最終話 摂理をぶん殴れ (7)光
「さてさて。そろそろ出番ね。」
ストレアは二箇所で始まった戦いの様子を眺めていた。
レイとミアは拮抗していた。左、右、拳が錯綜する。目にも止まらぬ速さで撃ち込まれる拳が、ミアとレイの頬を掠める。
「グェー!!」
その余波で死んでいく魔物達。だが二人ともそこに意識を割く事は出来ていない。お互いの目は手足の動きの観察に集中しており、周りは視界にも入らなかった。まして周りに配慮する等二の次であり、攻撃を交わし攻撃を躱すだけで精一杯であった。
「ぐっ……。」
レイは頬に切り傷を作りながら、油断なく拳を浴びせる。
彼女は先程から、相手の、ミアの強さに疑問を感じていた。
攻撃を当ててもあまり効いていない。効いてはいるが、致命傷とまでは行かない。
その時点で本来はおかしいのだ。
レイのステータスは本来の人間の上限値を超えている。それに拮抗出来るはずが無い。
だが彼女が放つ拳の威力は、自分のそれと同等である。ガードすれば耐えられるが、ガードしなければダメージを受けるであろう威力なのは間違いない。
「ハハハハハ!!不思議そうな顔ですね!?」
ミアは必死に拳を撃ち込みながらも、レイを嘲笑う。
「うるっ、せぇっ!!」
レイはその言葉を振り切る。調子を崩したいという魂胆は理解していた。今は疑問は捨て置き、時間を稼ぐ事だ。そう自分に言い聞かせていた。
「レイはともかくミアはよくやり取り出来るわよね。」
そんなレイの様子を見たストレアがポツリと言った。
レイのステータスから言えば、ミアの拳を受けたところで痛くも痒くもないだろうし、ミアの拳を見切る事も簡単であろう事は容易に想像出来た。にも関わらず、拮抗しているというのはどういう事か。
ストレアはミアのステータスを表示した。
STR、AGI、VIT、様々な値が常に変動していた。0になる時もあれば、レイと同じ値を取る事もある。
「ああ……。なるほど。」
ストレアは一人得心した。
ミアはステータスにアクセスしているのだ。
他のステータスを下げて、その代わり特定のステータスだけをレイと同じ値に変更しているのだ。
普通はそんな事は出来ない。恐らくレイが使う魂牌流とか言う技の一部だろう。
自分の世界管理システムへアクセスすると、ミアのステータスが変動するたびに、システムへのアクセスが発生している。
恐らく魂廃流とは、システムへの不正アクセスにより、本来出来ないはずの事象を引き起こしているのだ。
仕様バグだ。管理者以外アクセス出来ないはずのシステムへ、想定外の方法でアクセスしている。ストレアは溜息を吐いた。
この数ヶ月でどれだけバグを見つけただろうか。
自分の間抜けっぷりをまざまざと見せつけられると、神経が比較的図太いストレアであっても、思う所はある。
今直すべきかとも考えたが、それは早すぎると彼女は考えた。ある理由から、今はすべきではない。
とりあえずレイは大丈夫だろうと思いつつ、ストレアはもう一方の方に目を向ける事にした。
ーーストレアは口にはしないし心の中では全く意識していなかったが、奥底ではレイを信頼していた。それはレイも同様だったが、二人とも決して口にする事は無かった。
ブレイドとドミネアの戦いはブレイドが押していた。
有り得ない事が起きているな、とストレアは思った。
ブレイドのステータスは低い。仮にステータスの表示バグがあったとしても、魔王に敵うステータスかと言えば間違いなく否であろうという事は想像に難く無い。
この世界の原則、ステータスが低い者に勝ち目は無い。それを破るような事が起きている。
だがストレアには、その理由が理解出来ていた。
その理由は、彼が持つ剣の光が示していた。
「なんだ……!?」
