第15話 どうだ、決勝戦だろう
闘技大会もついに決勝戦。
闘技場絶対王者・拳法家ギルダーに対するは、紙幣を駆使して決勝まで勝ち進んだ成金だった。
この予測不能なカードに、観客も大いに沸く。
すでに老師ルドをめぐって因縁ができている二人は真っ向から睨み合う。
「成金とやら……。師匠と同じ目にあわせてやるさ」
「そう簡単にはいかないだろう」
ギルダーが掌底を打ちやすい体勢の構えを取る。一方の成金も構えるが、紙幣を出していない。
「なぜ札を使わない?」
「君に使う必要などないだろう」
この挑発に顔をしかめるギルダー。
試合開始の太鼓が鳴る。
ギルダーは地面を踏み砕く勢いで駆け出し、成金に掌底を浴びせる。
――が、成金はふわりとした身のこなしでかわした。
「なに……!?」
さらに追撃するが、一向に当たらない。
「なんだその動きは……!?」
「紙幣のように舞うだろう」
風に吹かれた紙幣は、ふわりと舞い、中空を漂う。
成金は大富豪だけあって、紙幣の動きを完璧にトレースしていた。
しかも――
「紙幣のように刺すだろう」
成金の拳がギルダーの胸を直撃した。
「ぐふっ……!」
もしも紙幣が超高速で飛んだら恐るべき武器となる。
成金は大富豪だけあって、紙幣の動きを完璧にトレースしていた。
「どうだろう」
「なるほど、やるな……」
ギルダーの目つきが変わる。
「だが、この程度で俺を倒せると思ったら大間違いだ!」
再びギルダーが踏み込む。先ほどよりも明らかに速い。成金の体術を見て、闘技場王者がついに本気を出した。
「せあっ! せいっ! はあっ!」
紙幣のように舞う成金だが、ギルダーの攻撃スピードに反応が遅れ出す。
「もらった!」
必殺の掌底。これを成金は札束を取り出してガードした。掌底を受けた札束は弾け飛んだ。恐るべき威力である。
紙幣を出さないと宣言した成金が、その宣言を破らされた格好だ。
「紙幣を……出したな」ギルダーがニヤリと笑う。
「君を侮っていただろう」成金も追い込まれたという事実を認める。
ギルダーは本気を出し、成金は紙幣を出した。試合は加速する。
再びギルダーが突っかける。成金はカウンターで札束ビンタをお見舞いする。ギルダーは大きく吹き飛んだ。
だが軽い身のこなしで難なく着地してしまう。
成金は札束を両手に取り出す。
「これは本気でやるしかないだろう」
ここから成金とギルダーの息もつかせぬ攻防が繰り広げられる。
ギルダーの蹴りをかわしての成金の札束ビンタ、をギルダーはガードして成金に掌底を打つも、成金もこれをしゃがんでかわし、下からアッパーカットのように札束ビンタをするが、ギルダーもスウェーで避ける。
二人のハイレベルな攻防に、多くの試合を見ている観客たちも唾を飲み込む。
「やるだろう」と成金。
「あんたこそな」とギルダー。
ギルダーは得意の掌底を放つが、これはフェイント。本命は足払いだった。ギルダーの右足が成金の足に命中し、よろけさせた。絶好のチャンスである。
「シイッ!」
ギルダー渾身の掌底が成金のボディにめり込んだ。
あとは体内に衝撃が伝わり、成金に致命的な大ダメージを与えるはずである。
だが、成金は口を開いた。
「君に金持ちになるコツを教えるだろう」
「……なに!?」
「蓄えてばかりではダメだろう。たまには放出しなければならないだろう」
「!?」
成金はそう言うと、手に札束を持ち、そのまま掌底を放った。
「君の衝撃を返すだろう」
成金の札束掌底は、ギルダーの掌底による衝撃をそのまま返した。
貯蓄だけで大富豪になることは難しい。時に散財してこそ、人は大金を得られる。
金を蓄えるタイミング、放出するタイミングを熟知している成金だからこそ可能な絶技だった。
「ぐはぁっ……!」
さすがにこんな技は想定していなかったギルダーはまともに喰らい、闘技場の壁際まで吹っ飛んだ。
ギルダーは立ち上がることができず、ここで試合終了となった。
「まさか、衝撃を蓄えて……放出してくるとは……思わなかった……」
成金は自身の太った腹を叩いた。
「このお腹だからできたろう。もう少し痩せていたら、衝撃がすぐさま体の芯に届いてしまったろう」
これを聞いたギルダーは口元を吊り上げる。
