今日の昼食「納豆尽くし」
とある土曜日、休日も変わらず三人揃っている文芸部の部室にて。
「あ、やべぇ、今日昼前に業者の搬入あるから手伝えってシアに言われてたんだったわ。お前等、ちょっと私抜けるけど一緒に来るか?」
「おや、珍しいねノア先生、何時もは手伝うと言っても『シアさんに怒られるから良い』と断るのに。」
「いや、今回も手伝わせはしないけどよ、一回出雲もシアに会っといた方が良いだろ、こいつ白銀と一緒で実家暮らしだからこんな時でもないと寮に行かねぇしな。」
「ん? だれですかシアさんって?」
「ああ、シアさんはこの学校の寮母さんだよ、女子寮担当だから、学校案内でも少年君は会っていないと思うかな。」
「あー、それだと流石に分からないですね、学校内に関しては余り詳しく調べない様にしてますし。」
「あん? お前の事だからてっきり生徒や教師の弱み探す為に全部調べ尽くしてると思ったんだがな。」
「そうですね、最初はそうしようと思ってました!」
「うん、君のその異常なまでの情報収集へのこだわりはちょっと恐怖を感じる時が有るね。――でも、なら何故そうしなかったんだい?」
「だって知らなければ、こうして部長から教えて貰えるじゃないですか! だから僕、学校関係や部長関係は一切調べてないんですよ、部長に一から説明してほしいんで!!」
「おやおや、じゃあ私は君に対して存分に先輩風を吹かして良いのだね? ふふ、今度二人きりで学校全体を案内するから、楽しみにしててくれたまえよ?」
「はい!! 忠犬の様に部長にくっ付いていきますね!! 四つん這いが良いですか!?」
「それは駄目だよ少年君、君は私の恋人なんだから、――手を繋いで、腕を組んで、時には頬を寄せて行きたいな、私は。」
「うひょーー!! 先輩と学校内デートですか!? つまり体育館倉庫ではドキドキウフフなラッキーイベントが!?」
「仮にも教師の前で不純異性交遊宣言は止めろよ出雲。」
「あ、大丈夫ですよ! 卒業まではキチンと節度を守るって決めてるんで!」
「おやそうなのかい? 私としては一刻も早く少年君とそういう関係になりたいと思っているのだがね?」
「あーー! 駄目です部長! 確かに僕もそうですし部長に誘われたら断れない気もしますけど、僕が法的に責任取れる様になるまでは待って下さい!」
「もう、そういう一線だけは真面目なところ、本気で愛してくれてるのだと自惚れていいのだね?」
「勿論です!! 部長に対して僕は何時だって本気ですよ!!」
「いや、マジで節度は守れよお前等?」
「え、でもノア先生倫理観ガバガバだから、昔から生徒に本気で告白されると断る代わりに一回だけの思い出作りしてましたよね?」
「言っとくけどそれも卒業してからもう一度言いに来るぐらい本気の奴にだけだからな? 法的に在学中な間は一切手だしてねぇぞ?」
「うん、噂で聞いては居たけど本人の口から事実を聞きたくは無かった情報だねこれ、というか何やってるんだいノア先生。」
「いやまあ、歳の差とかあっから責任取らせる訳には行かねぇけどよ、在学中に断ってんのに卒業してから再度アタック掛けてくるくらい必死な奴には、何目的であれ一回くらい思い出作らせたって良いだろうよ? ――まあ、どうせだから一生忘れられない思い出にしてやるんだがな。」
「性格悪いですよね本当!!」
「良い性格してるだろ? それにその一回で女相手に恥かかねぇだけの事は教えてやってるからな、意外と私で卒業した奴はその後の恋愛成功してんだぞ?」
「恋愛成功してても人生失敗してないかなそれ?」
「よくあるよくある、――っと、そろそろ行かねぇと怒られるな、お前等も来るなら着いてこい、この時間なら昼飯くらいは出るぞ?」
「あ、じゃあ行きます! 休日は学食のメニューが月見うどん(冷凍をレンジで温めて麵つゆと生卵のせたやつ)だけで、あれはあれで美味しいけど流石に飽きて来たんで!!」
「あー、ぶっちゃけるとシアさんだと余り大差ないかもなぁ……」
「?」
「その辺は実際見てのお楽しみだな、安心しとけ、味は美味いし栄養バランスもしっかりしてるからよ。」
それはつまりそれ以外の何かがヤバいと言う事では?
