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第五話 島のバグをぶん殴れ(3)

 集落にはそれなりの数の人が居た。乗客はオレ達を入れても十数名。船員の方がちょっと多いかくらいの人数だ。それに対して集落はオレの田舎よりも人が多そうだった。島もそれなりの広さだし、生活には困っていないようだ。


 住民からは憐憫の目をもって迎えられた。曰く「此処でゆっくりしてね。もう出られないのだから。」だと。


 住民は完全に諦めているようだった。



「ねぇお姉ちゃん達。」


 住民のうち、子供達が珍しそうに見て来た。


「どこから来たの?」


「海の向こうだよ。」


 オレが適当に答えると、子供達は目を煌めかせて言った。


「海!!向こう!!凄い!!」


「何がだよ。」


「僕たち行った事ないから。ねね、どんなところか教えてくれない?」


 何故父親が話さないのだろうか。


「うーん、お前達の父親とかに聞けばいいんじゃないか?」


 そこまで世代交代はしていないようだし、父親世代なら何か知っててもおかしくないのではないか。


「お父さん達は行った事あるらしいんだけど、話をしてくれないの。なんか悲しそうな顔しちゃって。」


 ああ。懐かしくなってしまうのか。まだ捨てきれないのだろう。帰りつく何時かを。


「……いや、それはお前ら自身が見に行け。」


「無理だよ。海は危ないし。それに、ここは、」


「呪われた島、だろ?」


「うん。」


「いつかそんな呪い解けるさ。きっと。」


「……そうかなぁ。」


「そうさ。信じてろ。諦めるな、諦めなければきっと。」


「やめて下さらんか。そういう無駄な希望を持たせるのは。」


 割り込んだのは長老エスティオだった。


「わしらだってハナから諦めたわけじゃないんじゃ。だが何をしても無駄だったのだ。希望を捨てたわけではない。希望を捨てざるを得なかったのだ。それを蒸し返さんでくれ。」


 そう言って彼は子供達を連れて行った。一人、オレと会話していた子が、最後までオレの方をチラチラと振り返っていた。



「諦めるな、かぁ。」


 オレは自分が口にした言葉を反芻する。


「かっこよかったですぅ。それに比べて、さっきの老人は……。」


「言ってやるな。」


 彼も辛いのは分かる。こんな島に閉じ込められて。希望を抱く事も許されない環境にいれば、ああいう考えに至る事を責める事は出来ない。オレだって。オレだってかつては諦めていた。


