突撃部長の御実家訪問
「部長! おはようございます!!」
「おはよう少年君、――おや? 今六時十分だから、まだバスに乗っている時間では無いかね?」
「はい! 緊張して寝られなかったので四時くらいに家出てここまで歩いて来ました! ちょっと久しぶりに坂道延々歩いたんで足が生まれたての小鹿みたくガックガクになってますけど部長の顔見たら全部吹っ飛びました!!」
「まったく君は……仕方ないね、約束していた時間までまだあるし、ちょっとそこのベンチで休もうか。」
「え? 大丈夫ですよ、歩けないわけじゃ無いですから。」
「いいから、ほらっ」
半ば強引に手を引かれベンチに腰を下ろす、と
「え?」
部長の手が此方の肩に回されたことに気が付いた瞬間、抵抗しようと思う気すら起きない程に自然に体を倒された。
横向きに倒れた自分の頬と耳に、柔らかく、それでいて確かな弾力のある何かが触れる。
その正体に思い至るより先に、反対の耳へ、鈴を転がす様な声で部長の言葉が紡がれた。
「……膝枕、頑張って歩いて来た少年君にご褒美だよ?」
「あ――最高です!! 柔らかくかつハリのある太腿の感触! これはもう夢の国と言っても過言では無いと言うか現実確認の為にちょっと頬っぺた引っ張ってくれませんかね部長!?」
「んー、それはちょっと嫌だから、これでどうだい?」
そういって部長が僅かに体を前に倒せば、必然豊かな膨らみが此方の顔へと押し付けられる訳で、
「うわ――! 太腿の芯のある柔らかさとオパーイの包み込む様な柔らかさが同時に押し当てられるこの感覚は僕の想像力程度では再現できない紛れもない現実!! ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいけど、折角だから少し休みたまえよ少年君。なんなら眠ってもいいよ?」
「いやいやいや、この刺激が強すぎる状況で寝るのはいくら何でも無理ですよ!?」
五分後
「……スゥ……スゥ……」
「ふふ、なんだかんだ言って直ぐに寝てしまった辺り、やっぱり疲れてたんだね、少年君。」
自分の膝の上で寝息を立てる彼の頭を、優しくなでる。
「……ん。」
軽く身動ぎをする彼の反応が可愛らしくて、つい何度も撫でてしまいそうになるのを、起こしてはいけないと自重し一息。
「……ありがとう少年君、君のおかげで、私の日々はずっと色鮮やかになってるんだ。――愛してるよ、四季くん。」
そのまま彼へと自分の顔を近づけようとして、ふと何かに気が付き動きを止める。
「…………頬にキスしようと思ったけど、自分の胸が邪魔で出来ないやつだねコレ?」
なんなら彼の顔も見えない訳なのだが、次は抱き締めて胸を枕にしてもらった方が良いのだろうか?
●
うっかり七時まで寝過ごしてしまったりしたが、気を取り直して二人並んで歩きだす。
「それで部長、連れて来たかった場所ってどこなんですか?」
「うん、私の家だよ。――どうも少年君、私の事は意識して調べていないみたいだし、それなら逆にしっかり教えて置こうと思ってね?」
「マジですか!? 恋人になってまだ一月ちょいしかったって無いのに実家にご挨拶!? タキシードと菓子折り持って来て良いですか!?」
「なに、今日はまだ顔見せだよ、それは色々卒業した時に取って置きたまえ少年君。」
「はい! 色々の部分を想像して五体投地しそうになりましたけどご両親への顔見せ前に土だらけは不味いので三体投地ぐらいでいいですか!?」
「どの三部位を地につけるかで見た目変わって面白そうだけど待つんだ少年君、うっかり君の寝顔に見惚れてて時間過ぎてるから巻いて行こう。」
「分かりました! 歩きながらやります!!」
やりました。
●
「さ、着いたよ少年君、此処が私の家さ。」
「え……? 神社ですよね、ここ。学校の裏手少しいったところにあって、晴れてると学校からも見えるやつ。」
「――ええ、名前は白銀神社。月詠尊を祀る神社の一つです。」
不意に後ろから響いた声に、思わず飛び上がりながら振り返る。
「っ!? 突然の白髪巨乳青目巫女さんですか!?!?」
「誰ですか、じゃなくて初手で見た目に対しての言及が行くのが流石だね少年君。」
「はい! 個性は大事ですから!!」
部長の言葉にそう反応していると、巫女服姿の女性が笑みを浮かべて此方を見つめる。
「ふふっ、夜月に聞いていた通り面白い子ですね。――初めまして、夜月の母の、白銀・恵です。よろしくね、出雲君。」
「お母さん!? お姉さんじゃなくてですか!?」
「あら、お世辞でも嬉しい事を言ってくれますね。」
「いやお母様、客観的に見てもお母様の若さは魔術レベルだと思うよ?」
「そうですよ! どう見ても高校生の娘さんがいる様には見えませんって!!」
「あらあら、もう、褒めてもお菓子くらいしか出ませんよ?」
そう言うと、部長のお母さんが着物の袂からラッピングされた包みを手渡して来た。
「ありがとうございます! ――和菓子かと思ったらマドレーヌですか!? しかも手作りですねこれ!?」