「ふふ……完敗、だ……」
そして、成金の勝利が宣告される。
「闘技大会優勝はナリウス・キングマネー選手です!」
会場が沸騰する。
成金は「久しぶりに本名で呼ばれた気がするだろう」と微笑んだ。
***
医務室にて師弟が再会する。
成金に敗れたことでギルダーもすっかり憑き物が落ちていた。強大な壁にぶつかったことでようやく暴走をやめられた格好だ。
「師匠……申し訳ありません。俺はあなたを殺そうとまでしてしまい……」
「気にするな。ワシらは拳法家同士正々堂々立ち合っただけのこと」
ベッドに横たわるルドも、ギルダーに殺されかけた件はあくまで試合だったとして水に流すようだ。
師弟の和解を見て、成金も嬉しそうに微笑む。
しかし、まだ残っている問題もある。
「ギルダー君、君の恋人はどうしているだろう」
「この町の病院で……未だ寝たきりです」
「分かっただろう。ならば起こしてみるだろう」
「え!? 起こすって……」
これには答えず、成金は出発しようとする。
「さっそく向かうだろう」
「分かりました……」
「ワ、ワシも行こう」
成金に促され、三人は病院に向かった。
***
レアルの町郊外にある病院で、ルビアは眠っていた。
呼吸こそしているものの、一向に目を覚まさないという。点滴などで栄養補給しているとはいえ、このままでは衰弱する一方である。
成金はルビアを一通り診察すると、こう結論付けた。
「脳に衝撃を与えれば、彼女は目を覚ますだろう」
成金は乱暴な方法を提案する。
「衝撃ってどうやって……?」
「ギルダー君、体内に衝撃を与えるのは私より君の方が得意だろう」
ギルダーは驚く。
「ちょっと待って下さい。俺に彼女に掌底を叩き込めと?」
「その通りだろう」
「バカな……できるわけがない! 俺は彼女を愛している!」
「だからこそ、だろう。このまま放っておいても彼女は目を覚まさないだろう。寝たきりになっているうちに筋肉も内臓も弱って、死んでいくだろう」
その通りではあった。
このままルビアを寝たきりにしていても、助かる見込みは限りなく低い。
「しかし、どのぐらいの力でやればいいのか……」
「彼女の頭に304枚の札束を置くだろう。ここに君の全力を叩き込めばいいだろう」
成金がいうには、ギルダーの掌底を受けたことでその衝撃の程度は体感できたという。
そして、304枚の紙幣をクッションにすれば、彼女の脳を覚醒させるのにちょうどいい衝撃になるというのだ。
「数字の304は“さまし”とも読めるから、目覚めさせるには縁起もいいだろう」
こう付け加えると成金はルビアの額に304枚の札束を置いた。
「さあ、やるだろう」
「しかし……もし失敗したら……!」
「このまま放っておいても彼女は助からないだろう。あとは君の心一つだろう」
ギルダーはルドをちらりと見る。
ルドはうなずく。
「……分かりました。俺が彼女を助けてみせる!」
呼吸を整え、ギルダーは全力の掌底を彼女に打ち込む。
その衝撃は札束で緩和され、ルビアの脳を刺激する。そして――
「ん……」
ルビアの目が開いた。
「ルビア……!」
険しかったギルダーの顔が緩む。
「あらギルダー……どうしたの? 私、ずいぶん長い夢を見てたみたい……」
「ルビア……ルビア! ルビアーッ!」
ギルダーはルビアの体を優しく抱きしめる。状況が分かっていないルビアだったが、その抱擁を黙って受け入れる。
成金はその様子を見て、そっと病室を出る。
するとルドもついてきた。
「成金殿、あなたには本当に世話になった」
ルドは深々と頭を下げる。
「あなたは弟子のみならず、ワシの孫娘まで救ってくれたのじゃ……」
孫娘という言葉に成金は目を丸くした。
「ルビアさんがあなたの孫だったとは驚いたろう」
「そうじゃ。ワシはあなたのおかげで大事なものを二つも取り戻すことができた」
「力になれて、なによりだろう」
成金もいつもの温和な笑みを返す。
次の日、ルド、ギルダー、ルビアの三人に見送られ、成金はレアルの町を後にする。
その顔は実に満足げだった。
「どうだ、いい試合ができただろう」
楽しんで頂けたら、評価ブクマ感想よろしくお願いいたします。




