五の①
五
青木と小川の二人は、少ない所持金と野生の勘とで、何とか空港から事務所にまで帰り着くことができた。が、その頃には既にとっぷり日は落ちて、電車内では帰宅ラッシュに呑まれた。
事務所に着くと、二人はインスタント食品をすすり、青木は晩酌をすすめる。小川はぼうっとテレビを眺めると、そのまま事務所に泊まりこんだ。
青木は、隣の部屋に寝室があるのに、椅子にもたれたままで眠ってしまい、小川も家に帰らず、応接間のソファーに横になっていた。二人は帰ってから、一度も事件のことを口に出しはしなかった。
事務所の窓のブラインドから朝の光が差し込むようになっても、二人は一向に起き出す気配がない。しかし、いつも規則正しく、早朝六時には起床する小川がたまらず自分でかけていた布団をのけ、小走りで窓際に駆け寄りブラインドをぎこちなく開けると、青木を叩き起こした。
「ああん? 眠いから……寝かせて」
「何ねぼけたこと言ってるんですか! もう出発しますよ!」
青木は眠い目をしぱしぱさせながら椅子に身を預けるのをやめ、机に腕を置いて寄りかかった。一晩中青木の体重に耐え続けた質素な椅子は、青木がそこで動作するたびギイ、ギイと悲鳴をあげている。
「おい、マジで行く気か?」
青木はまぶた半開きの状態で、小川の顔色をうかがった。
「行く……しかないでしょ」
青木はその言葉を聞くと、数秒空けて、「へぇーいぇ」とでっかいため息をつくと、机をバンと叩き、そのまま立ち上がった。椅子が後ろの壁にガンと衝突した。災難な椅子である。
リンからの手紙には、パラダイス島への道順が大まかに記してあった。そして一言、ここへ行ってみてください、と。それはリンが初めに告げたように、現在地からはあまりに遠かった。
「おい、おがわぁ、準備しろ」
「準備って……青木さん。パスポート持ってますか?」
「ああ、そこの棚だ」
「僕、家から取ってきますね」
小川が出て行くと、青木は一人取り残された部屋で身支度をはじめた。ワイシャツを着て、昨日と同じ革ジャンを羽織り……昨晩風呂に入っていないのを忘れていた。
青木が風呂からあがってくると、既にそこでは小川が万全の準備を整えて待っていた。昨日は土色のベレー帽だったが今日は紺である。ブレザーも同じ色で、茶色の小カバンを肩から身につけている。
「はい、はい」
小川は手際よく青木に衣類を手渡すと、最後に朝いちばんの淹れたてコーヒーを差し出した。
「おい……」
「パラダイスコーヒー、砂糖増し増しです!」
青木は一瞬顔を顰めた。が、すぐに真顔に戻って小川を一瞥し、コホンと咳払いをするとそれをグビッと飲み干した。
「にっ、ニッガー!!」
青木は慌てて手で口を覆った。小川が吹き出すのをこらえるように笑っている。
俺が毒殺されたなら犯人はこいつしかいない、と青木は咳き込みながら悔しがるのだった。