プロローグ
夕方の河原に一人の少年が、居た。向う岸のビル群を眺めながら、ぼうっとして居た。そこに一人の少女が近づいてきた。少女は何食わぬ顔で少年の隣に、人一人分くらい空けて座った。少年は俯いたままである。二人は同じような三角座りで、座っていた。
少女はそのうち、大きな目を見開いて、少年の顔を覗き込んだ。少年はそれを紛らすように、小石を拾って川に投げ込んだ。その行為を何度も何度も繰り返した。——水の破裂音とカラスの鳴き声と風と、あと遠くの方から電車の橋を渡る音が聞こえる。
「コウくんは、将来何になりたいの?」
ヒュウウウウ、ガタンゴトン、ガタンゴトン。
「まあ、確かに、あんなのあり得ないけどさ。仕方ないじゃん」
ポチャン。カア、カア。
「あの、大事にしてた『オモチャのスタンプ』。盗まれちゃったけど、また集めればいいじゃない」
少年は石を手に掴んだまま、いきなり少女の方を向いた。
「どうしたの?」
「俺、ヒーローになる」
「は?」
少女はきょとんとした。
「ヒーローになって、悪い奴らをやっつけるんだ! 特に、ドロボーは許せないね。そういうやつらは全員捕まえて、罰を与えてやるんだ」
「ヒーローって……」
少女はくっくっくっと震えた。少年の表情はたちまち曇る。
「なんだよ、笑ってんのか?」
「そっかー、ヒーローかー。正義の味方かー」
「お前、バカにしてるだろ」
「そんなことないよ」
少女は夕日を照り返す川面に目を細めた。
二人は黙り込んだ。しばらくすると、少年はまた小石を投げ始めた。小気味の良い音と共に石が入水する。やがてその音の間隔は、不規則に変わった。
「指切りしよう!」と少女が提案した。
「はあ?」
「だーかーらー、指切りしよう!」
「何で?」
「決まってるでしょう? 約束、守れるように」
「俺が、ヒーローになるってこと?」
「うーん……まっ、そんなとこかな」
「何でお前に約束しなくちゃいけないんだよ」
「いいじゃん。約束も守れないんじゃ、ヒーローになって人を『守る』ことなんてできないよ?」
少年は気難しげな顔をして、首をひねった。
「……うーん、なんか違う気がするけど。……まあ、いいか」
ふたりは小指を絡ませた。少女は「ユビキリゲンマーン……」と元気な声で呪文を唱えてやるのだった。少年はふと川に目をやった。音が聞こえた気がしたのだ。だが、そこには水面が穏やかな波を立てているばかりであった。