告白
短編から此方に移動させました
「失礼しまーす!」
部室の扉を勢い良く開ければ、その先に待って居たのはいつも通りの見慣れた光景だ。
本棚に囲まれた部屋の中央に、四人掛けのテーブルについて本を読む女性が一人。
肩口まで伸びた絹の様にきめ細やかな銀の髪に、透き通る様な白い肌、銀のアンダーフレームの眼鏡の向こうには、宝石の様な淡い緑を宿した瞳が映る。
日本人離れした、何処か遠い国の物語から飛び出して来た様な雰囲気を放つ女性は、開いていた本に栞を挟んで此方へと視線を動かした。
微笑みと共に艶やかな唇から紡がれる言葉は、鈴を転がす様な可憐な声音で響いて、
「いらっしゃい。――ふふ、いつもより720秒早い到着だね少年君、そんなに私に会いたかったのかな?」
「はい! 担任が嫁さんと喧嘩したとかで機嫌悪くてホームルームが長引きそうでしたんで、この前偶然手に入れた担任の風俗帰りの写真をネタに短縮してきました!」
「うん、どうやってその写真を手に入れたのか後でじっくり聞きたいところだけど、まずはそんな所に立ってないで座り給えよ少年君、飲み物はいつも通り紅茶でいいかな?」
そう言って部長が立ち上がり、机の真ん中に置かれた電気ケトルへと手を伸ばす。
すると部長の身体は机に上半身を投げ出す様な前傾姿勢になる訳であり、必然対面に座る自分はその豊かな双丘を見せつけられる様な状態になる訳だ。
いつも通りのその光景に、自分はいつも通りに両手を合わせて拝みながら感謝の叫びを上げようとした瞬間、気付いた。
張り裂けそうな程に押し上げられたワイシャツ、その白い生地の向こうに、黒いレースの刺繡が施された生地が見えている。
(眼福――――――!!)
いやまて、幾ら何でもそれはまずいだろう、自分としてはご褒美以外の何物でも無いのだが、本人が自覚していない場合流石に問題だ、故に自分は口を開き、
(部長! ブラが透けてます!!)
「黒下着!! 最高ですね!!」
いかん、本音が思考を超越した。
対し、部長は何かに気付いた様に眉を軽く上げると、不意に此方へと悪戯っぽい笑みを向けて来た。
「ああ、こういうの好きだろう少年君、君の為に用意したんだよ?」
思わず机にヘドバン叩き込みながら拝み倒しました。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 正直ここ最近部長のオパーイの揺れを毎日眺めて幸せ過ぎるとか考えてたんですが、それを遥かに上回る衝撃に僕はもう死んでもいい!」
叫んだ言葉の先、部長が僅かに不満そうに眉を歪める。
「おや、駄目だよ少年君、死んだらここから先、君に私を見て貰えないじゃないか。」
「あ、はい大丈夫です! 部長がまだ生きてるのに死ぬとか人生損してるとかいうレベルじゃないんで! ――でも部長、流石に常時その状態で一日過ごしてたのは部長の同級生男子達の何かが危ういと言うかワンチャン暴発して社会的瀕死状態になりそうなんですが!?」
思考がそのまま言葉になって居る気がするが気にしない、ちなみに擬音で言うとドバドバ系、ドーバー海峡とかそっち系でどうだ!? 違うか!! じゃあドバイで行こう! 石油もドバドバだしな!!