●
以前聞いていた通り、寮の中は極暑だった。
「うわー! これは中々の気温ですね、風通し良いから湿度はまだましですけど、日光で焼かれてるって感じで!」
「古い建物だからどうも屋根裏の断熱材が入ってないらしくてね、その割に木造じゃなくて鉄骨建築だから熱がダイレクトに内部に溜まるのさ。――久しぶりに来たけど速攻で汗かくね、ほらどうだい少年君、ワイシャツが汗で張り付いてるんだけど?」
「あーー!! 最高です部長! この光景だけで来てよかったと思えます!!」
玄関を抜け、廊下を通って突き当りの部屋へと向かい、しっかりとした木製の扉を開けると、中から僅かにひんやりとした空気が漂ってきた。
「あれ? 此処だけ冷房あるんですか?」
「ああ、流石に食堂は火を使う関係で無いと死人が出るからな。つっても今日は土曜日だから生徒は軒並みしっかり冷房効いてる校舎行ってるが。」
確かに、教室を二つ繋げた程の室内には、自分達の他には数名人影が居る程度だ。
「おーい、戻ったぞシア。」
先導するノア先生が声を上げると、奥の炊事場からパタパタと音を立てて一人の女性がやって来た。
「もう、遅いわよノア。――ってあら? ちょっと、何生徒連れて来てるの、駄目よ手伝わせたら?」
ライトブラウンの髪を二つお団子に結い上げ、優しそうな表情をした瞳は金に近い明るい色をしている。
だが、それよりも特徴的なのは、
「…………小学生?」
背だ、ざっと目測で130程度、体型がスマートな事もあり、190超えてるノア先生と並ぶと半分ほどの大きさしかない様に錯覚する程である。
「あらあら、若く見てくれてありがとう。けど残念、これでもノアと幼馴染で27よ、私。」
「ええ!? 長身長乳長髪ズボラ女教師とお団子貧乳合法ロリ寮母さんとかどういう組み合わせですか!? 属性盛り過ぎて性癖モリモリ森長可ですよ!!」
「んー、少年君、性癖なら長可より蘭丸の方が盛ってる感出るんじゃないかな?」
「あー、確かに長可だと性癖よりも戦闘狂とかそっち系ですもんね! じゃあそれで!!」
「それで、じゃねえよバカップル。」
「ふふふ、君が例の出雲君ね。――初めまして、内藤・紫亜よ。この学校の女子寮の寮母をしてるわ。白銀ちゃんも久しぶりね。」
「はい! よろしくお願いします!」
「御無沙汰しております、シアさん。」
「うんうん、二人共素直でよくってよ!」
と、いつの間にか居なくなっていたノア先生の声が奥から響く。
「おーい、これ全部冷蔵室でいいのかー?」
「あ、まって今行くから! ――二人共、ちょっと座って待っててくれる? 荷物片した後にお昼作っちゃうから食べてって!」
そう言ってシア寮母さんが炊事場の奥へと戻って行くのを見送りつつ、僕と部長は席へと向かうのだった。
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「はーい、三人ともお昼ご飯よー!」
大きなお盆を持ったシアさんが机へと料理を並べる、そこに置かれたのは、パスタをメインに、スープ、サラダ、飲み物が付いたバランスのいい食事。
ただし、
「全部納豆だ……!」
パスタは納豆と温泉卵の和風パスタ、サラダは納豆ドレッシング、スープは納豆汁で飲み物はまさかの納豆珈琲である。
一つ一つは問題無いと言うか、普通に提供されて違和感のない物ではあるのだが、その全てが一同に会するこの光景は一般的な食卓に於いてまず発生することは無い物だろう。
「あ、デザートも要るわよね、――はい甘納豆!」
「わーいフルコンプ! って今頭のお団子から出しませんでした!?」
「何時もの事ではあるのだけれど、その固く結われたお団子からどう出してるんだいシアさん?」
「気にしない気にしない、さあ、冷めないうちに召し上がれ?」
「「「いただきます!」」」
「――あ、これ凄い美味しいですね!」
「うん、最初は全部納豆のインパクトに持っていかれるんだけど、味は本当に美味しいんだよ。」
部長の言葉に頷きながら追加で一口。
納豆パスタは以前にも食べた事はあるが、その時の物より数段上の味と言って良いだろう。パスタに絡みやすい様に細かく叩いた納豆に、麺つゆベースの和風ソースを温泉卵が上手く纏めてバランスを取っている。上に乗ったネギの風味と、舌に僅かに残るこの爽やかな風味は――
