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一の②

 小川はそれから、物珍しそうにキョロキョロ辺りを見回しながら、超巨大企業『デスティニーグループ』の日本支部内を歩き回った。こんなところに、滅多に入れる機会はない。好きなだけ探索してみるのに限る。先に帰ってしまった青木の神経が、小川には理解できなかった。

「おや、少年がこんなところで一人、何をしているのかな?」

 突然声をかけられて、小川は覚えず震えた。が、何も悪いことをしているわけではないと思い直して振り向くと、そこにはスラと長身の男が立っていた。白の上着を手に持って肩からさげている。歳は二十代後半程度であろうか。

 小川がジロジロとその男を観察していると、男は一、二歩前に出て身をかがめ、小川の顔を覗き込んだ。

「見たところ中学生、かな?」

「失礼な! 大学生ですよ!」

「ああ、そっかそっか。ごめんごめん」

 この男、何故だかずっとニヤけている。いや、そんなことよりも!

 小川は男が地雷を踏んだことには敢えて深入りせず、聞き込みをさっさと済ませることにした。しかし、何と言おうか。探偵なのですが……と切り出すのは怪しいし、いきなり小手川社長のことについて聞くのも……何か世間話でも挟むか?

 小川はメモ帳を眺めながら、ペンで頭をコツコツと叩いた。

「えーと、僕……アンケートしてる者なんですけど……あの、小手川、あっ……小手川社長について何か知っていること教えてください!」

 ……返答がない。恐る恐る顔を上げると、しかしその男は変わらぬ微笑を浮かべていた。

「あの……」

「『アンケート』ねぇ。それに答えるわけにはいかないかなあ。秘密だから」

「あっ……」

「『小手川社長の事件』のことについてなら、話してあげてもいいけどね」

「えっ!」

「ああ、その反応は。やっぱり探偵さんか」

 男は心得て微笑んだ。

「あの……知ってるんですか?」

「うん。僕、こう見えても次期社長候補だからね」

「えー!!!」

 小川の声変わりし損ねたような甲高い声が、静かな廊下中に響く。

 こんな若いのに社長〜? もしかして小手川社長の息子か? などと考える。

「あ、あの、もしかして……小手川さんですか?」

「はあ? いや、足田あしだだけど」

 何〜!? ってことは、小手川社長の浮気相手の子どもなのか?  スクープか! スキャンダルなのか!?

「あ、あの……」

「小手川のことでしょ? 何でも答えるから、質問してよ」

「えっ、小手川……って呼び捨てですか?」

「何か悪いかな? もう死んじゃったんだから、咎める人もいないでしょ」

 こんなことを言ってのける時にも、彼は笑っている。だが、小川の目には、その笑顔がまた違ったふうにも映り始めた。

「あっ、じゃあ……小手川社長って、どんな人だったんですか?」

「とんでもなく合理的な人さ。効率の悪いことが大嫌いでね。ああ、あとかなり『割り切る』のが得意な人かな?」

「割り切る?」

「『会社の利益のためなら仕方がない』とか。理不尽なことでもあれこれ理屈を考えずにいられる、一種の特殊能力だよね。こんな巨大会社の支部長をやっていくには、必要な能力なんだろうけど」

 足田は淡々と語った。

「はあ……。じゃあ殺される心当たりみたいなものは」

「ああ、たくさんあるんじゃないかな。何せ『割り切り』が得意な人だから。傍から見れば、結構残酷なことも山ほどやってるよ」

「残酷……」

「おっ、電話だ」

 足田は右ポケットから携帯を取り出すと、慣れた手つきで電話に出た。ビジネスマンだなあ、と小川は感心したが、メモが真っ白であることに気がつき、急いでさっき得た情報を書き留め始めた。

「それは、リンちゃんが——もう一度……」

 途切れ途切れ聞こえてくる電話の声が気になって、集中できない。えーと、何だっけ? 小手川社長は割り切りができて残酷で……

「だからさー、その説明はあとで——うん、分かった」

「あっ、電話終わりました?」

「うん。終わったけど、ちょっと用事ができちゃった。それじゃね、バイバイ」

「ちょっ、バイバイっていきなり……」

「また会ったら色々話してあげるよ! じゃあね。ああ、そうだ。その時にはコーヒー、おごってあげるよ」

 去り際にも振り向きざまの笑みを浮かべながら、サラッと渦中の『コーヒー』をもちだすあたり、足田という男の人柄が、小川にはよく分からなかった。

「まあいっか、結構情報聞けたし。青木さんに自慢しに行こ」

 小川は小さく独り言をつぶやいて、エレベーターの方へと向かった。下でも誰かに話を聞いてみようかと思ったが、エントランスは人が雑多で、皆忙しそうに動いているから、聞き込みには不向きだろう。休憩所にも人が溢れているだろうし……。

 小川は、「あっ、そうだ」とまた独り言をつぶやくとメモに、『足田さんはいつも微笑んでいる』と書き足した。書き込みながら、ちょうどエレベーターに乗り込んだ。そして、奥の壁に背をもたれ、ふうと息をついた。

 青木さんはきっともう歳なのだ、とか考えながら、小川はエレベーターの階を示す数字が移り変わっていくのをじっと見つめていた。

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