「ええ、それだけで食べると咽せるかもしれませんから、お家に持ち帰ってから食べて下さいね?」
「ふぁい! わふぁりまふぃふぁ!!」
「こらこら、口に物入れて喋ったらだめだよ? めっ。」
「(もくもくもくもく)はい、分かりました!! あ、部長のお母さんもありがとうございます! 滅茶苦茶美味しかったです!!」
「どういたしまして、気に入ったなら、帰りに幾つか包んであげますね? ――夜月が作ったのも合わせて。」
「本当ですか!?」
「ええ、夜月と来たら『少年君に食べて欲しいから御菓子作りを教えて欲しい』って、随分前から練習してるんですよ?」
「あ――!! ありがとうございます! ありがとうございます!! その事実だけで僕の血糖値は急上昇していますがこれはまさに恋はスウィートって奴ですね!?」
「―――あーー、お母様、そういえばお父様が見当たらないのだが?」
「あらあら照れちゃって。――お父様なら、さっき準備があると言っていたけれど……。」
『ふはははは!! 私を呼んだかね!?』
「――上?」
声の先へと視線を向ければ、神社の拝殿の屋根上に立つ人影一つ。
「アレは何だ!? 猿か? 変質者か!? いいやこの神社の神主だ!! ――とう!!」
黒の狩衣を着た白髪交じりの男性は、大きくポーズを取って屋根の上から飛び降りる。
空中で身を回し、二回転半捻りを加えながら急降下、足を下に向けて綺麗な着地姿勢をとった――かに見えたが、丁度右足の下にあった玉砂利が崩れて、滑った足首が九十度横に曲がりながら嫌な音を響かせた。
「―――――――ふっ!!!!!」
「大丈夫ですか? えぐいぐらい脂汗出てますけど?」
「大丈夫、大丈夫だとも! パパは負けない! 何故ならパパだからね!!」
「はいはい、手当しますからバカ言ってないで足出して下さい、あなた?」
「ああ、ありがとう恵さん、やはり慣れない事はするもんじゃないね、娘の彼氏に良いとこ見せようと思ったのが間違いだったね、うん。」
「いや、たとえ完璧に着地が決まっていたとしても困惑の方が大きいと思うがねお父様?」
「ははは、判定厳しくてパパ泣いちゃうぞ? ――っと、初めまして、いや久しぶりかな出雲少年? この子の父親の白銀・熠だ、小学生くらいの時に一度会ってるんだが、覚えているかい?」
「あ――!! あの時の神主さんか! まさか部長のお父さんだったとは思いませんでしたよ!」
「おや、父と知り合いなのかい少年君?」
「はい! 昔、小学校三年ぐらいの時かな? 好奇心でヤの付く自営業の方々の裏取引覗き見してたら軽くバレ掛けまして、ヤバイ! って思った所に部長のお父さんが『キエェェェェェェ!!』って叫びながら白目向いて突撃してきまして。」
「……何やってるのかねお父様……まあ、確かに狩衣姿の男が半狂乱で突撃して来たら誰でも逃げるかもしれないけれども。」
「いや、それが黒服の方々もパニックになったらしくて、恐怖に絶叫しながらハジキ乱射しはじめまして。『あ、あのオッサン死んだな』と思ったんですけど白目向いたままヤクザ全員シバキ倒しちゃったんですよね、狩衣ボロボロなのに何故か中のオッサン無傷で。」
「はっはっは、その後全員縄で縛って警察署の前に捨てて来たのだよね、いやあ懐かしいなぁ!」
「……あなた?」
「―――ヒェッ!?」
「……ごめんね出雲君、私ちょっと用事が出来てしまいましたから。夜月と一緒に家に行ってて下さいね? ――夜月、二人でお茶してて頂戴、お母さんはお父さんとちょっとお話していきますから。」
「ま、まってくれたまえ恵さん! 私も出雲少年と色々話したいし、皆でお茶にしようじゃ無いか! うんそれがいい!! ね!?」
「…………あなた?」
「……はい。」
「――行こう少年君、此処に居るとちょっとお茶の間に流せないショッキング映像が流れかねないからね。」
「あ、はい! 部長のお家とか凄い緊張するんですが、作法とかありますか!?」
「ああ、一つだけあるとも。――お母様には逆らってはいけないよ?」
「……夜月?」
矛先がこっちに向かいそうだったので慌てて部長と家に全力ダッシュしました。
●
二人が家の中へと走り去っていったあと、一通りの折檻を終えた恵は熠の足を治療しながら言葉を作る。
「……まったく、昔の事とはいえ、そういう事があったのならキチンと教えて下さいね?」
「大丈夫だとも、結婚前に恵さんがくれたお守りがあるからね、加護も無い拳銃の弾なんて私には当たらないさ。」
「だとしても、です。――あまり心配させないでくださいね、あなた?」
「……ああ、すまなかった。以後気を付けるよ、恵さんを悲しませたくは無いからね。」
「ふふ、そこは心配していませんよ、私を置いて先に死ぬなんて、あなたに出来るわけないんですから。――ただ、ちゃんと教えて下さいね?」
「うん、じゃあ今夜余罪を幾つか話したいと思うんだけど、どうしたら許してくれるかな!?」
「んーそうですねぇ……今度、丸一日私を愛してくれるなら許しましょうか。」
「……それ、私別の意味で死なないかね?」
「ふふ、頑張ってくださいね、あなた。」