「柚子ですね!?」
「あら、一発で分かるなんてすごいわね。――人によって好みは分かれるから隠し味程度なんだけど、ソースの出汁にちょっと入れると全体が引き締まるのよね。」
「なるほど、あとこれ納豆もいいやつですよね、豆の味がかなり濃いと言うか……」
「あー、コイツ納豆フリークだからな、此処で出す納豆、全部シアの自家製だぞ、それも藁で包んだ本格派だ。」
「……一体何がそこまでさせるんですか。」
「出雲君と一緒よ、好きなモノに中途半端はしたくないの、私。」
「なるほど! 確かに僕も部長に対して中途半端はしたくないですからね!!」
「ふふふ、そんな少年君にはご褒美だよ、ほらあーん?」
「うわ――!! 部長と間接キスかつあーんイベントですか!? 来てよかった女子寮!!」
「あー、今更だが……食堂は共同とは言え女子寮側から来たのはちとまずかったか?」
「別に男子禁制って訳でも無いから大丈夫よ? 物干し場とか洗濯室入ったら藁廃棄場の堆肥に放り込むけど。」
「あー、たまに全身藁と土だらけの男子生徒が校舎裏で正座させられてるのはそれかね。」
「見つかる程度のスキルでそういう事したら駄目ですよねぇ。」
「言っとくが指定暴力団の事務所から証拠一つも残さず薬物売買の契約書パクって来る様なパーフェクトスニーキングミッション出来る高校生お前の他に居ないからな!? な!?」
ああ、そういえばそんな事もありましたねえ。
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「え!? ノア先生とシアさんって同室なんですか!?」
「そうよ、最初は一人部屋だったんだけど、ノアったら夏場に口付けたペットボトル放置して腐敗からの爆発させるんだもの、そっからは私が同室で最低限の管理はしてるわ。――毎朝の化粧も私がしてあげてるのよ?」
「要らんって言ってるんだがなぁ。」
「駄目だよノア先生、元が良いんだから勿体ない。――まあそのせいで生徒の性癖が三割増しで歪んでる気がするが。」
「ノア先生の放置したペットボトル回収していった連中が、飲み口についてる口紅に大歓声上げてる時ありますよね!」
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「うそ!? あの魚屋のセクハラ親父を奥さんにリークしたのも出雲君だったの!? 助かるわー、搬入業者の1つで面倒だったのよねー。」
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「え!? シアさんあの製麺所からパスタ仕入れてるんですか? ならこの情報渡すと多分割引効きますよ!!」
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「――っと、気付けばもう五時過ぎか。白銀、出雲、部室は戻ってアタシが片付けとくから、今日はもう帰れ、明日は日曜だから来ても学校開いてないからな?」
「はーい、部長と一日会えないのは残念ですけどしょうがないですね。」
「おや、じゃあ明日正門前で待ち合わせしようか、ちょっと少年君を連れて行きたい所があるんだよ。」
「マジですか!? 分かりました!! 御前二時に来ます!!」
「その時間だとたまに藁人形持った奴がランニングしてて面倒だから止めとけ、つうか出雲の家からのバス始発六時だからついても六時半だろ。」
「ふふ、じゃあ六時半に正門前でね少年君。――ノア先生、部室の戸締りは任せたよ?」
「おう、またな二人共、気を付けて帰れよ。」
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「んじゃ、ちょっくら部室の戸締りしてくるわ。」
「あら、だったら私も手伝うわよ、夕飯の支度は全部終わってるから、後は配膳係に任せて問題ないもの。」
「いや、別にそこまでせんでも……」
「……ノア? 貴女、今日は随分私をコイツ呼びしてくれたわよね?」
「あ、いやそれは、その……」
「ふふふ、たまには部室でってのも高校時代思い出して悪くないわね。――たっぷり啼かしてあげるから、覚悟しなさい?」
「……はい。」