そんな感じで脳内大海原な自分に対し、部長は微笑みながら此方の前へと紅茶の入ったカップを差し出した。
その際、テーブルの幅の関係で部長の姿勢は更に前傾に倒れる事になり、その双丘が机に強く押し付けられて柔らかく、かつ弾力を持って形を変える。
「あーー!! 何度見ても最高過ぎます部長!! 何故人間の瞳には録画機能が付いていないのか! いや行ける、今僕の脳は高性能録画機能付きSSDとなって脳裏に刻む映像は最先端の16K――!!」
「うんうん、いつ見ても君の反応はエキセントリックで面白いね少年君。――それで君の疑問についてだが、何も心配いらないから安心したまえ。」
「え?」
疑問の声が向かう先、自身のカップに残っていた紅茶を飲み切った部長は、カップの口元に付いた淡いリップを指先で拭い、紅茶のお代わりを注ぎながら言葉を作る。
「うん、普段はベージュで透けてもわかり難いデザインの物を着けているからね、これはさっき君が来る前に部室で着替えた物だよ?」
思わぬ衝撃に後方に椅子ごと倒れ込み、床に後頭部が激突してえぐい音を立てた。
その痛みに一瞬意識が飛びそうになるも、ある事実に気付いて飛び上がる。
「そんな!? じゃあもっと早く来てたら部長の生着替えが見れたんですか!? くっそ! こんな事なら風俗帰りじゃなくてゲイバーでキャスト口説いてる動画で恫喝すれば良かった!!」
「いや君のその明らかに高校生の入れない所で起きる弱みを握るスキルは何なんだい? 諜報員か何かかな? ――まあそれは良いとして、生着替えが御所望なら今からまた着替えようか?」
「駄目です部長! それはまだ僕には刺激が強すぎます! 今はまだ想像で補うターン! そう、ここら辺に部長が着替えた時の残り香が! クンクンクンクン!! このラベンダーの様な香りはまさしく!」
「ああ、そこ君が来る少し前にノア先生がうっかりトイレの芳香剤ぶちまけてた所だね。」
「どおりで部長にしては香りの輝きが足りない訳ですね! というか何であの胡乱顧問は部室にトイレの芳香剤持ち込んでるんですかねぇ!?」
「うん、ノア先生、口付けて2日放置したペットボトルコーヒー飲んだらお腹壊してトイレに籠り切りらしいんだが、もう初夏だろう? ずっといると気が狂うとか言って芳香剤ダースで家から持って来たらしいよ?」
「そもそもダースで芳香剤を買ってる一般人を見たことがないんですが、どういう生活してるんですかあの人。」
「まあズボラが服着て歩いてるような女だからねぇ……ところで少年君、以前から気になって居たのだが、君、ノア先生には私の様に過剰な反応しないのは何故だい? 彼女も中々の巨乳だと思うのだがね?」
部長の言葉に、自分は椅子を起こし、座りなおして息を吐く。
そのまま彼女の淹れてくれた紅茶のカップを手に取り、ベルガモットの香りが効いたアールグレイを音を立てない様に気を付けながら喉へと通す。
これは部長の所作に憧れて練習しているもので、その光景を可笑しそうに見つめる部長の視線はいつも通りだ。
「ああ、それは簡単ですよ。確かに僕は巨乳好きですし、たまにノア先生のだらしない胸元とかにシャキーン! とすることもありますけどね? ーーでも、ほら、覚えてますか部長、僕がここに入部した日の事。」
「ああ、覚えているとも。何せ君と来たら、もう消灯する様な時間になって入部届を持って来たのだからね、理由を聞いたら補修で遅くなったと来たものだ。それなら翌日にすれば良いだろうに、態々訪ねて来る物好きを忘れる訳がないさ。」
そう答える部長の言葉に嘘はない。ただ、実は事実は少し違う。
「そうですね、確かに僕はそう言いました。――でも部長、気付いてますか?」
「ん? 何をだい?」
「あの時期、入学したてでまともに授業も始まって無かったのに、補修になるような事あると思います?」
「……あっ」
告げた言葉に部長が顔に浮かべたのは、大きく目を開いた驚きの表情。滅多に見せないその表情に、自分は僅かに口元を綻ばせながら言葉を紡ぐ。
「あの日、放課後すぐにこの部室に来て、『失礼します』って中へ入ったんですよ。――そしたら部長、本を読むのに夢中で、入って来た僕に気付いて無くて。」
「…………あー。」
「三回くらい声掛けたんですけど、完全スルーで僕もちょっと意地になりまして。とは言え体に触るのはどうかと思いますし、『気付いて貰えるまで待つか!!』って本読んでる部長をじっと見てたんですけど……。」
「え、ちょ、いや、その……」
何やら部長が言いよどむ様に声を詰まらせているが、自分は構わず言葉を続ける。
「そうしたら、完全に見惚れちゃってて、気付いたら施錠時間だったんです。」
「その時、ずーっと無表情で読んでた部長が、最後、多分エピローグ位の所で、ほんの少しだけ微笑んだんですよ。――その瞬間ハッとして、見惚れて時間が過ぎてた事に気付いたくらいで。」
「…………!」
「だからまあ、部に入った後もそんな感じで自分の好きな本を読みつつ部長の横顔眺めていようかなって思ったら、部長、滅茶苦茶話しかけて来るじゃないですか? それはそれで嬉しいんですけど、何でだろうなーって思ってたんですよ。――それで注意深く見て見たら、部長、僕が入った日から、部室で読む本を短編集にしてますよね? それも、一話読むのに十分掛からないような軽いやつで。」