ドミネアは驚愕の表情を浮かべた。言葉には焦りが浮かび、普段の飄々とした物言いは崩れていた。
「なんだその光は!?」
だがブレイドは答えを叫ぶ事は出来なかった。
彼にも何が起きているか理解出来なかったからだ。
この答えを持っているのはただ一人であった。
「人の心だ!!」
トマ主教が上空、ゴウの背中に乗りながら叫んだ。
「な、に?」
「勇者殿!!先程の決意、しかと聞かせて頂いた!!」
「え?!あ、え!?」
ブレイドは赤面した。
「故にその言葉、人々に中継させて貰いました!!」
「ええええええええええ!?」
ブレイドの顔が真っ赤になった。
「どういう……あっ!?」
ドミネアは理解した。ブレイドの剣が輝いている理由が。
そして自分が圧される理由が。
自分の力が弱まっている。そして、勇者の力が強まっている。
かつて自分が人間界に進出した理由の一端。魔力の集中。人々を恐怖に陥れ力を得る作戦。その逆だ。ブレイドに対し、人々が希望を持ち始めている。勇者に対して、この状況の打破を願っている。その人々の思い、祈りが、ブレイドの、勇者の剣に注がれているのだ。
「む、無駄な事をぉっ!!」
ドミネアがブレイドに切り掛かった。
ブレイドは一瞬で真顔になると、その剣を、光輝く剣で受け止めた。
ガキィッ、という、剣と剣がぶつかりあう音が響く。
「ぐぅっ……!!」
ドミネアは顔を顰めた。自分の剣が受け止められた事に。
「ゴミが、ゴミのような人間が、ゴミのようなステータスの人間が、僕の剣を受け止められるわけがない!!」
だがドミネアは内心理解していた。
「お前も理解しているはずだ。これは僕の力だけじゃない。皆の、思いが詰まった力だ!!」
叫んだ瞬間、ドミネアの剣がパキリと音を立てて砕けた。
「なっ……。」
ズバァッ!!
光の剣が下から上に振り上げられ、黒い鮮血が飛び散る。
ドミネアの胸に、先刻ブレイドが受けたものよりも重い傷が刻まれた。
「あ……お……っ。」
「あああああああああああっ!!」
ブレイドは雄叫びと共に、振り上げた剣をそのまま振り下ろさんとした。隙だらけ。だがその隙をつく余裕は、今のドミネアには無かった。
「ま。まま、待つんだ!!君も死ぬぞ!?」
「死ぬのはアンタだけよ。」
ストレアの言葉がドミネアの耳に届いた。
「神……神!!」
怒りで目が血走る。
「『ライフ共有!!』」
ストレアは叫ぶと同時にデバグライザーのボタンを押した。
ドミネアの怒りは収まらない。眼前の相手、ブレイドを忘れ、ストレアに向けて【ギガバーン】を放つ。
その業火はデバグライザーで実体化されたライフ共有バグの化身によって遮られた。
「ギョェェェェェェェッ!!ナニモシテナイノニィィィィィィ!!」
ドミネアとブレイドの体が一体化したような、二頭の人型のバグが、魔王の炎を受けて消滅した。
「ーーあーー」
その叫び声を聞いて、ドミネアは、自分の炎がストレアの体を燃やせなかった事に気付いた。
そして、目の前の剣が振り下ろされんとしている事に。
ズバァッ。
ドミネアの体が、光と共に真っ二つに切断された。
「なっ……魔王……様!?」
一瞬、ほんの一瞬、ミアの意識がドミネアに注がれた。
「今です!!レイさん!!」
ブレイドの叫びは少し離れた場所にいたレイに届いた。
「応!!」
レイはミアに距離を取り、
「お前の罪は!!オレの師が裁く!!魂分!!」
ジョセフの遺した技術を放った。光の刃がミアの体へ向けて走る。
「しまっ……。」
ミアは隙を突かれ、それを防ぐ事が出来なかった。
光の刃がミアの体を真っ二つに切り裂いた。
瞬間、ミアのライフが2から1に減り、そして、ドミネアの死にかけた肉体を使い、ミアの体がコピーされ、
「…………うっ、くぅっ……?」
「な、にが、おき……た……?」
ミアが二人、その場に生まれた。




