大火
江戸の町、その一角に牢屋敷があった。
時は、明暦。火の手が迫り来る。
「俺、ここで死んじまうのかなぁ。」「生きて、ここさでたかぁ。」
真っ赤な火がじわじわと迫ってくるのが見える。
「やっとこさここ出られんと思うたに、死にとうなか。」
「見ろ。お上の天守が燃えとらぁ。」
「ありゃ、ひでぇ。」
「ナンマンダブ、ナンマンダブ……。」
「俺たちゃ罪人は、焼き殺されちまうんだぁ。」
「生きてても、ろくなことなかぁ。」
「おっかぁー、今まで迷惑さかけてすいやせんでしたぁー。」
カンカンカンカンカカカンカカンカンカンカカカンカンカンカンカカ……
「いかん、火の手がそこまで迫っておる。」
和田寄右衛門は、牢屋敷の役人。罪人たちの命を繋ぐ方法を探っていた。
カンカンカンカンカカカンカンカンカンカカカンカンカンカンカカカンカカ…
半鐘の音はさらに大きくなり、緊張はますます増すばかり。
この和田寄右衛門、昨年結ばれたばかりである。病気の母を抱え、自分が死んだらどうなるか……。と考えるうちにも、火の手はだんだんと迫り迫り。
「見ろ。お寺さんの松が倒れたぞ。」
「ひぇ〜。」
「ナンマンダブ、ナンマンダブ。」
「おい、お前ら。」
「おぉ和田さま。何でぇごぜぇましょう。」
(どうせ、お侍さまは逃げるだ。俺たちゃぁ、焼かれ死にんべぇ。)
カチャッ。
「約束せぇ。必ず戻って来っと。」
「!……。」
「行け。して、生きて戻れ。」
「和田さま!あんがとごぜえやす!俺、もうなんて言っていいんだか……。」
「いいから、さっさと行け!」
「ははー。生きて戻んます、必ず。」
和田は、牢に入れらていた人を1人残らず逃した。
「ありがてぇ。ありがてぇ。」
「正さん、どこさ行くべ?」
「山さ行くべェ。」
「ありぇ。でっちんは、どこ行ったべ?」
「でっちんは、身内さ会えるかもしれんと、湊さ行ったべ。」
「そうけぇ。でっちんのおかっさん、無事だといいなぁ。」
「正さん、全部燃えちまったな。」
「そぅだな。牢屋敷は、あそこらへんだったよなぁ。」
「燃えてるなぁ。」
火は、江戸の町の半分を焼いた。
江戸の朝は早い。
「ほら、あんた。お客さんだよ。」
「へい、へい。御隠居、今日も元気ですねぇ。いいキセル、ありますよ。」
なんて会話も、あったりなかったり。
そんな町の復興に一役買ったという男衆がおったそうで。家を建てたり、木を植えたり。名は、名乗らなかったそうですが…
その男衆を率いていたのが寄右衛門ていう、こりゃまた色っぽい男だそうで。
明暦の大火の際、実際に罪人を逃したお役人がいたそうだ。
皆、お役人に感謝し、ちゃんと戻ってきたという。