幕間・8 もう一つの港にて
港の風は好きだ。潮のほのかな香りを運んできてくれる。
港の活気も好きだ。漁師が魚を売り捌き、旅人が新たな地への旅路に夢見るそんな光景を眺めるのは楽しい。人々の希望に満ちた姿はこちらも意気高揚させられるというものだ。
だが今の私、トマは、全くもってそういった前向きな要素からかけ離れていた。
「ああ。」
トゥリニアに私はやってきた。主教たる私が教会を留守にして良いのかという話は勿論あったが、そこは視察という事で押し切った。とにかく私はあそこから一時離れたかった。
元主教の部屋で見つかった罪の証。
大量の死体。
どこから見つけたのか分からない"生贄"。
それらがいきなり私の双肩に掛かってきたのだ。一度振り払わせて貰ったところで罰は当たらないだろう。神とて許してくれるはずだ。
実際のところ、私が司祭の地位を得るまでに、そうした噂が全く聞こえてなかったかというと、それはそうではない。だから寝耳に水という事ではない。ただ私がその話を魔に受けていなかっただけの話だ。そのツケがここに来てついに具現化したのだ。私にも責任はある。
その責任をどう取るべきか。
まずは職務に邁進するしかあるまい。そして彼女に言った通り、命の聖杯を使わなくとも良い形へと教会を、人々の心を変化させていくのだ。
そもそも聖杯は神の齎してくれた奇跡などではなかったのだ。
それを踏まえてドミネア教は変わらねばならない。
人々の心はそう変わる事はない。
偽りだろうと一時の安らぎを得たのであれば尚更の事だ。
だがゆっくりとでも。少しでも。変えようとしなければ変わらない。
変えていくのだ。私から。
とはいえ、やはり聖杯が無いままだと人々の安心も得られなかろうと、私はここまで聖杯を持ってきた。
港の潮風に吹かれて少し気分が変わるかと思ったが、無理だった。
ともかく渡して帰ろう。使わなくても良いという事を伝えた上で。
そう決めて教会に入ろうとしたら、修道士が居たので渡す事にした。声をかけてみると、要らないという。
何故かと私が問うと、ドミネア教を辞めたからだと。
別にそれが悪い事とは思わない。ここは偽物を掴まされた街だ。それで被害もあったと聞いている。当然、信じない者が出てくるというものだ。
だが、人々の顔に不安はあまりない。それに教会は残っている。
興味本位で、では今は何を信じているのか?と問うてみた。
すると、帰ってきたのは驚くべき答えだった。
ああ、なるほど。
確かに、そうか。
確かに彼女も神のようなものか。
私は答えを得た気がした。




