陰陽
「もしかして、刹那さんですか!?」
椅子に座っていたぼくは、急に隣から発せられた声に驚いて飛び上がりそうになる。
とうとうやってきた、対面の瞬間である。
緊張しながらぼくは振り向いた。
(はいはい、どうせデブスの陰……うわぁぁあぁああああぁああ!!!)
心の中で悲鳴を上げ、高鳴る心臓の音。
しかしそれは運命の相手と出逢ったことによる心のトキメキなどではなく、純粋な恐怖からであった。
何故ならそこにいたのは、イメージしていた人物像とはあまりにもかけ離れた姿。
身長170cmくらいはあろう、スリムな金髪ピアスのイケイケギャルだったのである。
(ヤンキーだ!ヤンキーが来た!!)
学生時代からゲームやアニメ好きの、髪の毛が脂汗でベタついているような根暗なヲタク達としか交流を取ってこなかったぼくからすれば、金髪ピアスの人間は皆恐ろしいヤンキーという認識であった。
気に入らなければ殴り、腹が減れば焼きそばパンを要求し、盗んだバイクを乗り回すような悪の権化。
目の前に突然それが現れたとなって、ぼくは極度のパニック状態に陥った。
これはきっと後ろから怖いお兄さんが出てきて「俺の女に何さらしてくれとんじゃボケが!」とボコボコにされて金品を奪われるやつだ、と確信する。
だが実際にギャルが引き連れて来たのは、そんな予想を遥かに上回る存在だった。
いかつい刺青をした、南米系の外国人の男女である。
(ギャングだ!ギャングが来た!!)
男の方は筋肉質でガタイが良く、もし戦えばアンパンチよりも強力な一撃を放ってきそうなオーラが漂っている。
それに付き添う女は魔性の女といった感じで、RPGゲームでいうと毒攻撃で体力をジワジワと削ってきそうなメデューサタイプだ。
もう一人、平凡そうな少年も隣にいたが、きっと一見弱そうに見えて実は一番強い裏ボス的な存在なのだろう。
まるで始まりの町からいきなり最終ダンジョンに迷い混んでラスボスと対峙する絶望感。
本音を言えばアンパンチを食らう前に今すぐにでもその場からバイバイキンしたくてたまらなかったが、足が動かなかった。
ゲームのボス戦で逃げるというコマンドが使えないのは、勇者としての使命感などではなく、きっと恐怖のあまり足が動かないせいだろうと初めて気付いた。
「あ…あ………」
口からブクブクと泡を噴いて倒れそうになるのを何とか堪えるも、恐ろしさのあまりカオナシのような声しか出ない。
もし無事に帰してくれるなら、ぼくは砂金でも何でも差し出しただろう。
…しかし当然のことながら、そんなのは全てぼくの被害妄想。
彼女達の正体は悪党集団でも何でもなく、ただの一般家族であった。
ここにきてぼくは初めて、ミコルがアルゼンチン人と日本人のハーフであることを知る。
彼女もぼくと同じように両親が離婚していて、今連れているのはアルゼンチン人の実母と、再婚相手のブラジル人男性、そして実の弟らしい。
とりあえずギャングではないと知り、ぼくはホッと一安心する。
とはいえ、23年間の人生でギャルとも外国人とも関わりを持ったことがないぼくからすれば充分すぎるほど卒倒案件。
情報量が多すぎて、理解できるけど理解できないというやつだ。
その後、どうすればいいのか分からず立ち尽くすぼくなど意にも介さない様子で、ギャルは率先してシューティングゲームや音ゲー、プリクラへとぼくを連れ回し、会話を振り、ハグをし、いかにも南米らしい陽気な空気を作ってくれた。
彼女はハーフだけあって綺麗な顔をしており、よくよく考えると人生で初めて女性と過ごしている事実に、少しだけテンションも上がる。
もちろん一刻も早くお家に帰りたかったのは言うまでも無いが、不思議と過ごしている中で嫌な気持ちにはならず、1日があっという間に思えた。
陰陽道で陰と陽が混ざり合って円を作り、丸く収まるようなものなのかもしれない。
ぼく自身はずっと受け身で何もした記憶がないのだが、何故かそんな姿勢が相手にも好印象を与えたらしく、地元の徳島に帰ってからもずっとネット上で交流が続くこととなる。
こうして波乱に満ちた初対面は成功に終わったのであった。