昆虫採集(乳)
とある放課後の文芸部、何時もの様に本を読みつつ談笑している僕と部長の時間を遮る様に扉が開かれた。
「うーっす、顔出しに来たぞー。」
ノア先生だ、ボトルコーヒが器用に胸の谷間に挟み込まれているが、ああ、あの聖遺物は高く取引されるんだろうなぁというか。
「ノア先生、その状態でここまで歩いて来たのかい?」
「ん? いや、手が塞がってて口に咥えてたんだが疲れてな、仕方ないからすぐそこで筋トレしてたバスケ部男子に挟んで貰ったんだが、その後他の男子生徒にボロ雑巾みたくされててちょっと引いたわ。」
「……なんでそう伝説を常に更新していくスタイル何ですかノア先生は……。」
「まあ気分気分、とまあそれはさておき、ほい出雲。」
「ん? なんですか?」
無造作に差し出されたソレを両手で受け取る、と、
「――――」
「突然のカブトムシ!! ……あ、ちょっと掌に爪食い込んでる食い込んでる!」
何とか掌から服へと移し、一息ついてノア先生へと視線を向ける。大分奇抜なブローチだな僕、あと地味に脇腹の辺りに爪が掠ってくすぐったい。
「んひぃ! あ、そこ駄目弱いの……って誰得サービス音声ですかこれ!?」
「あ、私が得するねそれ、もうちょっと続けて良いよ少年君。」
「あひいいい!! マジですか!? 部長が喜ぶなら僕は全力でオホ声晒しますよ!? ら、らめえええええええ!! 脇腹に爪刺さってるのほおおおおお!! ――じゃなくて、何で唐突にカブトムシ持って来たんですかノア先生!?」
「お前、よく今の流れでそう続けられるな……。」
まあ個性個性、個性だけで生きてる気もするけど駄目か? まあいいか、取り合えずカブトムシを頭に乗せて、
「僕の生態は一旦放って置くとして、結局このカブトムシどうしたんです?」
「ああ、寮からの通路で引っ繰り返っててな、可愛そうだし、そういや出雲は虫好きだったよなと思って拾って来た。その結果手が塞がって男子生徒が一人犠牲になったが。」
「んー、男子生徒的にはカブトムシに感謝する部分かなこれ?」
此方の頭に乗ったカブトムシをつつきながらの部長の言葉に、僕はその動きを目で追いながら、
「と言うか僕が虫好きなのは事実なんですが、部長も虫平気なんですか? 随分気楽に触ってますけど?」
「ああ、うちの父も虫好きでね、麓の小学生達に配る様に育てたりしてるから大分鍛えられたね。――それに、カッコよくて好きだよ、純粋にね?」
と、不意に僕の頭の上から響く振動と風の感覚。
「―――――――(飛翔)」
「おおおおおお!? 頭皮にダイレクトな振動が!!」
僕の髪を羽で盛大に掻き乱したカブトムシは、大きな羽音を響かせながら部室を蛇行、ピタリととある場所に着地した。
具体的には、部長のワイシャツの胸の所に。
「おまえええええええええええ!! 何て所に着地してるんだ!! 全身拡げて部長の胸にダイブとか、僕ではサイズ的に不可能な男の夢をお前!! 虫の分際でお前!!」
「カブトムシ相手にマジギレすんなよ出雲。」
やかましいですノア先生。
「おいカブトムシ野郎! いますぐその場から離れてこっちへ来い! より具体的に言うなら部長の残り香を纏った状態で僕の元に戻って来るんだ!!」
だが僕の言葉をカブトムシが理解する筈はなく、カブトムシは部長の胸元を上に向かって登りだした。
「……ん、確かに少年君の言う通り、少しくすぐったいねこれは……ぁんッ。」
「おまええええええええええ!! カブトムシおまえええええええ!! ――――いい仕事だ!! 流石僕の相棒だな!!」
「相棒に昇格すんのはええなオイ。」
「と言うか、少年君がしたいなら、胸に顔うずめるぐらいは全然ウェルカムだよ私?」
「あー駄目です部長!! 部長のオパーイは最早神聖さすら感じる物であり僕にとっては信仰対象である訳ですから!! そんな風にご自分を安売りする様に供給されてはなりません!! なりませんですのよ!?」
「おや、じゃあ揉みたく無いのかい?」
「ハイ! 揉みたいです!!」
「肯定すんのか否定すんのかどっちかにしろよお前。」
「はあ!? 何言ってんですかノア先生! 僕が部長のオパイを信仰対象として崇め奉っている事と僕が部長のオパイに触れてみたいと思っている事は同時に存在出来るんですよ!! そうこれはシュレディンガーのオパーイ!!」
「それだと白銀の巨乳がワンチャン虚乳になんぞ馬鹿。」
「おやおや、これは服越しじゃ無く直に触って見てもらわないといけない奴かね少年君?」
「そんなことしたら出血多量で一週間は学校休みますよ僕!!?」
「あー、それだとテスト期間に引っかかるから止めろ。」
「……教師として止める所はそれでいいのかねノア先生?」
「まあ卒業後の生徒を卒業させてる段階で倫理観/ゼロですからね、ノア先生。」
「お前等人が折角不順異性交遊見逃してやってんだからよ……」
「見逃されてんのはアンタだよ!!」
と、部長の胸に止まるカブトムシだが、どうも部室内の照明が眩しいのか、日陰、というより土に潜る様に暗闇を探し出した訳で、
「……おや、カブトムシがシャツの内側に。」
一歩間違うと部長の肌が傷つくので全力で阻止しました。
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数日後
「おい出雲、この前のカブトムシどうしたんだ?」
「あ、流石に部室に放置は環境ヤバすぎるんで僕の家で飼ってますよ、何故か同種のメスに興味示さないで、ケージ抉じ開けて僕の部長コレクションに求愛しに行ってますけど。」
「……あのカブトムシ、少年君の式神か何かなのかな?」
実家が神社の部長が言うと若干洒落になって無い気がするんですが、というか、
「……そういえばあの日は帰り道で部長の御父さんに会って、なんか変な札押し付けられましたけど……え? まさか成虫で冬越えするとか無いですよね?」
「ははは、大丈夫大丈夫、喋り出す様な事は無いと思うからね。」
何一つ大丈夫じゃない気がするんですが、取り合えず万が一にも逃げ出して自然に帰る事が無い様にしようと心に誓いました、はい。