第1話 どうだ、明るくなったろう
クローネ王国のマルカという町に、一人の大富豪が住んでいた。
交易を始めとした幅広い事業で一代にして財を成し、一説には国王よりも金持ちなのではという声もある。
彼の名はナリウス・キングマネー。白い髪と白い口髭を携え、常に黒いスーツを着用し、穏やかな笑顔を欠かさない紳士である。
人々は尊敬を込めて、彼のことをこう呼ぶ。
“成金”と――
ある日の夜、成金はレストランに食事に来ていた。
すでに日は暮れているが、魔力によって灯るランプ“魔力灯”のおかげで、店内は明るい。この発明がなされるまでは、日没で閉店になってしまう店も多かった。
成金は前菜のサラダ、スープ、メインの魚料理を大いに楽しんだ。
デザートのチーズケーキもフォークで笑みを浮かべつつ食べる。甘いものには特に目がないのである。
ウェイトレスのシンシアが、成金に感想を聞く。
「いかがでしたか?」
「とてもおいしかったろう」
この言葉にシンシアも満足そうに微笑む。
ところが、アクシデントが発生する。
店内の魔力灯が一斉に消えてしまったのである。
真っ暗になってしまった。
「なんだなんだ?」
「どうしたんだ?」
「怖いわ……」
暗闇の中で客たちの声が響く。
すかさずレストランの支配人が、店内の客を落ち着かせようと動く。
「皆様、申し訳ありません! 魔力灯にトラブルがあったようです! すぐに復旧をいたしますので――」
ひとまずこれでパニックにはならなかった。
成金も落ち着いた様子で席に座っている。これがもし通常のトラブルであったなら、彼は全面的に店を信頼し、自分から動くことはなかった。
しかし、彼はこの騒動の裏に潜む闇に気づいていた。
「悪さをしている者がいるだろう」
こうつぶやくと、成金は懐から紙幣を取り出した。
そして、100リエン紙幣に火を灯す。“リエン”とはクローネ王国の通貨である。100リエンは多少の贅沢ができる額であるが、彼は惜しげもなく燃やした。
紙幣が燃えると、その炎でたちまち店内はぱぁっと明るくなった。
成金は得意げにつぶやく。
「どうだ、明るくなったろう」
いきなり店内が明るくなり、人々は驚いた。
シンシアも唖然としている。
「お金を燃やして明かりを……!」
成金は周囲を見渡すと、まもなく目当ての人間を見つけた。
「招かれざる客がいるだろう」
細身で人相が悪い男が、客のバッグを物色していた。バッグの持ち主は驚いている。
「くそっ、なんで急に明かりが……!」
「君の企みは分かっているだろう」
成金は続ける。
「君はレストランの魔力灯に仕掛けをし、店内を暗くしただろう。それから店内に忍び込んで、客の持ち物を盗もうとしただろう」
男は舌打ちする。全て当たっていたようだ。
「ちっ、この“ハイエナ”のリーが盗みの現場を押さえられちまうなんて初めてだぜ!」
この名前に一人の客が反応する。
「“ハイエナ”のリーといえば、賞金もかかってる大物コソ泥じゃないか! 確か夜目が恐ろしく利くとか……」
大物なのか小物なのかよく分からない悪党であった。
いずれにせよ悪党には変わりない。成金は自首を勧める。
「大人しくお縄につくだろう」
「ケッ、こうなったらしかたねえ……お前を切り刻んで金を奪ってやる!」リーはナイフを取り出す。
「悪党らしい開き直りだろう」
「うるせえ!」
リーは成金にナイフで切りかかってきた。
悲鳴を上げるシンシア。
だが――
「無駄だろう」
成金は札束でナイフを受け止めていた。
さらに一枚の紙幣を取り出し、ナイフに一閃する。
ナイフの刃が切れてしまった。
「な……!?」
「研ぎ澄まされた紙幣は、ナイフにも勝てるだろう」
しかし、それでも諦めないリーに対し、成金は札束ビンタを見舞う。
手首のスナップをきかせた強烈な一撃だった。
「ぶげえっ!」
悪党としてまさに悪あがきしたリーだったが、これであえなく失神してしまった。
「どうだ、悪は滅びるだろう」
華麗にコソ泥を退治してみせた成金に対し、レストランの客は拍手を送った。
ウェイトレスのシンシアもその強さと紳士ぶりに見とれている。
すると、成金とは旧知の仲にある支配人が言った。
「久しぶりにあの人が戦うところを見たな」
「え……?」
「彼の名はナリウス・キングマネー。彼を知る者は尊敬を込めて、みんな彼をこう呼ぶよ。“成金”とね」
成金の活躍譚はまだ始まったばかりである。
連載形式となります。
よろしくお願いします。