと女性の姿が浮かび上がった。
「これは……私も初めて見るだろう」と成金も驚く。
神官が“金の精霊”と称した存在は、静かに語り始めた。
「成金よ……今まで私を大切に扱ってくれて、そしてこうして燃やしてくれてありがとう」
「どうもだろう」
「大切に扱われ、燃やされることで私は天へと上ることができます……。ごきげんよう……」
紙幣が燃え尽きると同時に、精霊は天へと発った。
おそらく天に上り、さらに高位の存在となるのだろう。
アルジャンは一連の流れを呆然と見つめていたが、すぐに顔を引き締めた。
「認めざるをえまい……。貴公は金を粗末にしていない。それどころか“昇華させている”と――」
「ありがとうございますだろう」
成金の紙幣燃やしは一種の儀式とも評せるほど神々しいものだった。
国王直々に成金の無罪放免が言い渡された。
「貴公に関してのみ、今後も紙幣を燃やすことを認めよう。貴公ならば、社会が混乱するような真似はすまい」
正式に「紙幣を燃やしていい特権」まで手に入れることができた。今後罪に問われる心配もなくなった。
大臣がアルジャンに告げる。
「やはり、陛下の思った通りの男でしたな」
「うむ、成金よ、素晴らしい手並みだった」
「……?」
どうやらアルジャンにはまだ成金に用があるようだ。
「成金、貴公に頼みがある」
「なんだろう」
「余は今度、城下で大勢の市民を前に演説をすることになっている。その時、護衛を頼みたいのだ」
成金は「なぜ自分に」と思う。
大勢の兵を持つ国王が、試すようなことをしてまで自分に護衛を依頼するかが分からなかった。
アルジャンも成金の疑問を察したのか、言葉を続ける。
「このクローネ王国にも王政をひっくり返そうという輩がいる。分かりやすくいえば“テロ組織”というやつだ」
「物騒な話だろう」
「奴らがただ剣や槍を持って向かってくるような輩であれば、そう恐れることもないのだが、調査の結果どうも奴らのバックに強力なパトロンがいることが分かった」
テロ組織に資金提供をする者が現れたらしい。
「その資金で奴らがどんな武器を調達し、余をどんな方法で襲うか、正直申し上げて見当もつかない。かといってテロを恐れて行事を中止するような真似もしたくない。だから、外部からも優秀な護衛を募ることにしたのだ」
その結果、成金が槍玉にあげられた。
紙幣を燃やしている件について咎めたかったのは事実だが、それ以上に成金という男が護衛として雇うに足る人物か見定めたかった。
「引き受けてもらえないだろうか?」
成金はうなずいた。
「引き受けるだろう」
「おお……かたじけない!」
アルジャンは笑顔を浮かべる。
ただし、と成金は付け加える。
「条件があるだろう」
「なんだ? 報酬はたっぷりと……」
「今さらお金はいらないだろう」
「貴公に言われると腹も立たぬな」
アルジャンは苦笑する。
「それで、条件とは?」
「もう二人ほど、推薦したい人材がいるだろう」
成金のこの提案は快く受け入れられた。
その後、ひとしきり歓待を受けた後、成金はマルカの町に帰宅する。
一つ間違えば投獄や全財産没収もあり得た謁見だったが、成金は見事乗り越えてみせたのだった。




