第12話 どうだ、老いた拳法家からの依頼だろう
マルカの町の大通りを小柄な老人が歩いていた。
「彼しかいない……彼に頼まねば……」
ぶつぶつと独り言を漏らしているうち、一人の青年とぶつかってしまう。
「いってえ……」
「おお、すまんかったのう」
ぶつかった相手が悪かった。青年は喧嘩っ早いことで有名だった。
「すまんで済むかよ! ああん!?」
青年は老人に殴りかかった。
これをかわすと、老人は青年の脇腹に掌底を叩き込んだ。
「ぐほっ!?」
ほんの軽い一撃のようだったが、青年は青ざめた顔で苦しみ始める。
「あう、ぐぐぐ……!」
「すまんのう。一分もすれば歩けるようになるはずじゃ」
老人は拳法家だった。彼が探し求める相手とは――
「どこにいるんじゃ……成金殿!」
***
成金は自宅の玄関前で体操をしていた。健康な体でなければ健全な商売はできないので、彼は自分の体にも気を使っている。
「おいっちに、おいっちに、だろう」
一通りの体操を終えると息を吐く。
すると、突如大声が轟いた。
「おおおおおっ!!!」
「な、なんだろう」
成金がビクッとしながら振り向くと、そこには老人が立っていた。
「その白髪頭、白髭、温和そうな顔、そして太った体、間違いない! あなたが成金殿だな!?」
「いかにも私が成金だろう」
老人は感激した様子で自己紹介を始める。
「ワシは拳法家のルドと申す。あなたに頼みがある!」
「なんだろう」
「ある男を倒して欲しい! もはやあなたにしかあいつは倒せんのじゃぁぁぁぁぁ!!!」
肩を掴み興奮した口調のルドに、成金も狼狽する。
「ちょっと待つだろう。とりあえずリビングに案内するだろう」
……
リビングのソファに座り、テーブルを挟んで向かい合う二人。
ローザが出した紅茶を一口飲むと、成金が切り出す。
「話を聞かせて欲しいだろう」
「実は……ワシには弟子がいる。名はギルダーといい、奴もまた拳法家なのじゃ」
昔話が始まる。
「ギルダーは優秀な弟子じゃった。心身ともに充実しており、将来は素晴らしい拳法家になるとワシも期待していた。しかし……事件が起こった。ギルダーは恋人のルビアとデート中に暴漢の集団に襲われた。ギルダーはどうにか勝ったのだがその戦闘の最中、ルビアは巻き込まれ、暴漢の一撃を喰らってしまい……寝たきりになってしまったのじゃ」
「……」
「それからギルダーは変わった。心身を鍛えるような健全な拳法では恋人すら守れないと考え、ワシの元を離れた。しばらくして、あやつはレアルの町にいることが分かった」
成金にも話が読めてきた。
「レアルの町には……王国で一番の“闘技場”があるだろう」
ルドはうなずく。
「その通り。ギルダーは拳法で闘技場の王者として君臨していた。あの闘技場は武器や魔法もアリの闘技場であるにもかかわらずじゃ。ギルダーの戦い方も変貌していた。相手に重傷を負わすような技ばかりを繰り出し、その姿はまるで血に飢えた狼じゃった」
ルドも闘技場でギルダーの戦いぶりを見て、戦慄を覚えた。
「あやつを止めるにはもはやワシでは不可能だ。そんな時、あなたの噂を聞いた。紙幣を手足のように操り、放火犯を退治し、山賊の集団をも返り討ちにしたとか。あなたならきっとギルダーに勝利し、奴を止める事ができるはずじゃ!」
ルドが頭を下げる。
「本来はワシがやるべきことなのじゃが、こんなジジイではもはやそれもかなわん。どうかお願いじゃ! ギルダーを止めてくれ! このままではあやつは本物の修羅になってしまう! そうなればもう拳法家としては再起できん……!」
成金はルドの肩に手を置く。
「頭を上げるだろう。わざわざ私を訪ねてくれた老師の頼みを、私としても放っておけないだろう。引き受けるだろう」
「おお……ありがとう!」
「とはいえ、どうすればギルダー君と戦えるだろう?」
「今度闘技場で大会が開かれる。年に一度開かれる名誉ある大会で、その大会では王者であるギルダーも一参加者として出場することになる。あなたにはそれに参加してもらいたい。組み合わせ次第ではすぐに戦うことができるかもしれん」
「分かっただろう」
こうして成金は闘技大会に出場することになった。
闇に堕ちた拳法家に、明るさをもたらすために。
***
一週間後、成金はレアルの町にいた。
レアルの町は、規模はマルカの町とほぼ同じぐらいである。
しかし、町の施策で武芸を奨励しており、住民もマルカの町に比べると筋肉質な者が多い。
そして、なんといっても目を引くのが町の中心部に鎮座する闘技場。
石造りの円形闘技場であり、ここで行われる戦いは日々町民たちに興奮と熱狂を与えている。また重要な観光資源になっていることもいうまでもない。
老師ルドと共に、成金も闘技場に到着する。
「ここじゃ……」
「なかなか立派な建物だろう」
「うむ、そして今この闘技場の王者は……我が弟子ギルダーじゃ」
おさらいするように言うと、ルドは苦虫を噛み潰したような表情をする。
ギルダーはここで必要以上に相手を痛めつけ、降参した相手を追撃するなどといった勝利を重ねている。
「大会は闘技場入り口の受付に申し込めば、誰でも出場することができる。それではよろしく頼む」
「分かっただろう。後は任せるだろう」
ルドと別れ、成金は受付に向かう。
黒スーツに黄色いネクタイという、彼の身なりを見た受付の男はすぐさまこう告げる。
「観客の方? ここは選手申し込みの受付で……」
「申し込みたいだろう」
「ええっ、あんたが!? 大会に出るの!?」
「そうだろう」
驚きつつ、受付の男は手続きを進めてくれた。
申し込み手続きは書類に名前と職業を書き、「怪我をしたり死んでも文句は言わない」という文面にサインをするというシンプルなものだった。
「ホントにいいのかい? この大会はレベルが高いよ。国のあちこちから腕自慢が参加するんだから」
「大丈夫だろう」
成金は闘技場の試合に出るのは初めてだが、自分が興奮を覚えているのが分かった。
ワクワクを抑え切れず、つい笑みを浮かべてしまう。
「私もまだまだ男の子だろう」