「さて。」


 オレは彼らとそれなりに距離を置いた事を確認してから、オレが希望を抱き始めた元凶であり、先程からずっと黙っているストレアの顔を見た。


「で?何か思い当たる節は?」


「…………は、はは。無いわよ。そんなもん。」


「とぼけても無駄ですぅ。顔に書いてありますよぉ?『不味い』って。」


「そんなぁ、そんな顔してないわよ。不味いとしたらそれは海水の味よ。」


「ほぉ。では次は血の味でもご賞味頂こうか?」


「炎の味もありますよぉ?」


 オレが拳をぽんぽんと合わせ、ランが変化の準備をすると、ストレアは頭を振って、


「分かった!!分かったからやめなさい、やめて。」


 と言った。


 オレが拳を下ろすと、ストレアは観念したように溜息を吐きながら言った。


「バグの匂いがする。……さっきの話聞いてたでしょ?あれが引っ掛かったの。犠牲者は出ないけど船は出られない。死にはしないけど被害は合う。何か似てるもの知らない?」


「……『ストレア様絶対防衛ライン』。」


「『ストレア様絶対安全装置』よ。」


「どっちでもいいですぅ。それってあれですかぁ?私が噛んでもストレアさんが死なないアレ。」


「そう。それよ。動作が似てる。ちょっとだけだけどね。それで思い返してたの。何か似たようなもの作らなかったかなって。」


「……それで、思い当たる節がある、と?」


「……てへっ。」


 オレのアッパーが舌を出して頭にこつんと手をやるストレアの顎にクリティカルヒットし、ストレアは空中で十数回転した後、頭から地面に落ち、頭が地面にめり込んだ。


「殺す気か。」


「死んだ方がいいんじゃないですかぁ?」


「ラン。ダメだぞ、そういう言葉を使っちゃ。そういう言葉を使ってると、いつかコイツ以下に言っちゃうぞ。」


「気をつけますぅ。」


「アタシには言っていいの?」


「言わない理由が」「ありますかぁ?」


「アタシは神よ!!創造神なのよ!?何よこの扱い!!」


「いいから話せ。」


 オレが拳を握って凄むと、彼女はしゅんとなって「はい」と言い、話し出した。


「……昔、まさにこういう場所を作ろうとした事があったの。流刑地として使えるようにしようかなって。でもシステムだけ組んで結局は自然発生しないようにしておいた、はず、だったんだけど。」


「バグでそういう場所が作られるようになっていた、とか言わねえよな?」


「……てへへっ。」


 オレのストレートが舌を出して頭にこつんと手をやるストレアの頬に打ち込まれ、彼女の体が水平線の彼方へと消えていった。否。消えていったと思ったら、途中で壁にぶつかって弾き返され、そして再びオレ達の目の前にずざざざざざと地面を擦る音を立てて戻って来た。これで全く血を流していないのだから、オレも安心してボコボコに出来るというものだ。


 理由なく暴力を振るうつもりは全く無いが、コイツの所業を目の当たりにすると、少しは痛い目を見てもらわないと困る。


「お前の作った世界にバグは幾つあるんだ。」


「……バグってのは作り込みの分だけ発生するものなの。それは無くす事が出来ないのよ。」


「それにしては遭遇する回数高すぎませんかぁ?」


「この"世界"っていうのは広いのよ。アンタ達が想像してるのはここだけでしょ?」


 ここ、と言いながら彼女は、砂浜で地団駄を踏んだ。この大地、という意味だろうか。


「まぁ、そうだな。」


「甘い。私が言ってる"世界"は、前も言った気がするけど、もっと広ーーーーいもんなの。空を見なさい。夜の空に浮かぶ光。あれらが全部"世界"の一部なのよ。」


「あれはただの天の光、この大地とは別のものだろ?」


 そういうとストレアはバカにしたように溜息を吐いた。


「はぁぁぁぁぁーーーーっ。ああ、そういう時代よね。違うの。違うのよ。まぁじきに分かるわ。この大地が星で、この"世界"には同じような星が幾つもある。そういう星々が集まった銀河があり、宇宙がある。そういうの全部引っ括めた"世界"の話をしているの。貴方達のようにこの星が真っ平で挙句この大地を中心に天が回ってるみたいな考えじゃ到底及ばない"世界"の話よ。」


 何だかよく分からないがバカにされているのは分かった。


「で?」


「世界は広いからバグがあっても仕方ないの。」


 オレの拳がストレアの顔面にめり込んだ。


「バグづぐりごんでずみまぜん。」


「最初からそう言ってりゃオレだってこんな事しねぇよ。全く。」


「言葉が悪すぎですぅ。」


「性根が腐ってるからな。こうならないようにな。」


「本当に気をつけますぅ。」


 さて、余談はこれくらいにしよう。


 このバグを取り除かねばならん。


 だがこの集落に生きる人々を見てふと思った。……このバグを解消したとして、彼らはどうするのだろう。


 その事が頭から離れなかった。


 その日はバグを無くさず、一晩集落の寝床で過ごした。ストレアはブーブー言っていたが、明日には決めると言って黙らせた。


 寝床、といっても布を敷いただけの簡単な布団で横になると、辺りを囲む海の漣の音が耳に残る。ここで数十年過ごしていたという彼ら。故郷を思うこともあっただろう。それを押し殺して生きてきた彼らに希望を与えることが、果たして正しいのだろうか。船長に聞いてみたところ、船が仮に直ったとして、船に全員を乗せて帰るということは、定員数の関係で難しいらしい。となれば、優先されるのは乗客になる。結局バグを取り除いても、集落の彼らは帰れない。


 ……オレはどうすればいい。何か方法は無いだろうか。

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