一息
「部長がそうしてくれたのは、新入部員の僕の事を気遣ってくれてたんだと思いますけど、それは、あれだけ熱中できる読書を制限してでも、僕の事を気にかけてくれたって事です。それで好きにならない訳が無いですよ!」
告げた疑問の向かう先、部長は僅かに顔を俯かせ、視線を左右に走らせながら口を開いた。
「……ああそうだよ、君も知っている通り、私は本を読み始めると没入してしまうからね。話しかけられて分かる様に、なるべく没入しない物や、区切りの短い物を選んでいたんだよ。」
「それは何故ですか? 部長。」
問いかけに、部長は視線を此方に、僅かに上気し紅く染まった顔を向ける。
「わからないかね? この部活、殆どが肩書目当ての幽霊部員で、活動してたのは去年から私一人だけなんだよ。……そこに、本が好きで、毎日部室に来てくれる君が来てくれた。嬉しかったんだ、本当に。」
部長が、少し自嘲する様に口元へ軽く握った拳を当て、
「少年君、知ってるかい? 私、実は友達少ないんだよ?」
「え? でも部長、学校中で人気者ですよね? しょっちゅう噂になってますし。」
「そうだね、話しかけてくる人はいるし、口説いて来る男も多いとも。でも、それだけだ、趣味を共有し、一緒の時間をすごして、面白可笑しく過ごせる様な、そんな相手は居なかったんだ。――少年君、君と出会うまではね?」
薄緑の瞳に真っ直ぐ見つめられて、自分の頬にも熱が籠るのを自覚する。
「最初は私の胸を拝みながら奇声を上げるのにちょっと戸惑ったけども、君は常に私を見てくれて、私の趣味を知ろうとしてくれた。――知ってるよ少年君、君、私が読んでた本を必ずチェックして読む様にしていたろう?」
「あーー……それは、少しでも部長と話す共通の話題が欲しかったりと、ちょっと打算的な思考が有ったり無かったり……あ、勿論本自体もすごくおもしろかったですよ!?」
自分の回答に、部長は一つ頷き言葉を返す。
「私も一緒だよ、少年君。――同じ本の話題で盛り上がれるのは初めての感覚でね。楽しくて、もっと味わいたくて、私も君が読んでいる本をチェックする様になって居たんだよ。バレると恥ずかしいから、読むのは自宅で、さも以前から読んでいた様に振舞ったけどね?」
そう言って微笑む部長の表情は、何時もの常に余裕を持った大人っぽいそれでは無く、まるで満開に咲き誇る華の様に鮮烈で、思わず言葉を失った僕に対し、部長は苦笑を浮かべて表情を戻す。
「それで読んでる本とかの傾向見るに、君巨乳で割とグイグイ来るタイプが好きみたいだし、ちょっと意識してそういうムーブしてみたりもしたんだが、――本を読んでる横顔が見たかったとはね、逆効果だったかな?」
「まさか! 確かにキッカケはそれでしたし、今も部長が本読んでる姿をじっと見つめて『うわ今の僕凄いキメェ!』とか思ったりしますけど、僕はどんな部長も大好きです! 巨乳だとか、言動だとか、色々理由は付けられると思うんですけど、そういうのも全部ひっくるめて『部長』が好きなんです!!」
思わず椅子から立ち上がり、身を前に出す様に叫ぶ自分に対し、部長は苦笑を濃くして口を開く。
「まったく恥ずかしい事を大声で言う物だね君は、取り合えずちょっと落ち着き給えよ?」
「あ、はい落ち着きました!」
「切り替え速いねぇ……と、少年君、床に倒れてたから髪にゴミが付いてるよ? 取ってあげるから、ちょっともう少しこっちへ顔近づけてくれるかい?」
「え!? あ、はいありがとうございます! 距離近くなりますけど胸凝視していいですか!?」
「何時も許可取らずに凝視してるし、私はそれを良しとしているのだけどね? と、そうではなくて、ほら、顔を此方へ向けてくれるかい?」
そう言って伸ばされた部長の両手が、自分の顔の横へと伸びる。
けれどその手が掴んだのは、髪に付いたゴミでは無くて、自分の頭を軽く左右からホールドし、何故か部長の顔が此方の息が掛かる程の距離にまで近付いて、それに対して疑問を告げようと口を開きかけた、瞬間、
「――――ん。」
部長の柔らかな唇が、此方の唇へ、出かけた言葉を塞ぐように重ねられていた。
時間にして僅か数秒の、けれど体感としては時が止まった様な静寂の後、僅かに湿り気を帯びた音と共に唇が離される。
「ありがとう、少年君。――私も君のこと、大好きだよ。」
恥ずかしそうに微笑みながらそのセリフは破壊力高すぎだと思います、部長。
後日
「あれ? 今日はベスト姿ですね部長、下着の透け対策ですか!?」
「うん? いや、今日は透ける様な物を何も着けていないよ少年君、ほら、ベスト脱いだから正面から見てごらん?」
「あーーーー駄目です部長! 確かに下着は透けてないけど更にやばい物が透けてます!! サイコーーーーーーーー!!!!!」
「おいお前ら、今日はアタシも居んだからイチャ付くのは程々にしろよ。」
何か部室の隅でスマホ弄りながらボトルコーヒー飲んでる顧問に注意されましたけど、先生そのコーヒー確か一昨日から部室に置いてありませんでしたっけ?