交流
ある日、投稿した絵にコメントが届いたのだ。
驚くべきことに、ぼくの描く絵が好きだという趣旨の応援コメントである。
あんな気持ち悪い絵を好きだなんて、よほど頭のイカれたサイコ野郎に違いないと、ぼくは恐怖を感じたものだ(※描いてる本人が言うな)
"ミコル"と名乗ったその人は、ぼくが「つらい…」「死にたい…」と呟きながら邪悪な絵を投稿する度に、「大丈夫ですよ(^人^)」「きっと何とかなりますよ!(^^)d」などと毎回可愛らしい顔文字付きで励ましのコメントを送ってくれた。
それからpixiv内で一年ほど他愛のないやり取りを繰り返していると、時には絵とはまったく関係のない話もするものだ。
数々のコメントの応酬の中で、ミコルが女性であること。
ぼくと一歳年下であること。
静岡県に住んでいることなどが分かった。
とはいえそんなのはただの自己申告。
実際は鼻毛の出た50代のおっさんだとしても何ら驚きはないし、しょせんはただの浅いネット仲間。
中身などそれほど重要視していなかった。
いつか直接会って話でもしたいねー、などと社交辞令を交わしていたものの、徳島から静岡までの距離は遠い。
アパート、職場、パチンコ屋の三角領域に捕らわれ、人生が沈没寸前のぼくには県外まで出る気力もお金もありはしなかった。
しかし機会は唐突に訪れることとなる。
静岡在住の相手とネット上で交流を取っている話をそれとなく地元の友人にすると、なんと静岡まで車で送迎してくれるというのだ!
友人は登山が趣味であり、ずっと富士山に行きたがっていた。
こんなチャンスは二度とあるまい。
(行くか!?本当に会いに行くのか!?イラスト投稿サイトでやりとりしてるだけの相手に!?)
ぼくは自問自答を繰り返した。
ネット婚活やオフ会などが身近になった現代っ子からすれば、悩む必要などないと思われるかもしれない。
しかし当時はネットで知り合った相手から殺されるなどの物騒な事件が世を騒がせていたのだ。
「…なあ、ネットで知り合った相手と会って、男の方が誘拐されたり殺されたりするパターンってあると思うか?」
ぼくは恐る恐る友人に尋ねる。
人生投げやりで自殺願望があるくせに、未知の相手から襲われることにビビりまくるとは我ながら意味不明である。
「ないだろ」
友人は呆れながらそう言った。
「じゃあ行く!」
単純な思考である。
こうしてぼくは、意気揚々と静岡県へ向かったのであった。
待ち合わせはROUND1のゲーセン。
先に到着したぼくは膝を震わせながら椅子に座る。
いわゆる武者震いというやつだ。
何せ地元から遠く離れたこの未踏の地で、鬼が出るか蛇が出るか分からない状況下。
信じられないかもしれないが、この日に備えてお互い電話番号こそ教え合ったものの、まだ顔写真の交換はおろか通話すらしたことがなかったのだ。
つまりこれから会う相手の顔も声も知らないのである。
ではどうやって相手を見つけるのか。
お互いが頼っていたのは、なんとpixivに登録しているプロフィール自画像のみだった。
これがミコルの自画像である。
はい出ました、自分を可愛く表現するやつですね。
美術の課題みたいにリアルに描けとは言わなくても、こんな萌えキャラみたいな顔のわけないでしょう。
こういう絵を描くのは大概デブスの陰キャ女だと相場が決まっています(暴言)
この時点でイメージが完全にデブス女で固まりました。
一方、ぼくの自画像はというと…
…ええ、美化しまくってますとも。
ギャルが小さい目を必死で見開き、髪の毛で輪郭を隠して可愛く見せる魔の自撮りの如く、盛りまくりですよ。
というか写真の修正ですらなく、原型の片鱗も写っていないのだから、詐欺とかいう次元ではない。
「I have a pen」を「彼はピコ太郎です」と訳すようなものである。
もしもリアルの自分との類似点があるとするなら、それは服装だけだ。
地獄の底に垂れてきた蜘蛛の糸の方がまだ信頼性があり、安心して掴めることだろう。
そんな感じで、ぼく達は互いに虚構の姿を相手に植え付け、初対面の日を迎えた。
だがそのすぐに千切れるかと思われた運命の糸が、ぼくを後に地獄から救い出したのだった。